第7話 小糸
三人が近づいていくと、からくり人形のようによろよろと立ち上がる。
「ぬう、油断したわ」
「あまり動かない方がいい。斬る時に呪いも打ち込んでおいた」
「だろうな。身体が重くてかなわんわ」
気丈にニヤリと笑うが、その顔は真っ青だ。宮園は初めて天狗の顔をしっかりと見たが、喋り方に反して切れ長の目が印象的な黒髪のキリッとした美青年である。そんなのが全身から夥しい出血をしているから、なんだか一種壮絶な美しさを帯びていた。
(妖怪ってみんな美形なのかしら?)
「恐ろしい力だな。貴様、本当に人間か?」
「ああ。残念ながら正真正銘、人間だよ」
天羽は表情ひとつ変えず、
「で、アンタにひとつ聞きたいことがある。寄宮小糸を誘拐したのってアンタ?」
「誘拐? たわけ、あれは誘拐などではない。保護だ」
「保護?」
「誘拐犯こそそういう詭弁を使うのよねえ」
相手が瀕死と分かれば強気に出られるのが宮園である。「でももう何を言っても無駄よ! 証拠はあるんだから!」
「証拠だと?」
「これよ!」
宮園は印籠を出すようにペンケースを突きつけた。
「確かにそれはあの子のペンケースだ」
「これがこんなところにあるなんて、あなたが犯人だと自白しているようなものじゃない!」
「待て。お前は何か勘違いをしているな。俺はあの子を保護するためにここへ連れてきた。厄介なのに狙われていたのでな」
「厄介ぃ?」
「天狗さん!」
小さな女の子の声が聞こえた。
かと思うと、どこから現れたのかまだ年端も行かぬ幼女が、血相を変えて天狗の元へ駆け寄り、裾へすがりついた。
「天狗さんどうしたの!? すごい血が出てるよ!?」
「ああ、いや。大したことない」
「そんなことないよ! やだ、天狗さんが死んじゃう。やだよぅ」
「……もしかして、その子」
「ああ。貴様らが探している寄宮小糸だ」
幼女――寄宮小糸は、天狗の裾を握ったまま宮園をきっと睨んだ。
「あなたがひどいことをしたの!?」
「コイツが全てやりました。あたしは無実です」
「……」
全ての罪を被せられた天羽が戦慄する。宮園はいつものように猫をかぶり、かがんで小糸と目線を合わせた。
「私はね、あなたのお姉さんの知り合いなの。小糸ちゃんがいなくなっちゃったって聞いたから、探すのに協力してたのよ」
「……本当?」
「ええ、本当よ」
「分かった」
小糸はこくんと頷いた。まだ7歳である。人を無闇矢鱈に疑うほど心は汚れていないらしい。
「にしても、どうも事情がちょっと違うようね」
天羽に話しかけると、「ああ」と頷き、
「天狗による誘拐だと思っていたけど、小糸さんは彼に懐いてるみたいだ」
「どういうことなのかしら。保護って言ってたけど」
「文字通りの意味だ。俺はこの子を悪い妖怪から保護していたのだ」
「悪い妖怪?」
「然り」
天狗は頷き、
「あの辺には最近タチの悪いあやかしが徘徊するようになっている。ソイツは子供を好んで喰らい、妖力を増しているらしい。そしてつい最近、この子の後をつけるようにそのあやかしが歩いていたのを見て、事態沈静化のためにこちらで匿っていたのだ」
「ということは、その子は妖怪が見えているの?」
「いや」
天狗は首を振り、
「この領域であれば見ることができるが、外に出ると常人と変わらなくなる」
「じゃあなんで妖怪に狙われるようになったのよ」
「知るか」
天狗は吐き捨てるように言った。
続いて天羽が、
「その話が本当だとして、そもそもなぜアンタはわざわざその子を匿うような真似をした?」
「……恩義だよ」
# # #
少し前のことである。
是害坊天狗はカラスに変化して仙台の市街の上を逍遥していた。
妖怪には寿命が無い。悠久の時を生きるため、そのほとんどが常に退屈持て余している。その退屈しのぎのために時折人間にちょっかいをかけているのが時の文人によって怪談として書に収められ、後世の妖怪好きに読み継がれているのであるが、中には相当タチの悪いものもいる。
是害坊天狗は人間に災いを振り撒くような料簡も無く、ただ暇つぶしに人の世の中を鳥となって飛んでみたわけだが、その途上で運悪く鷹に出くわした。
大きな鷹であった。
彼は不意打ちを受けて傷を負い、なんとか逃げることができたものの、姿を戻すこともできずに地上で回復を待つしかなかった。もしもここで猫や犬なんかに出くわしたら一巻の終わりである。
そうやって彼が療養しているところに来たのが、小糸だった。
彼女は小学校からの帰りらしく、ランドセルをつけて友達と下校中だった。道端に倒れている彼を見つけ、
「あれ、カラスだ」
「ほんとだ。血まみれじゃん。猫に襲われたのかな?」
「なんかこわーい。いこ」
「……うん」
小糸は気がかりそうな表情を浮かべつつも、友人に促されてその場を去った。
しかし、数時間後に戻ってきた。
「カラスさん大丈夫?痛いの?」
(痛すぎるわ)
「ちょっと待っててね。消毒スプレーをかけて……」
小糸が家から持ってきたらしい消毒用アルコールスプレーを噴霧すると、沁みるような痛みが広がった。
(ぐええええ痛い痛い痛い!とどめを刺す気かこの娘!)
「それで、えーっと、包帯を巻いて……」
慎重な手つきで、繊細美麗な細工をいじるように包帯を巻いていく。それが終わると、「ふう」と手術終わりの医者のように額を拭った。
「これでもう大丈夫! あ、でもでも……そっか、うん」
彼女は何か一人でブツブツ言った後にうんと頷き、
「治るまでうちにいていいよ!」
そう言って、彼の身体を抱きかかえた。
# # #
「……そうして怪我が治った俺は家を出た。しかしなかなか離れがたく、また時折カラスになってあの辺を飛び回っていた時に、この子が悪鬼に後ろをつけられているところを見た。そこでこの地に保護したというわけだ」
天狗が語り終え、一息をついた。
「そのタチの悪いあやかしを倒そうと思わなかったの?」
「俺もすっかり以前よりも妖力が衰えてしまってな。それに、あんなに大っぴらに人に災いを振りかけていれば、そのうち祓い屋によって退治されるだろうと考えたのだ」
「なんだかなっさけないわねえ」
「……うるさいぞ」
弱々しく反抗する。自分でも無力さを痛感しているらしい。
「それで、タチの悪い妖怪とは何だ? 場合によっては既に祓われているかもしれん」
天羽が小糸を一瞥して言う。
「それならば、昨日もそいつを見たからまだ祓われてはおらぬようだ。や、見た目は人間に極めて近い、山の悪気が化身したものでな。着物姿に草履という出で立ちで、見た目は中年を迎えた女だ」
(……ん?)
その言葉に強烈な既視感を覚えた。
「――見ィつけた」
この場にいる誰のものでもない声がした。
朽ちかけた石段を登りきったところに、人影が佇んでいる。
それがゆっくりと歩いてくる。容貌が判別できる距離まで来たところで、宮園は気がついた。
「あの時のおばさん……」
「クソッ、もう来おったか」
「もう?」
「今話しただろう。あれが件のあやかしだ」
「……嘘っ……」
だって、普通の人間と変わらないじゃない。
だって、言葉を話して意思疎通ができるじゃない。
そんな思いが胸を去来したが、言葉が続かない。
「馬鹿な小娘がご丁寧に結界を壊してくれて来てみたら、やっぱりいるじゃないの。あの子供が」
「近寄るな。それ以上こちらへ来てみろ。目にもの見せてやる」
「その手負いの身体で何ができるんだい。まあとにかく――その娘は戴くよ!」
そう言うと、あやかしが一直線に小糸の方へと跳躍してきた。
(危ない!)
無意識だった。
半ば本能的に、小糸の前に身体が飛び出す。
「あはははは! 人の子ごときにアタシを止められるわけがなあぁぁい!!!」
――それでも、何もできないよりはマシだった。
宮園はぎゅっと目を瞑った。
「ぎぃやあああぁぁぁ!!!」
身の毛もよだつ絶叫が目の前で聞こえた。
恐る恐る目を開けると、妖怪の身体に矢が一本刺さっていた。
「祓い屋に背を向けるなど愚の骨頂だろう。消えろ、低級が」
「う……うぎゃぁぁぁぁああああ!!!」
再びすさまじい絶叫をあげたかと思うと、その妖怪は光に包まれて消滅していった。
天羽が構えた弓を降ろす。
「一件落着だな」
「流石です、ぬし様」
当然のことと言わんばかりに竜胆が言うが、あとの三人は呆然として言葉も出なかった。
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