1-4 サイクロプス

 魔王が退治され、消えたはずの魔物、それも空を割って出現するというこの世界の人達からしても見たことのない事態に人々の祭り気分は一瞬にして消え去り、我先にと必死な声を上げながらその場から逃げ出した。


 そこから離れた建物の屋根の上で座り込み、眺めている人物が一人。その手にはさっきぬいぐるみが取ってきた料理の皿があり、彼の隣にはそのぬいぐるみもいる。


「姿無き挑戦者ってか? 刺客だけ出して来たな。仕方ない、これはお預けだな」


 青年は立ち上がり、食べかけの料理皿を左手首にはめたブレスレットに近付けると、料理皿は光の粒子に変わって吸い込まれていき、ブレスレットの結晶に吸収された。


 そして彼がその結晶に右手を触れると、白いローブが出現し、自動で彼の体に覆い被さった。


「よし、行くか」


 青年は右肩にぬいぐるみを乗せて火元に向かって行った。



______________________


 王都内に突然現れた魔人に町の人達は当然パニックになった。ある者は必死で逃げ出しも間に合わずに巨大な脚に踏み潰され、ある者は振るわれた魔物の腕に骨を砕かれ身体の原型を崩されていった。


 コウスケはぬいぐるみ探しを中止して真っ先に惨劇を起こしているサイクロプスがいる方向に向かっていく。


(魔王が倒されたはずなのに、なんで魔物が!? それに王都には結界が効いているはずじゃ無かったのか!?)


 この世界には魔法や魔術が存在する。多くの人が住む王都となると、魔物の被害を回避するために常に国には結界が張り巡らされており、外から魔物が侵入することは不可能なはずなのだ。


 動揺する民衆の中、コウスケの脇を数台の馬車が通り過ぎていった。国軍用の戦車だ。おそらく万が一のために用意していたのだろう。

 次々と抜かされていく中、まだ後方にいた一台から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「コウスケ!!」

「アーコ!!」

「乗って!」


 その戦車はアーコが手綱を握って操縦していた。騎士として配備されたものだろう。彼女の戦車の後部には、さっき分かれたココラやソコデイも乗っていた。

 ソコデイが手を伸ばし、彼はそれを掴んで飛び乗る。


「全員揃っていたのか。良かった」


 そこで四人は移動しながら現状を話し合う。


「どういうこと!? 魔王はやられたのに、なんで魔物が?」

「それも、結界を完全に無視して入ってきた」

「俺にも分からない。でも今はとにかく奴を止める」


 ここはついさっきまで祭りで浮かれきっていた都市のど真ん中。こんな所で巨大な魔物が暴れるならば、それだけで周囲の人に被害が出てしまう。一刻もはやく対処しなくてはならない。


「でもあのサイクロプス、ソコデイを吹っ飛ばしてたんじゃ」

「あれは数が多くて消費していたからよ! 今回は立場が逆、これなら!」


 勇者パーティーより足の速い軍。相手はサイクロプス一体のみ。これなら最早コウスケ達が到着するよりもはやく解決するのではないかと思った一行。

 次の瞬間、彼女達の予想はいとも簡単に覆されてしまった。


 突然車内に突如響いてきた大きな鈍い轟音。そして漂ってくる燃えたような匂い。何事かと思ったコウスケ達が側面の幕を上げて外の様子を見ると、全員大きく目を丸くした。


「これは!」


 一言で言うなら大惨事だった。先陣を切って向かった兵士達はほとんど身体の部分が残らず、周囲の建物ごと何か巨大な一撃で消し飛ばされていた。


「どうなってんのよ、単純な腕力だけであんなことどう考えても無理よ!!」

「皆! あれを!!」


 運転手のアーコが右手を挙げて指を差す。そこに彼等が注目すると、目の前にいるサイクロプスには、以前と明らかな違いがあった。背中や両腕から銀色の大小様々な筒のようなものが大量に生えている。

 見慣れない魔物の姿に三人が出方を伺っていると、サイクロプスは焦点を三人に合わせいくつかの筒の口を向けた。


「ガアァ!!」


 咆哮を上げると、サイクロプスの筒から彼等に向けて火球のようなものを撃ち出してきた。あまりの攻撃速度にココラが咄嗟に杖を正面に向けて魔術を行使した。


「<聖壁せいへき>!!」


 作り出された光の壁は四人を守ったが、壁のかかっていない近くの建物群は丸ごと吹っ飛ばした。


「なんて威力なの!」


 するとその轟音に恐れをなした馬が興奮で暴れ出し、全員を車から振り落とした。


「「「「ワアァ!!!」」」」

「イテテ」

「大丈夫か?」

「うん、まあ」


 四人を乗せた馬はそのまま向きを反転させて逃げ出していった。煙が晴れ、コウスケの前にも現れたサイクロプス。彼はその身体に付いた煙を出す筒を見て思うことがあった。


(あれは! まさかキャノン砲か? でもなんでこの世界に?)


 彼からしても創作作品でしか見たことのない存在。目の前のそれに圧倒されていると、サイクロプスは彼に向けて複数のキャノン砲を放った。


「いきなりか!!」

「まかせて!!」


 ココラは自身の杖を前に出し、先程と同じく聖壁を発生させて防御する。強烈な力に表情が険しくなるが、なんとか耐えきってみせた。

 しかし防御を解除して直後、彼女の足がふらついた。


「ココラ!」

「大丈夫、ちょっとふらついただけよ」


 煙が晴れ、コウスケの姿がサイクロプスの視界に露わになる。ココラ以外の三人は前に出ると、各々武器を構える。

 サイクロプスが放つ圧の強大さに押される所があり、ソコデイからも本音がこぼれ出てしまう。


「ぶっちゃけアタシ達、元のサイクロプスにすら苦戦してたからそこまで役には立てないわよ」

「だが足手まといになる気も毛頭ない。アシストだけでもやってみせる」

「二人とも!」


 これだけでもコウスケにとっては十分勇気が湧いてくる。彼は真剣な目付きになって剣を構えながら二人に指示を出した。


「あの巨体からして小技は通じない。一気に懐に飛び込むから、それまで撹乱しておいてほしい。ココラは後方から出来るだけ俺達の防御をしてくれ」

「オッケー!!」

「任せて!」

「やれるだけやってみる」


 作戦が決まると、まず撹乱組二人はそれぞれ別の構えを取りながら左右に分散した。ソコデイは両腕をX字に組み、アーコは両手に握っている剣を頭の上の位置に持ってきて後ろに出来るだけ引く、


「<風爪ふうそう>!!」

「<刃弾だん>!!」


 二人はそれぞれ技を行使し、サイクロプスに命中させる。相手の気を引くためとはいえ、そこへの威力に妥協はない。

 サイクロプスはその攻撃を避ける動作もせずに直撃したうえ、傷の一つも付かなかった。


「そんな! 傷一つ付かないなんて!!」


 だったらとソコデイは背中に背負っていた斧を手に持ったが、サイクロプスの後ろに回ったことで

より嫌なものを目にしてしまった。


「これって」

「そんな……」


 二人が見たのは、正面からでは死角に入って見えなかったサイクロプスの背中だ。

 そこには、余裕に五十を超えた数の筒があった。そしてその全てが奥から光を放っている。

 それが何を意味しているのかはすぐにわかった。


「あんなに! これで攻撃が来たら町が消え去ってしまうわ!!」

「少しでも発射時間を遅らせないと! ハアァ!!」


 ソコデイは空中から落ちる勢いを利用して斧を振り下ろした。大きな金属音が響き渡るが、またしてもサイクロプスに変化はない。


「クッ、これでもダメなの!?」

「なんでもいいの! コウスケの技が出るまで時間を稼がないと!! 我が身体に宿りし土の魔力よ。大地の恵みを受け敵を打ち倒す時雨となれ!! <土槍弾どそうだん>!!」


 詠唱を終えたアーコの周囲に発生した小石が繋がり合って複数個の細長い岩となり、サイクロプスの背中に飛ばした。

 ソコデイも更に攻撃を加えたが、残念ながら結果は同じだった。しかし苛立たせることには成功したようで、彼女達の方を振り向いた。


「こっち向いた!!」

「畳み掛けるわよ!!」


 二人は何度も技を放って少しでも町中から離そうとする。しかしこれに関しては相手が悪かった。

 ただのサイクロプスなら追いかけてくるだろうが、今のこの魔物には、大量の飛び道具があるのだ。距離を取って攻撃をする相手の対処にわざわざ自分から動く必要はなかった。


「ッン! 来る! ココラ!!」

「ハアッ!!」


 獣人の大きな耳でソコデイが先に察知してココラが術を発動する。タイミングは見事に合い、防御に成功した。


「良かった、次はこっちから!!」


 しかし彼女達が次の行動に移ろうとしたそのとき、サイクロプスは器用に彼女達それぞれの位置から一番近い砲門から攻撃を出したのだ。


「クッ!」


 それぞれ事前に詠唱しておいた技を出しても砲弾を相殺するだけで本体に届かない。だったら今度こそ攻撃に出ようとした彼女達だったが、その考えは甘かった。

 相殺時に発生した煙を突き抜け、次の砲弾が飛ばされていたのだ。続けざまの攻撃にココラも対応しきれず、二人はこれを受けてしまい、打ち落とされてしまった。


「ソコデイ! アーコ!!」


 二人が地面に落とされていくことに激高したコウスケは、そこまで溜まった分の力を振り絞って動き出した。

 そのスピードは並の人間とは比べものにならないものになり、地面に激突する直前のソコデイとアーコを回収して降ろした。

 これにはサイクロプスも翻弄されてしまい、コウスケを見失ってしまう。


「コウ……スケ……」


 ソコデイもアーコも一発だけ攻撃を受けたにしてはかなりの重傷だ。サイクロプスのミサイルには余程の威力があるらしい。

 軍が周辺ごと吹っ飛ばされたのにも頷けた。耐えてるだけ凄いのだろう。


「ココラ、二人を連れて離れててくれ」

「でも」

「大丈夫、俺の強さは君が一番知っているだろう? 後は俺に任せてくれ」

「分かったわ」


 ダメージを受けて声が小さくなったソコデイにゆっくり休むように伝えてココラに託して下がらせ、すぐにサイクロプスの元へ向かった。


 コウスケの戦闘は他のメンバーとはレベルが違った。事前に力を高めていたこともあり、砲弾の速度よりも彼は素速く、見事に回避してみせた。

 後から来た兵士達は彼の動きに呆気に取られ、下手に助太刀が出来なくなっていた。


「す、凄い」

「あれが、魔王を倒した勇者の実力か」


 周りから見てこそ余裕そうだったが、実際の所コウスケにそれはなかった。確かに回避こそ出来ているが、攻撃に関しては上手くいってなかった。剣の刃を何度か当ててこそいても、傷の一つも付けられない。


(固い! 大砲が付いてないところでもこれか。小技じゃ歯が立たない。やはりここは大技で一気に決める!!)


 コウスケは一度下がり、サイクロプスは彼を見つけ、攻撃準備に入るが、砲門を撃つにはもう間に合わない。幸助はこれにかけた一撃必殺の剣を振り上げようとする。


「俺が! 皆を守るんだぁ!!」


 しかしここでコウスケの耳に弱々しい声が聞こえてきた。それもかなり近い。


(これは!)


 彼が首を向けると、目線の先には逃げ遅れた一人の少女がはぐれた親を捜して泣き叫んでいた。すると彼より近い位置にいたサイクロプスが既に発射寸前の砲口を向けている。


「マズい!!」


 コウスケは構えを解き、少女を助けるために急いで走った。サイクロプスは容赦無く砲弾を放つ。

 攻撃が少女に直撃しかけたそのとき、間一髪間に合ったコウスケが剣で砲弾を受け止めた。


「ウウウウゥゥゥゥゥ!!!」


 必死で耐え、打ち返そうとするコウスケ。しかし厄介な相手が動けなくなったとあっては、これを仕留めない奴はいない。

 サイクロプスは背中を向けると、複数個の大砲から砲弾を追加で撃ち出した。


「ッン!!」


 途端に起こる大爆発。離れた場所で回復技をかけていたココラは、コウスケの身に何か起こったのではないかと胸騒ぎがした。


「コウスケ……」

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