第5話 上国府塚機職見聞録
殿方との思い出を綺麗な内に
機織とは、
本日は此の機織の中から一人、興味深い話を聞く事が出来たので其方を記していく物とする。
ーー私は、上国府塚の荒谷に住む
此方に住む女達は、皆一同にして機織に携わっており、私の姉達も私同様に機織の技術が幼い頃から身に染みております。
そうして生きてきた私ですが、幼い頃から糸を撚る技術は姉達よりも抜きん出ていると自負しております。私が撚る糸は
あれは十五の歳でしたでしょうか。当時の私はその日、何時ぞやかに食べた食事の事を思い浮かべながら糸を撚っておりました。何を夢想していたかは覚えておりません。糸を撚り終えた後にはその時の記憶が…いえ、その食事の記憶がないのです。何を食べたか、美味しさ、食感、食後の満腹感。其のどれもこれも綺麗さっぱり記憶から抜け落ちておりました。今日に至るまで、その記憶が取り戻せた事は一度しかございません。
その際に紡いだ糸を母が織布にし、それを購入された私の友達のお姉様が着物に誂えているのを見るまでは、私もその糸を紡いだ際の事を失念した儘の状態だったのです。
友達のお姉様の着物を見た瞬間に、私の脳裏には喪われた筈の記憶が一瞬、思い起こせたので御座います。
その時の私は
私はお姉様に尋ねました。
「もし、お姉様。その着物を着ていて、思う事はありますでしょうか。お姉様がお召しになられている着物、恐らく私が撚り紡いだ糸の機布ですのよ」
「あら、そうだったの?不思議な事なんですけれど…ふふ、浅ましい女と思わないでくださいましね?」
「構いませんわ!着心地の感想を頂きたいの。是非ともお聞かせくださいな」
「この着物を着ているとね、南蛮由来のカレヱライスと言う物を食べた気分になりますの。馬鈴薯と人参を大き目に切り分けて、煮込んで、それからカレヱルウという物と煮込んだ食事ですのシノさんも一度食べて行かれたら、きっとその美味しさの虜になりますわ。」
お姉様はそう言うと、他に話掛けた方の相手をなすったので、私がお話を聞けたのはそこまでですわ。
其れからの私は、日記を書く事に尽力して参りました。ほんの僅かでも記憶に留めて置きたい事は日記に書き、それからは日記に書いた事を思い浮かべながら糸を撚り紡ぐ日々に明け暮れておりましたの。
そうして私の記憶にある物は全て
中でも一番評価が高い物は殿方に対する思慕の糸。
殿方との思い出を綺麗な内に
....村の女は、等しく私が織り成す記憶に夢中でございました。
ただ、悲しい事に私が撚り紡ぐ糸はスッカラカンになってしまいました。
なので、貴方様の記憶を観させて下さいましね。
記憶は多少無くなりますが、悲恋を紡ぐ糸は何処に行っても需要がありますのよ。
さぁ、貴方の記憶を私に下さいな。
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