1-2 ここは何処?
魔王が既に倒されていた。コウスケ達パーティーは、目の前に起こっているその事実を簡単に飲み込む事が出来なかった。動きも石のように固まり、目の焦点もぶれてしまう。
あれだけ憎み、ここまで来るのに何度もピンチに陥り、それを何度も切り抜けて倒そうとした邪悪な魔王。
それをここまで苦しんだ顔で既に死んでいるとなっては、彼等にとって拍子抜けどころではない。
「何、どうなってんの?」
「あれ、誰?」
「魔王? でもなんで」
口を開いた女性陣が、現状をとにかく理解しようとつぎはぎの言葉を並べ出す。対して魔王を倒した本人は、その場で独り言をぶつくさと呟いている。
「なんで毎度来る度に現住生物と戦闘になるんだか。まあ、しょうがないな。ここでないなら次にいくか」
そのとき、固まっているコウスケ達に、近付いてくる存在がいた。
小さく跳ねるように可愛らしく歩くそれは、白い身体宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。黒いベストを着込んで、ウサギの耳のようなものを垂れさせ、その付け根辺りを黒いリボンでくくっている。丁度抱き心地の良さそうなサイズのぬいぐるみが動いているようだ。
そのぬいぐるみが、こちらを興味津々に見ている。
「これ、何?」
ココラがその物体に向けて質問すると、向こうにいる青年が顔を向けずに大声を出す。
「何してる? 次に行くぞ」
声を受けてハッとなったぬいぐるみは回れ右をし、またピョコピョコと走って青年の元に向かって行く。
青年もその場に立ち上がると、左腕をガッツポーズのように掲げた。
すると青年の目の前の空間に突然裂け目が発生し、扉のように開いて真っ白な空間が見えた。ぬいぐるみが青年の右肩に乗り、その場から歩き出す。
「ちょ、待てよ!」
こんな訳の分からない状況で、唯一の手がかりである青年に話しの一つも出来ない。これまで一緒に旅をしてきた仲間のためにも、それだけは嫌と感じたコウスケ。
とにかくこの場所で起こったことを知りたいと思い立った彼は考えるのを後回しにして走り出した。
(アイツは誰だ!? 城の中の魔物も倒さずにどうやってここに!!?)
そのまま声をかけようとコウスケは青年の右腕を掴んだ。ギュッと力を入れ込んだために、相手が反応して手の力を緩めて持っていた何かを落としてしまう。
「何だ!?」
振り返る青年。キツい目元をし、少しぼさついた髪をしている。その彼は今しがた自分が落としたものを目にして睨んでいた目を見開いた。
「しまった!」
青年がそれに腕を伸ばすももう遅い。
開いた空間は入るというより吸い込むものだったらしく青年とぬいぐるみは抵抗もむなしくその中に入ってしまう。
もちろん、彼の腕を掴んでいたコウスケも巻き込まれてしまう。
「うおっ! ウワアァ!!!」
「「「コウスケ!!」」」
後ろのいるココラ達がマズいと感じて走り出すがとても間に合わず、コウスケが空間に吸い込まれるのを最後に裂け目は閉じた。
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激流の渦の中に体が飲み込まれるような強烈な感覚。
痛いわけではなかったが、自分がいた世界では体験したことのない現状にコウスケは声を抑えることが出来なかった。
「オワアアアァァァァァァァァ!!!!!」
摩訶不思議な感覚に体が着いて来られていないのか、そのままコウスケは気を失ってしまった。
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「ッン……ンンッ!」
ようやく気が付いたコウスケ。彼は現状を把握しようとすると、まず後頭部、と言うより背中全体に何か固いものに触れている感触がある。おそらく倒れているのだろう。
次にゆっくりと両目を開けて前を見る。そこに見えたのは魔王城の天井ではなく、所々に雲が流れている空が見える。
「ここは?」
目を覚ましながらも体は覚醒しきらず、放心状態で倒れたままのコウスケ。そんな彼の右腕に、何かが触れる感触があった。
彼が首を右に傾けると、先程自分達の前に姿を見せてきたぬいぐるみが右腕をよじ登り、心配そうに彼の顔を見ている。
「君はぁ……そうだ! 魔王は!!」
ぬいぐるみを見たことで直前のことを思い出して我に返ったコウスケは、それが乗っていることを忘れて上半身を起こした。
ぬいぐるみはどうにか右肩に両手でぶら下がって落下を逃れる。
「ああ、ごめん」
相手の存在に気付いて謝罪するコウスケ。右肩に乗って可愛らしく首を傾げるぬいぐるみをそのまま見ていると、そこに近付く足音が聞こえて来た。
近付く人影に目線を向けると、さっきコウスケが掴んだ右腕の人物だ。
「アンタ、さっきの!!」
若干寝ぼけが残っていたコウスケだが、青年の姿を見たことで完全に目を覚ます。そして聞きたいことが山積みだった彼は、ここぞとばかりに質問を飛ばし出す。
「アンタ何者なんだ!? どうやって魔王城に潜入した!? どうやって魔王を倒した!!?」
しかし青年はコウスケのことは無視して周りをキョロキョロと見ている。乗せられる形でコウスケも首を回すと、そこで初めて彼は気が付いた。
周りにあるのは魔王城の重々しい室内ではない。
それどころか、向こうで見て来たレンガの建物や道もない。代わりにあるのは、一面のアスファルトに、空高く立ち並んだ無数のビル群だった。
「アスファルト? それに高層ビル!? なんでそんなものが
驚く彼を横目に青年が周辺を散策していると、突然立ち止まって目元をよりキツくした。
「いきなりか」
次の瞬間、彼等に向かって突然無数の赤い光が撃ち出された。光は床に当たると爆発し、次々と来るそれによって爆発は大きくなっていく。
「何だ何だ何だ!!?」
「ミ……ソ、ラ」
青年が何かを呟きながらまるで攻撃の来る場所が分かりきっているかのように器用にそれをかわすと、物陰に潜んでいた人型のゴーレム
いや、というよりかは、日本にいたとき創作物で見たようなロボット達が姿を現し、彼やコウスケ達に銃を撃ち続けた。
「オワアァ!!」
「ぼさっとすんな! 死にたくないなら動け!!」
青年の声にまたハッとなったコウスケは剣を鞘から抜き、光を弾きながらロボットを攻撃しにかかった。
肩に乗っているぬいぐるみが落とされないようにしがみついてくる。
しかしコウスケが動揺していたこともあって彼が一、二体倒したところで、相手の数が多すぎてとても太刀打ち出来ない。
「クソッ! これじゃあ」
「チッ、ワープ場所にミスったか。ユリ! 一時引くぞ!!」
「エッ!?」
するとまたしても青年は左腕でさっきと同じように動かし、目の前に同じ裂け目を作り出した。
そこから後ろを振り返り、ぬいぐるみがコウスケの肩に乗っかっているのを確認して叫んだ。
「お前! そいつを連れてこっちに来い! 行くぞ!!」
「行くって何処に!?」
「さあな、出たとこ勝負だ!!」
「ハァ!?」
青年の無責任な言い分に表情を歪めてしまうコウスケは、そのまま彼に引きずられて一緒に裂け目の中に入った。
「アアアアアァァァァァァ!!!!」
激流の渦の中に飲まれたような感覚が体を襲い、解放されたときにはまた目の前の光景に空があった。今度は意識がある分、吐き気がする。
だが二度連続で受けたからか今回は気を失うことはなく謎の空間を通り抜けることが出来た。
そして到着して脚を地面に付けると、感じた吐き気が一気にぶり返してそのまま四つん這いに崩れてしまった。
「オエエェェェェェ!!!」
「おいおい」
呆れて声を出す青年。コウスケがどうにか落ち着いて目を懲らすと、またしても景色は一変している。
目の前にあったはずのアスファルトは影も形もなく、ぼうぼうと草の生えた草原、高層ビル群のあった位置には天高く育った木々が茂っている。
「ここは、今度は何だよ?」
コウスケが宛のない質問をこぼすと、青年は景色を見てむず痒そうに頭を掻き始めた。
「参ったな。この世界に戻って来ちまったか」
「この……世界?」
そこに大型の物体でも墜ちてくるような重みのある足音が耳に響いてきたことで、それについてはおざなりになった。
「何の音だ?」
「これって」
「この音の感じ。まさか」
この音には、コウスケだけでなく、青年やぬいぐるみも何処か不安げな顔をしている。そしてその不安な予想は、本当にイヤな形で当たってしまった。
すぐにコウスケ達の頭上は森の木とは明らかに違う大きな影に包まれた。その形は、彼にとって博物館や映画などでしか見たことのないものだった。
響く音は更に大きくなっていったが、突然音は途切れ、代わりにうなるような低い音が聞こえてきた。
コウスケ達が上を向くと、そこには予想通りの物理的な大物が姿を現した。
「ギィヤアァオオォォォォォーーーーーーーーー!!!!!!」
「恐竜かよぉーーーーーーーーー!!!」
「これまたえらいところに飛んできちまったか」
コウスケは目の前のことが信じられない。それはちゃんとした理由があった。
(どうなってんだ!? あの世界に恐竜なんていない!! かといって、今の日本にもいるわけがないし、まさか、ここは!!)
恐竜は一行を食おうと動き出し、彼等は回れ右して逃げ出す。
道中、困惑しながらも彼は自分の予想が正しいものなのかを確認するため、大きな声を上げて青年に聞く。
「ナアァオイッ!! ここは何処なんだ!? いい加減教えてくれ!!」
うるさく感じた青年は不機嫌そうにしながら振り返る。
「アッ? 勝手についてきた癖に何だ!」
「聞きたいことがあったんだよ!! でもそんなことよりここは!!?」
もう一度聞いたコウスケに、青年は走ったままさじを投げた。
「知らねえ! 『恐竜の世界』なんじゃねえか!?」
「恐竜の世界!? じゃあやっぱりここは」
すると青年は突然走っていた足を止め、その場に立ち止まる。コウスケもそれにつられて慣性で少し転けそうになりながらも耐えてみせる。
青年はため息をつきながらも、コウスケが知りたがっていた事をそのまま教える。
「つまり、ここは、お前がさっきまでいたのとは
青年の言った言葉に、コウスケは黙り込んでしまった。するとそこに、後ろの恐竜のものより大きな足音と地響きが起こった。
「これは!?」
音を聞いて後ろにいる恐竜は怯えて逃げ出す。
一行がそれが指すことに嫌な予感をしていると、彼等の正面の大きな木がメキメキと折られ足音の正体である巨大な恐竜が現れた。
「ナアァ!!?」
混乱のあまり大声を出してしまうコウスケ。恐竜は完全に彼等を標的に定め、襲いかかってきた。
「ワアアアアァァァァァ!!!」
そのとき、衝撃に飛ばされた木の破片がコウスケの頭に命中し、気を失ってしまった。
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