第3話 不審な男

 女子中学生の話は以下のとおりである。


 昨日の放課後、部活動が休みになった彼女は、友達と仙台駅前で時間を潰した後、自転車に乗って帰り道を辿っていた。詳しい時刻は覚えていないが、昨日は5時限しか授業が無かったため、15時には放課になっていたことから推測すると、16時前後のはずだという。


 友達とスタバで茶をしばいて満腹となったので、なんだか眠気が出てくる。自転車を漕ぎながら半分は船も漕いでいた。


 ひと通りの少ない道を安全運転で走っていると、やがて家のある町内へと入った。この辺りは閑静な住宅街である。左右をマンションやアパート、時折現れる塀に囲まれた戸建住宅に挟まれながら、いつもの帰り道を通った。


地域のコミュニティが発達しているため、知り合いも多い。


 すれ違う人に会釈をしていると、自分の家にほど近いところにある四つ辻に、人だかりができていた。普段は通る人も少なければ、足を止める人はさらに少ないような場所である。


(なんだろう)


 近づいてみると、顔見知りの近所のおばちゃんが振り返って「あら、ゆうちゃん」と声をかけてくる。


「こんばんは、おばさん。みんな何してるの?」

「シッ、静かに! ゆうちゃん喋っちゃダメよ」

「えっ」


 おばちゃんが口に人差し指を当てたので、反射的に口を噤んだ。そして声を潜め、


「どうしたの?」

「そこの角から顔出してみなさい。絶対に声をあげちゃダメよ」

「わかった」


 彼女が口を己の手で塞いで角から顔を出すと、そこから直進していったところ、即ち彼女の家の前に、背の高い男が立っている。目測で2メートルもありそうな巨体はまんじりともせず、彼女の家を塀越しに覗き込んでいるようだった。顔はよく見えないが、若い男らしい。


(なにあれ……)


 気持ち悪くなって顔を引っ込めると、心配そうな顔をしたおばちゃんが肩に手をかけた。


「あの人、知り合い?」

「ううん、知らない人」

「やっぱり。お母さんに電話繋がらなかったけど、警察呼んだ方がいいわね。もう何分もああしてるのよ」

「あの人誰?」

「誰も知らないんだって。この町内の人じゃないと思うわ」

「キモ……」


 彼女が鳥肌のたった腕をさすっていると、やがて通報を受けたらしい巡査が派遣されてきた。


「この辺りに不審者がいると聞いたのですが」

「ああ、松田さんなのね。あそこの栗原さんのお家の前に……あら?」


 角を曲がった先をおばちゃんが指さしたが、素っ頓狂な声を出した。巡査がそれに続けて、「誰もいませんな」と言う。


 女子中学生はまた顔を出してみたが、さっきまでいたはずの男は、煙のように消えていた。


「おかしいわね、さっきまでいたはずなのに……ねえ?」


 おばちゃんの問いかけに、集まっていた野次馬がうんうん頷く。そう言われると流石に気のせいで処理もできないので、今後は見回りを強化する旨を告げて巡査は帰っていった。


 彼女も同じく不審な男を目撃しただけに、奇異の思いを禁じ得なかった。


 それだけに、近所で幼い子供が誘拐されたというニュースを今朝聞いた時には死ぬほど驚いたという。




 # # #




「不審な男ねえ」


 その後も聞き込みを続けたが、夜になっても新たな情報は得られなかった。


 最大の手がかりは、女子中学生をはじめ近隣住民が目撃した不審な男である。


 時刻は19時を過ぎている。このまま帰るのもなと宮園が思っていると、意外にも天羽から「晩飯を済ませよう」という提案があったので、渡りに船だった。


「勿論奢りよね?」

「え、なんで」

「こんな可愛い女の子に奢る機会なんてそうそうないわよ」

「そんな暴論がまかり通ってたまるか」


 彼は文句を言いつつも、なんだかんだ彼女を駅前の牛タン屋へ連れて行ってくれた。


 着席して注文を済ませ、水を飲みながら雑談していると、やがて注文した牛タン定食が運ばれてくる。並盛定食でも1000円を超えるような品である。高校生の身には痛い出費だろうにもかかわらず、天羽の顔色は全然変わらない。


「アンタってバイトしてんの?」

「祓い屋の報酬で結構金貰えるから、生活には困ってないんだよ」

「ふうん」


 羨ましい限りだ、と思う。彼女は月3000円のお小遣い制だから、この食事だけでほとんどが木っ端の如く吹き飛んでしまう。


 入念に牛タン定食を味わっていると、「さっきの聞き込みだが」と天羽が口を開いた。


「やはり肝要なのは不審者の件だと思う」

「不審な男ねえ。やっぱりソイツが誘拐したってこと?」

「だろうな。あの住宅街、人は疎らだがいないわけじゃない。数分歩けば一人とはすれ違う程度には人気があった。しかも地域コミュニティが形成されているらしいから、小糸さんの顔見知りも多いだろう。一方で、小糸さんが失踪したのが16時30分から17時15分の間だった。その短い時間で完全にこの住宅街から消え去ることができるだろうか。7歳の女の子が、誰にも見られず」

「……確かにそうね」


 盲点だった。


確かに今日、寄宮小糸が失踪したのと同じ時間帯に現場を歩いてみたが、駅前のように人がわんさかいるわけでは無いにせよ、何分か歩けば人がいる程度には人気があった。しかも女子中学生曰く、この辺りはお互い顔見知りも多いらしい。


 そんな中で、7歳の子供が誰にも見られることなく失踪を遂げられるだろうか。


 まして、これが誘拐事件であったとしよう。そして犯人があの不審者だったとしよう。


彼らは誰からも目撃されることなく逃げおおせることができただろうか?


 できない、と宮園は思う。


「可能性は二つある」


 テールスープを美味そうに飲み、天羽が言う。「一つは、まだ小糸さんはあの住宅街の近くにいること。そしてもう一つは」


「妖怪の仕業であること」


「……そうだ」


 セリフを盗られた天羽が不満げに呟いた。


「でも、あれだけ論理的にうんぬんかんぬん言ってた割にはあっさり認めるのね」

「馬鹿を言うな。この状況下であれば可能性として考えなけりゃいけないだろう。そもそも古来、この辺は神隠しが多い地域だったらしい」

「神隠し? 千と千尋のやつ?」

「千尋が遭うやつだな。だから、最初からある程度可能性としては高いだろうと考えていたんだ」

「ちょっと待って。本当に神隠しに遭ったのなら、小糸ちゃんは神様に拐われたということなの?」

「神隠しが文字通り神様によるものとは限らない。狐や狸、果ては天狗などによるものも伝説として多く伝わっている。……待てよ、天狗か、なら」


 天羽は何かに気がついたようにブツブツと独り言を言う。それが面白くなくて彼女はイライラする。


「ならどうだっていうの?」

「アンタ、昔話は好きか?」

「昔話ぃ? 猿蟹合戦とかなら読んだことあるけど」

「まあそんなやつだ。その中に天狗の話も多くあるのはアンタも知ってるだろう。天狗に攫われたり、相撲を取ったり、騙されたり」

「あまり記憶にはないけど、あったような気もするわね」

「その中にこんな話がある。江戸の世の話、ある男が家で寛いでいると、日当たりの良い窓ににわかに影が差し掛った。おや、と思って窓へ振り向くと、生垣の上に顔を突き出した山伏格好の大男が、一心に彼の家を覗き込んでいる。恐怖で男が動けないでいると、しばらく経って『この家に災い降りかからん』と言って去っていった。果たしてその後、男の家で出火があり、家は全焼してしまった」


 宮園はなんとも言えない不安な気持ちになった。「つまり、どういうこと?」と尋ねると、


「天狗は山伏の格好をしていることが多い。そしてこの話の山伏は、昨夕の女子中学生の家を覗き込んでいた不審者と同様、男の家を覗き込んでいた。しかも不審者は警察が来る前に煙のように消えてしまい、その後の目撃談もない。以上の話から、不審者は人間ではないとみた」

「でもそれ、昔話に過ぎないじゃない」

「昔話が荒唐無稽なフィクションであるとは限らない。何か現実で起きたことが下地になっていると俺は思う」

「……じゃあ、本当に天狗の仕業だとして、これからどうするの?」

「探すに決まってるだろう」

「いやいやいやいや」


 全力で手を横に降った。「天狗探すなんて冗談じゃないっつの。猫とか徘徊老人探すのとワケが違うんだから」と言うと、


「天狗一匹捜すのにワケは無い。やりようならいくらでもある。アンタもいることだし、人数は多いに越したことはない」


 そう言って、天羽は不気味な笑みを浮かべた。

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