3・2時間前

テーブルの上におかれていたジュースやらバーガーは吹っ飛び、代わりに八柳の額から出た血が落ちた。

殴られたのか、額が裂けている。


「八柳ィ!どうした!」

「兄貴…カチコミっす…」


「ドリームファイナンスってここかぁ?」


バッドにバ―ル、その他凶器を持った男が5人ほど、ぞろぞろと入ってくる。


「うちの山田が、やべーとこから金借りたって泣きついてきてー。お邪魔しまーす」

「山田…」


山田とは、数時間前に取り立てにいった、持病持ちで親兄弟もいないあの債権者だろう。半グレの一員だったのか。


「すげー利子つけてくれちゃって。返す必要ないっしょ」

「ああ?こっちには借用書もあるんだよ」

「そんなの知るか。無かったことにしてくれりゃ、おとなしく帰るけどさ」


その男のセリフに。


志水の肌が、ざわ、と粟立った。


「おいお前そりゃ……”約束”…、破るってことか?」

「約束?そんなもんただの紙ィっ」


男の顔面に、志水の拳が入った。

武器を持っていたのに、一振りもできずに男は昏倒した。志水の一発で。


「え…えっ?」


連れだって来ていた男たちは、志水の顔と倒れた仲間の顔を交互に見る。


志水はパキリと拳を鳴らした。


こめかみには青筋が浮かび上がり、肩に力が入っていく。己のなかの獰猛な感情を、どうにかおさえるように。

志水は日頃からキレて声を荒らげてばかりだが、今あるのは、あきらかにそれとは違う怒りだ。


「……俺はな。”約束”破るやつが大ッ嫌いなんだよ」


獣のように歯を食いしばり、その隙間からうなるように声をもらす。

そして、男たちに向かった。


「テメェらぶっ殺す!」


志水が向かってきた男たちは、逃げることもできずに応戦させられた。

バッドか骨が折れているのかわからない鈍い音。男が倒れて頭を打った音、志水が殴った音…たぶんそのどれかが入り乱れて聞こえてくる。


「ひえ~…さすが志水さん…」


太はソファを盾にして、その様子をうかがっていた。


「あの人、腕っぷしはいいんだよねー」


テーブルの上で倒れていた八柳が、顔の上半分を血まみれにしたままむくりと立ち上がった。


「八柳さん!大丈夫ですか!?すごい血ですが…」

「へーき、こんなの」


腕で乱暴に額をぬぐっただけで、けろりとしている。この人の強さも大概だと太は思った。

八柳は志水に加勢するでもなく、戦うさまを見ている。

それこそが、志水の強さを証明しているのだろう。こんなのは、舎弟が手を貸すほどのことじゃないのだ、と。


「俺、この人の強さが好きでついてきてんだ。だからヤクザやってんの。でもさ、こんなチンピラ相手ならともかく、今は抗争もないし、強さの証明にならない」


八柳の声は、どこか寂し気だった。


「ヤクザの強さは、金を稼げる力。今の時代はね。この人の力は、どこで生かせんのかなあ…」



ドリームファイナンスの床に、男たちの体が転がった。

そのうえにどっかりと腰を下ろし、志水はタバコをくわえる。その横から、八柳がライターを差し出した。


「お見事」

「おうよ」


志水は煙を吐いた。仕事を終えたあとの一服は最高だ。


「でも兄貴ィ」

「ああ?」

「この惨状、どうしましょ」


ドリームファイナンスの事務所は、ボロボロだった。志水が椅子をぶんなげたので窓が割れ、志水が男の体を叩きつけたりしたのでソファが破れ、志水がどこかのタイミングで奪い取ったバールが空調に突き刺さっていた。


「うわあ…これは修繕費がかさみそうな…」

「こ…こいつらが少しくらい持ってんだろ?」


冷や汗をかく志水をよそに、八柳が手際よく、全員のポケットから財布を集める。「んー…全員で7万くらいっすかね。こいつらクレカも持ってない…現金化できないな」

「しけてんな!おめえらのせいでまた金が必要になったろうが!」


志水は八つ当たりで、足元の男の頭を蹴り飛ばした。

そのタイミングで、八柳のスマホが鳴った。


「八柳です。いつもお世話になってます。…………はい、はい。……あー…。なるほど」


何の電話かはわからないが、八柳が今出るということは組か事務所に関係のあることだろう。ただ、八柳はいつも無表情だから、どういう電話かわからない。

通話が終わり、八柳が志水を向いた。


「兄貴。こないだ金返せなくなって、南通りのソープに預けた女いたでしょ」

「ああ、蓮見令佳な」


そこまで言って、志水は思い出した。

そうだ、令佳がソープで稼いだ金がある。


「そうか!今月の売上は、令佳が働いたぶんでとりあえず…」

「飛んだそうです。出勤しねえし連絡つかねえって」


志水はまた足元の男の頭を蹴った。「どいつもこいつも!」


「あー、でもあの女。確か連帯保証人つけてましたよ」


八柳が借用書のファイルを取りに行く。


「…あ。ほら、やっぱり」


「……雨宮トキコ?」


借用書には、この近くの住所が書かれていた。


「あれ。このマンション令佳と同じじゃね?」

「同居人らしいです」

「仕事は?」

「令佳の話じゃ、在宅ワークしてるとか」

「よし、じゃあ家にいるな。こいつから金回収するぞ!すぐに行く」


八柳と目配せして、志水は事務所を出ようとする。様子をうかがっていた太が、立ち上がった。


「あ、あの!おふたりとも。僕は、もういいんでしょうか」

「あー?いいよ。鍵だけ閉めてってくれ」


志水が太に向かって、鍵を投げる。

ドアを見ると、ドアノブがぷらんと外れていた。


「鍵を…どう閉めれば?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る