第2章 第12話 怨獣VS怨獣

スイレンが悠然とShade Wolf(シェーイドゥ・ウォーウフ)の群れへと進む中、周囲に漂う空気が一変した。


突如、スイレンの可愛い魔法美少年としての姿に神秘のベールが纏わりついた。


そしてやがて纏う神秘のベールが、不意に音を立てて砕け散る。


「ガシャァァァン!」


その中から現れたのは、巨大な蠍の怨獣――鋭い黒曜石のような甲殻と、禍々しく輝く毒針を持つ恐ろしい姿だった。


カルも沢渡も、疲弊した身体を引きずりながらその光景を見つめ、声を上げた。


「あれは…蠍の怨獣!? でも、さっきのスイレンはどこに…?」


古川は顔を歪めながら叫ぶ。

「まさか…スイレンがあの怨獣に変身したっていうのか? 魔導士が怨獣になるなんて…そんな話、聞いたこともねえよ!」


林もまた、先ほどまでの余裕を失い、口元を震わせていた。

「あいつ、ただの魔導士ちゃうんかいや…何者やねんまじで…!」







蠍の怨獣はまるで舞うように動きながら、その長い尾と巨大な鋏を操り、次々とShade Wolf(シェーイドゥ・ウォーウフ)を葬っていく。


「Água Mortífera(アーグァ・モルティフェーラ/死の水)!」

怨獣がポルトガル語で技名を叫ぶと、異空間からトリチウム水の波がが大量に現れてShade Wolfの群れを襲う。

Shade Wolfのうち「実態を持つ」個体は高濃度のトリチウムに汚染される。


「Windkreet(ヴィーントクリート/風の叫び)!」

続けざまにオランダ語で詠唱し、強烈な突風を巻き起こして敵を吹き飛ばす。


その様子に、カルたちはただ圧倒されるばかりだった。


沢渡(さわたり)が呟く。

「怨獣が…魔術を詠唱してる?あり得へん…普通、怨獣は本能だけで動いてるはずやろ!」


古川も愕然とした表情で続ける。

「しかも、あの詠唱、たぶんポルトガル語とオランダ語だ…あいつ、ただの怪物じゃねえ!」




怨獣が敵を次々と倒していく中、とうとうShade Wolf(シェーイドゥ・ウォーウフ)たちの群れの中心から、他とは異なる一際大きな狼の姿が現れる。


「あれが古川が言ってたShade Wolfの王…?」

カルはそれを見て息を飲んだ。


その狼は漆黒の毛並みに赤い瞳を輝かせ、威風堂々と現れた。

まるで周囲の怨獣たちを従える王のような存在感を放っている。


「見つけたぞ!!!Rei(ライ)!!」



蠍の怨獣はそのRei(王)を見据え、尾を高く掲げた。その瞬間、カルたちは強烈な威圧感を覚えた。





古川は頭を抱えながら叫ぶ。

「これじゃ、怨獣じゃなくて化け物そのものじゃねえか…!」




Reiは漆黒の体を光の速さで滑らせるように動き、蠍の怨獣へ猛然と襲いかかった。


「ガウゥゥン!」

鋭い爪と牙で、蠍の堅牢な甲殻を次々と叩き込む。衝撃波のような攻撃のたびに、地面が砕け、風圧が荒れ狂う。


蠍の怨獣は距離を保ちながら、水魔法や風魔法を駆使して応戦する。

「Chuva de Lâminas(シューヴァ・ドゥエ・ラ゜ーミナシュ/刃の雨)!」

鋭利な水刃が無数に飛び散り、Reiの周囲を覆い尽くした。

しかし、Reiはそれらを華麗に避け、一切ダメージを受けない。


沢渡が呟く。

「あのReiの動き、完全に読まれてる…!」





蠍の怨獣は次第に追い詰められ、守勢に回る。

Reiの攻撃が徐々にその鋭い尾や脚を捉え始め、かつてない危機に陥る。


古川が叫ぶ。

「あの蠍、もう持たない…!」


その瞬間、蠍の怨獣が尻尾を大きく振り上げると、勢いよくReiの動きを封じ込めた。


「Fio Mortal(フィーウ・ムルターウ/死の糸)!」

蠍の怨獣がポルトガル語で技名を叫ぶと、その尾が生きた鎖のようにReiの四肢を絡め取り、完全に動きを封じた。


Reiは初めて咆哮を上げたが、蠍の怨獣は一切容赦せず、その毒針の狙いを定める。



---




「Açoite de Escorpião(アソーイタェ・ドゥエ・シュクルピアオン/蠍の鞭)!」

蠍の怨獣が放った毒針が、Reiの胸部を貫く。


「ガウゥゥゥ…」

Reiは苦悶の声を上げ、巨体を倒した。その瞬間、周囲を埋め尽くしていたShade Wolfたちは、まるで糸が切れたかのように力を失い、霧散していく。


カルが静かに呟く。

「Reiを倒した…蠍が、怨獣の王を…。」


しかし、その直後、異変が起きた。


Reiの遺体は、普通の怨獣と同じように消えるはずだった。

だが、漆黒の巨体はその場に横たわり、時間が経っても微動だにしない。


沢渡が驚きの声を上げる。

「なんやこれ…怨獣が消えない…? こんなの、今まで見たことないぞ…!」


古川も動揺を隠せない。

「怨獣は倒されると霧のように消えるはず!これは一体どういうことだ…?」





蠍の怨獣は毒針を引き抜くと、無言でその場に立ち尽くしていた。カルはその怨獣の背を見つめながら、自分の中に湧き上がる不安を感じた。


「スイレン…もしあなたが怨獣なら、一体、何が目的なんだ…?」


不気味に静まり返った現場に、かすかに風が吹き抜け、Reiの遺体が不気味な輝きを帯び始めていた。


その遺体が消えない理由、そしてその先に待ち受ける真実は、この戦いの余波としてさらに深い謎を呼び込むこととなる…。

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