第12話 垣間見えるモノたち

 夕暮れ時。帰って来たルクスエは、灯りが旧休憩小屋では無く竜小屋の近くで動いている事に気づいた。

 カルアがリシタを見に行っているのだろう。そう思い、ルクスエはアレクアから降りて、厩へと歩いて行った。


「ただいま……えっ? どうして、ここに?」


 竜房に入ったリシタを撫でるカルアの隣に、灯りを持つアイアラが居た。

 近々帰って来るとは思っていたが、まさか旧見張り小屋に来ているとは考えもしなかったルクスエは目を丸くする。


「あたし来た住人がどんな子か、見に来たのよ」

「それは……」

「謝罪は不要よ。事情が事情だもの」

「でも、おまえからも祝い金を貰っているんだ」

「生還祝いとでも思って、貰ったままでいてちょうだい。嫁が来ようが、来なかろうが、あなたが五体満足でエンテムに戻れたことが、嬉しかったんだから」

「……ありがとう」


 口調と態度で勘違いされやすいアイアラは、ルクスエと最初に友人になった少女だ。まだゴミを漁っていた頃、ルクスエに向かって木の棒で殴りかかって来た少年を〈卑怯者は邪魔だから、どいて〉と彼女は言って蹴り飛ばした。半泣きになって怒る少年に〈無防備な相手に武器で殴り掛かるなんて、まさに卑怯者よ。勇敢な戦士には絶対になれないわね〉と言って、追い打ちをかけていた。呆然とするルクスエに手を差し伸べ、アイアラは彼の垢塗れの顔を拭いた。

 それをきっかけに仲良くなり、彼女の繋がりでテムンと出会い、そして町長に助けられ、今に至る。女の子であるアイアラは刺繍や家の手伝いがあり、滅多に会えないが、ルクスエは彼女に絶大な信頼を置いている。


「私はそろそろお暇するわね」

「家まで送る。カルアは、竈に火を起こしておいてくれないか?」

「はい。わかりました」


 ルクスエはアレクアを馬房の中へ入れ、アイアラはカルアへと灯明皿を渡した。


「カルアさん。また明日、会いましょう」

「はい。今日は、ありがとうございました」


 カルアは家へと戻り、2人は日が完全に落ちない内に移動を始める。

 見張り以外の者は家へと帰り、道には町ぐるみで飼っている猫か犬が時折歩いているだけだ。


「明日も来てくれるんだな」

「えぇ、そうよ。彼に料理を教えるって約束したの」

「俺が作るのに」

「あんたが病気で倒れた時、誰が料理を作るのよ」


 寝込む程の病気を患った事のないルクスエは、もしもの話をされても余り危機感を覚えなかった。


「のんきねぇ……」


 そんなルクスエに、アイアラはため息を着いた。


「……察していると思うけど、カルアさんの頭にかぶっている布は女性ものよ。砂漠かその近辺の出身の方ね。かなり着古されてきているから、お母様から贈られたものでしょうね」


 女性による刺繍の文化はこの国全域に存在するが、服装はそれぞれの地域によって異なって来る。エンテムの町ある草原の広がる周辺では、未婚の女性は髪に刺繍された細い布を編み込み、既婚者は幅の広い布で外側から髪を包むように結ぶ。対して、ラダンの村のある山脈を超えた先に広がる赤い大地の砂漠では、女性達は頭から大きな布を被っている。遮蔽物の一切ない砂漠では、強い日差しを浴び続けては、肌が火傷のように焼けてしまい、時に命に関わる傷害や難病を患ってしまう。女性達は身を守るために、日に当たらない様にしているのだ。


「リシタは、お父様から頂いたと教えてくれたわ。あの子、ちゃんとご両親に愛されて育っている」

「やっぱり、そうか……」


 布やリシタだけでなく、カルアの動き一つ一つに愛された痕跡が見えるとルクスエは思い返す。

 口を閉じずにクチャクチャと音を立てながら噛む。食べ物を鷲掴みにして、零れるのも気にしないで食べ続ける。器に残った食べカスを舌で舐めとる。

 そんな無作法な食べ方を、カルアは一切していない。ルクスエも一通り教わってはいたが、ゴミを漁るうちに抜け落ちる様に使わなくなっていった。カルアの場合、懇切丁寧に教わり、愛情深い両親の想いに応えようと学んでいた事が伺える。


「知れて良かったが……」


 愛情深い両親が、カルアを売ったとは考え難い。今のカルアの状況から、両親が亡くなっている事が示唆される。ルクスエは、さらに複雑になるカルアの周囲に頭を悩ませた。


「なにかあるの?」

「カルアの持ち物が、彼にとって大事なものばかりだ」


 何らかの理由で2人は亡くなり、その後カルアの尊厳を壊される日々が始まったと仮定する。

 彼の精神の安定をリシタや布が担っていたが、それを破壊しようと企てる村の住人は絶対にいたはずだ。それらを人質として暴力を振るわれたとも考えられるだけでなく、カルアの知らぬ間にリシタを殺し、被っているあの布を破り捨てる事もできただろう。

 装飾品もそうだ。たとえ錆びていようとも、特殊な処理後に高度で金属を溶解すれば、再び金属として使えるようになる。宝石は取り外し、別の装飾品へ付け替える事が出来るはずだ。


「土に埋めて隠せそうではあるけれど、村を出ようとする時にバレてしまうものね」


 今にも破れてしまいそうな服では、装飾品は隠せない。

 彼は大事な宝物を持って、どうやってエンテムまで辿り着いたのだろうか。


「知りたいが……彼の心を抉りたくはないな」


 ますます彼を知りたいと思う。

 けれど誰にだって、隠し事はある。それが辛い過去であれば、尚更だ。


「……そうね。でも、あの子だって言いたい事の1つや2つはある筈よ」

「そうだな。言えるくらいに、信じてもらえると良いが……」

「あら。それなら大丈夫よ」

「え?」


 刺繍を行いながら、ぽつりぽつりと会話を重ねるうちに、カルアは鷲の柄の縫い方を教えて欲しいとアイアラに言った。手本の中に無かったとはいえ、なぜ鷲なのか気になったアイアラは教えながら訊いてみると、〈ルクスエさんに良く似合っていたから〉と返答が来た。

 竜と共に空の王者と称えられる鷲。

 礼服に縫われた赤鷲の刺繍は、竜と戦う様からルクスエの強さと勇気を讃えて施されたものだ。町長の目を盗んで陰口を叩いていた住民も、竜の討伐数が増える毎に口を閉ざし、実力を認めるようになった。

 カルアは、彼の勇士を見てはいない。

 ただ〈似合っている〉から鷲の刺繍をしたいと言った。

 恩を感じているだけでなく、ルクスエに感心を示している。


「時間は必要でしょうけどね」

「? それは、当然だ」


 アイアラの言葉に、意味が分からずルクスエは首を傾げた。

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