1-8 勇者VS風来坊

 焦る気持ちに駆り出されるように立ち上がる幸助。次に彼はランが予想した台詞をそっくりそのまま口にした。


「石を渡さないと……ココラ達が……」

「ダメだ。俺によこせ」


 ランは即座に幸助のもくろみを却下する。幸助はそんな彼に高ぶる気持ちに流されるまま苛立った声を吐き出す。


「どうしてだ!? 奴は石を渡さないと俺の仲間を殺すつもりなんだぞ!!?」

「ガキにすら分かるほど分かりやすい罠だ。行ったところで石だけ取られて殺されるのがオチだろう」

「だからって放っておけば確実に皆の身が危険だ!! それだったらこれを渡して上手く交渉を……」


 しかしそのとき幸助は自身の拳の中に妙な風通しがあることに気が付き、目の前に手を動かして広げてみると既にその中に石がなかった。


「あれ? 石は……」


 まさかと思った幸助がランの方を見ると、彼が右手を肘から上げ、人差し指と中指の間に挟んで持っている例の石を見せてきた。


「いつの間に!?」

「さっきまで抱えているときにくすねた」


 すると次の瞬間、ランに剣が振り上げられ、直前でそれを感知した彼は最低限の動きで回避し、攻撃した相手から離れるために隣の建物の屋上に移った。


「何しやがる!?」


 立ち上がり、鞘から抜いた剣をランに向かって構える幸助。その目はとても冗談のものではない。


「悪い。でもそれを渡さないと、俺の仲間が危ないんだ!!」


 そこから幸助は今さっきまで倒れていた身体を押して飛びかかり、ランはブレスレットを剣に変形させてそれを受けた。


「正気かお前?」

「仲間を……助けるためだ!!」


 踏み込みをかける幸助の攻撃にランは負けじと耐えているが、内心ではかなり緊迫していた。


(コイツ……回復して間もないのにこのパワーかよ)


 このまま我慢比べをすれば負けると判断したランは幸助の攻撃を受け流し、体勢を崩したところにすかさず蹴りを入れてダメージを与えた。

 腹に当てられた事に吐き気を感じる幸助だが、すぐに足を踏ん張って再起しながら剣を振り上げる。


「フンッ!!」

「ウオッと!!」


 ランは身体を反って回避し、追撃をかける幸助に対し器用にバックステップで屋根を伝いながら回避し続ける。彼の身軽な動きに幸助もただでさえない余裕がより明確になる。


(この男、さっきから俺の動きを事前に気付いて避けているみたいだ……やりづらい……なら!……)


 だったらと幸助はより動きを素速くして畳み掛ける。これに対してランは避けるだけでなく剣でつばぜり合いをしていなしていく。

 このまま近接戦で戦っていてもキリがないと感じた幸助は後ろに飛び下がり、魔法を使って応戦しにかかる。


「<雷矢らいや>」


 唱えるとすぐに空中に生成され素速く発射される三発の雷の矢。さっきまでの剣撃より明らかに速い攻撃に普通なら回避など不可能と思っていた幸助。

 ランは襲いかかる矢を直接見ることもなく、素速く剣を振って三発全てを弾いてみせた。


「ナッ!!……武器は絶縁性かよ……『それに、高速で飛んでくる矢をああも的確に弾くなんて……』」


 相手のあまりの器用さに驚く幸助だが、ここで怖じ気づくわけにはいかない。素速い連撃が通じないのならと炎を繰り出して仕掛けた。


「だったら、<炎砲えんほう>」


 両手の平を前に出して噴き出す炎。広範囲に降り注ぐ攻撃にランも一瞬対策に困っていた。


「本当に病み上がりかよアイツ……てか何個技持ってんだ!?」


 ランの疑問はもっともだ。この世界に来て日の浅い彼は、彼の使っている魔法についてよく分かっていない。そんな彼でも道中で見た人達のものより攻撃の種類が明らかに多かった。

 これは幸助が通常の人なら一つしか使えない属性魔法を全て使えることにある。これこそが彼のチートの所以だ。


 そんな彼の大技に対してランはさっきまでと違って真正面から攻撃を受けた。そこから少しして幸助は自分の攻撃の危険性に気が付いて技を引っ込めた。


「しまった!!……」


 冷静さを欠いていた幸助は、予想より出した炎の範囲がかなり広くなってしまった。しかもここは建物の上。

 場合によってはラン以外の下にいる人達に当たりかねなかったのだ。だがこうなっては下の人はまだしもランとユリは無事では済まないと踏んでいた。


「マズい……アイツは……」


 業炎が起こした煙が晴れ、幸助が心配した相手の姿が見えたように思えた。しかし次に見えたのは、幸助が起こした炎の範囲を越える大盾の正面だ。


「あれは……!!」


 攻撃を防ぎきった大盾は変形してまた元の剣に戻り、隠れていたランの姿が現れる。あれだけの高温の炎が近くに来たにもかかわらず、武器にも彼の体にも焼けた痕跡は微塵もない。


「危ないだろ、関係無い奴らに当たったらどうすんだ?」

(あれを真正面から受けて無傷!? しかもあんな大きな盾をああも簡単に持っているなんて……)

「長々やるのも時間の無駄だな。それっ!!」


 ランは剣の刃を伸ばしだし、幸助の腹回りに巻き付けて拘束した。


「オエッ!? こんなことも出来るのかよ!!」

「これ以上やっても時間の無駄だ。観念しろ」


 拘束したまま優位に話を進めるラン。しかし幸助はそれでも抵抗して叫んでくる。


「諦めない!! 仲間を助けるにはそれが必要なんだ!!」

「渡した途端にこの世界が滅ぶと言ってもか!!?」


 ランが反論するように叫んだ言葉に動きが止まった。


「この世界が……滅ぶ……?」


 ランは左手に幸助からくすねた石を出して見せ、知っている事を話した。


「これはただの石じゃない。単純に言えばこの世界の心臓、星の核が結晶化したものだ」

「核の結晶!? それが!!?」

「様々な世界にて一つだけ存在する希少鉱石。内に秘めたエネルギーは凄まじく、同時に、この世界そのものを操作することも出来てしまう。こんな風にな!!」


 ランが手に持った結晶を握り絞めて力を入れるような動作をした途端、拘束された幸助の肌に優しい風が当たるような感触が起こった。


「ん?」


 ヒュー……とそよ風が吹き出し、そこからたった数秒で風の勢いが二重、三重と重なっていき、轟音も伴ってすぐに暴風と化し、幸助は軽々と振り回されてしまう。


「ガアアァァァァァ!!!!」


 拘束されたまま彼に振り回されている中でふと下を見ると、町に居る人達は一切この事態に気付いていない。それどころか吊り看板や女性のスカート、小さな旗ですらも一切なびいたり動いている様子はなかった。


「ゴガアァ!! どうなってんだこれぇ!!?」

「見ての通りのことだ。お前の周りだけピンポイントで風を起こした。当然出来ることはこれだけじゃない。他にも」


 ランが声をかけてすぐに暴風は収まり、幸助は目を回す。そんな彼の右頬に、上から小さな雫が落ちて当たった。


「はえっ?」


 なんだか嫌な予感がした幸助の視界に影が入る。灯油の切れたロボットのように顔を上に向けると、自分の真上だけに出来た雨雲から大量の雨を降り出させている瞬間が見えた。


「ハアアァァァァァ!!!? ガババババババババ!!!」


 大雨を受けた彼は一瞬溺れかけてしまい、ランが引き寄せたことでようやく解放された。


「ガァ……ハァ……溺れるかと思った」

「これで分かったろ? この石は、悪人の手に渡れば洒落にならないものになる。だから大人しく俺に取られとけ」


 一人だけ災害級の攻撃を受けたことに既に伸びきっている幸助を近付けるラン。涼しい顔をして鞭による拘束を解放した。

 彼はそのまま疲労で膝から崩れ落ちると、ランは彼のこの姿を見て少々顔をしかめて結晶を自分の正面に向けた。


「やり過ぎたか? やっぱこれを人相手に使うのはマズかったか?」


 と手を差し伸べて幸助を立たせようとしたそのとき、掴もうとした彼の右手が独りでに動き出し、ローブの間を縫ってランのみぞおち辺りに拳が命中した。


「カハッ……!!」


 強烈な刺激にランが吐き気を及ぼして隙を見せると、気絶したかに思われていたコウスケが上目遣いで彼を睨み、当てた拳を広げて魔法を行使した。


「<雷輪らいりん>」


 すると瞬く間に三つの光の輪がランの全身を拘束するように上から均等な配分で彼の体を拘束し、その場に倒れ込ませた。


「これは!?」


 もがこうとしても彼の体は動かず、それどころかどんどん痺れていく。


「ウグッ!」


 まさかと動揺した目で前を見るランに、フラフラと立ち上がる人物が一人。さっきまでのことで気を失っていたかに思われていた幸助。


「お前!」


 幸助は拘束力を強めてランの握り絞めた拳の力を緩めさせ、彼に盗られていた石を奪い返す。そのまま彼は後ろを向いて離れながら謝罪の言葉を上げる。


「悪いけど、それならなおさらお前には渡せない」


 しかし彼のかかとを微かな力で引っ張られる感触がある。顔を向けると、いつの間にかランから降りていたユリが小さな身体で必死に抵抗していた。


「ごめん……」


 幸助は小さく謝ると軽く足を動かして振り払う。ユリは簡単に離され、コテッと痛みのなさそうな音を立てながら転んだ。


「安心してくれ。あの赤服とは出来るだけ上手いことやってみる。この世界は、俺が守るから」

「オイッ!! 待てっ!!」


 もがいたランは雷輪に深く触れて痺れ、動きが小さくなってしまう。


 幸助は彼の姿に少し申し訳なさを感じるような表情を浮かべ、それを見せまいと顔を前に向けて痛みをこらえながら建物の屋根を飛び移りながら移動し、すぐに二人の視界から消えていった。

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