夜明けに触れる指先
高橋健一郎
第1話
《ルビを入力…》タイトル:
「夜明けに触れる指先」
ジャンル: 官能 × 心理ドラマ × エンターテインメント
テーマ:
触れ合いを恐れる男女が、心の壁を少しずつ崩しながら距離を縮めていく物語。
夜の静寂が二人の心を映し出し、「触れる」という行為が愛と葛藤の象徴となる。
プロローグ:指先に宿る孤独
雨が降っていた。
湿った夜の空気が、街の灯りをぼんやりと滲ませている。
窓際に座る静香は、手元のグラスを傾け、赤い液体を指先でなぞった。
ワインは冷え切っていた。けれど、それが今の彼女にはちょうどよかった。
冷たさが心に馴染む。
静かに流れるジャズの音が、閉店間際のレストランに溶け込む。
客はもういない。
「まだ、帰らないんですか?」
カウンター越しに椎名が声をかける。
彼はグラスを磨きながら、彼女の様子をじっと見つめていた。
「帰らないわけじゃないけれど、雨が止むまで。」
「降りやまない雨ですよ。」
「ええ。でも、濡れたくないの。」
静香は微笑んだが、椎名は彼女の指がグラスをなぞる仕草を見逃さなかった。
それは、ほんの少しの震え。
「その指、少し震えてますね。」
「そんな風に見える?」
静香はゆっくりと視線を上げた。
「俺には見えるんですよ。」
彼はそう言ってグラスを置くと、カウンターを回り込み、静香の向かいの席に座る。
「触れられるのが、怖いんですか?」
「触れること自体は怖くないわ。ただ……。」
静香は言葉を切り、再びワインを口に含む。
冷えた液体が喉をすべり落ちていく。
「ただ?」
「触れた後、心まで持っていかれるのが怖いのよ。」
第1章:触れた夜の罪
椎名の指先が、静香のグラスの縁をなぞる。
彼の動きは緩やかで、ワインのようにねっとりとした余韻を残していた。
「もし、心まで触れてしまったら?」
静香はグラスを置き、テーブルに軽く肘をついた。
「あなた、思ったより強引ね。」
「いいえ。俺はただ、あなたの言葉を試してるだけです。」
「試されるのは嫌いじゃないわ。」
椎名の視線が静香の指に落ちる。
テーブルの上で揺れる彼女の指先が、何かを迷うように微かに動いた。
「俺に触れてみますか?」
椎名は静香の手の上に自分の指を重ねた。
触れた瞬間、静香はわずかに肩を震わせる。
けれど、彼女はその指を払いのけようとしなかった。
「……もう少し、このままでいいかしら。」
「ええ。」
指先が触れ合うだけで、二人の間には会話以上の温度が生まれていた。
第2章:心に雨が降る夜
レストランを出た二人を、冷たい雨が迎えた。
静香は小さな傘を広げる。
「狭いですよ。」
「あなたが入らなければ、もっと狭いわ。」
椎名は静香の肩にそっと手を添えた。
傘を分け合う距離が、二人の呼吸を近づける。
「濡れるのは嫌いじゃないんですけどね。」
「あなたが濡れるのは、悪くないかもしれないわ。」
静香は椎名の顔を見上げた。
雨粒が彼の頬を濡らし、髪の先から滴る。
「あなたと濡れるなら、悪くない。」
椎名の手が、静香の頬を軽く撫でた。
水滴を拭うように、指が唇の端をかすめる。
「こんな雨の夜も悪くないでしょう?」
「ええ。」
傘の下で触れた指先が、夜の静けさに溶けていく。
第3章:触れられた心の傷
部屋に戻った静香は、窓際に立ったまま外の雨を見つめていた。
椎名が彼女の後ろに立ち、そっと髪に触れる。
「本当に、触れてよかったんですか?」
「……ええ。」
静香は振り返り、椎名の頬に手を添えた。
「あなたに触れられて、心が震えるのは久しぶり。」
椎名の指が静香の背を滑る。
「心の震え、嫌ですか?」
「嫌じゃないわ。」
静香は静かに目を閉じた。
エピローグ:夜明けに触れる指先
窓の外で雨が上がり、夜が明ける。
静香はベッドの中で目を覚まし、隣に眠る椎名の髪にそっと触れた。
「夜が明けても、触れていていい?」
椎名は目を閉じたまま微笑む。
「ええ、夜明けでも。」
静香の指先が椎名の頬をなぞる。
触れた指先に宿る温もりが、長い夜の終わりを告げていた。
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