想いかたみ

「よかった、二人とも無事だったんだな! ……ってクリス、どうしたんだその翼!?」

 レオノティスたちの目は、当然のようにクリスの背から伸びる両翼へ注がれる。

「この姿に関する質問は後で受ける。それよりレオノティス、アイビーからもらった指輪を見せてくれ」

 クリスは戸惑うレオノティスの返事も聞かず、手を取って一同から指輪が見えるようにする。そこへアイリスがマナをあてると、リルムリット王国の国章が鮮やかに浮かび上がった。……これまで、アイビー以外のマナには一切反応しなかったというのに。

 さらに、もう一つ信じがたいものがレオノティスの目に留まる。

 アイリスの胸元。ドレスが焼けて露出したネックレスからも、同じように国章が浮かび上がっているのだ。よくよく見ると、ネックレスのトップはアイビーの指輪と同じものを使用しているようだ。

「これらの指輪は、母・アリシアが私とイルミナへそれぞれ贈ったもの……。幼くして生き別れた私たちが再会した時、すぐに互いを姉妹と分かるようにと。だから、リルムフェーテ家の血を引く者のマナにしか反応しないようにしてある……」

 アイリスの説明に、レオノティスは息を呑む。

 ――なんでそんなもんを、アイビーが持ってたんだ? なんで、アイビーのマナに反応してたんだ……?

「……思えば竜樹の結界も、アイビーやアイリスたちには一切反応しなかったね」

 まるで竜神様の祝福でも受けているみたいに、とヴィステマールが付け加える。

「…………」

 立ち尽くすレオノティスの手を取り、アイリスは焦点の合わない目で指輪を食い入るように見つめ続けている。

 その姿は何度見てもアイビーと瓜二つだ。まるで、実の双子のように。

「そなたの言うアイビーとやらが、イルミナだった……」

 アイリスが自ら言葉にした途端、虚ろな瞳から一筋の涙が零れる。

 ここへ来るまでの間か、あるいはサイノスにいた時か――アイビーが既に亡くなっていることは聞いていたのだろう。糸の切れた操り人形の如く、力なくその場にへたり込む。

「ある時を境に、セルフィール帝国は陛下とイルミナ殿下の面会に一切応じなくなった。このことから、殿下が既にご存命でないことは可能性の一つとして考慮していた。だが幼くして母君を亡くした陛下にとって、殿下は唯一人の肉親。さらに絶え間ない激務と緊張の中で、常に心の支えにしてきた存在でもある」

 エルギスの言が正しいことを証明するかのように、アイリスの頬を絶えることなく涙が濡らす。

「エルギス。あなたは、マナ共有化能力を持っているな?」

 アイリスの震える肩へ手を置き、クリスが当たり前のことを確認するかのように問う。

「……参考までに聞きたいのだが、なぜそう推定した?」

「レオノティスが《竜脈術師》となったことと、彼を慕うアイビーがリルムフェーテの血を継いでいたことから、ね」

 それきりクリスは暫時閉口した。何事か思案していたかと思うと、「ずっと、腑に落ちなかった」とおもむろに語り始める。

「伝承にある、リルムフェーテの血族が授かった『神剣の鍵』とは何なのか? 神剣の使用条件は『フレシェヴェルヌから竜脈を託されること』だから、神剣の使用者が《竜脈術師》であることは必須条件といえる。この観点でのみ論じれば、一般に言われている『《竜脈術師》へ導く力』というのはなるほど、正しそうではある。しかしいくら考えても、『竜脈を託されること』というのがどうにも解せなかった。通常、竜脈やマナは他者とやり取りできないからだ。……たった二人の例外を除いては」

 クリスの指摘に、レオノティスは弾かれたように顔を上げる。

「この二者のうち、エルギスはリルムフェーテ家前当主・アリシアから深い寵愛を受けていた。そしてレオノティスもまた、アリシアの娘であるアイビーに強く慕われていた」

 レオノティスの心魂を、アイビーの人懐っこい笑顔が掠める。その表情は、心から信頼する相手のみへ向けられるものに違いなかった。

「このことから、私は『神剣の鍵』とは『竜脈とマナの共有化能力』であると推測する。アイギスフレシェはリルムフェーテより『神剣の鍵』=『竜脈とマナの共有化能力』を授かり、そしてフレシェヴェルヌから竜脈を託されて、初めて神剣を振るうことができるのだと」

「で、でもそれじゃあさ、神剣の使用者が《竜脈術師》でなきゃならないって問題はどうするんだい?」

「レオノティスから聞いたが、マナ共有化の感覚は竜脈へ想いを込める感覚と酷似しているという。そしてそのお陰で、《竜脈術》の修練が上手くいったとも」

 ヴィステマールの問いに、待っていたと言わんばかりにクリスがノータイムで答える。

「つまり共有化能力を授かった者は、副次的効果として《竜脈術師》へも導かれるわけだ」

「ああ! そういやそんなこと言ってたっけ。なるほどねえ……」

 しみじみ呟くヴィステマールの声を聞きながら、レオノティスは自身の手のひらを見つめる。

「マナを共有化できるようになった時点で、俺はアイビーから『神剣の鍵』をもらってたってことか……」

「しかし、その推測が当たっていたとしても解せぬな」エルギスが疑義を口にする。「なぜ殿下はアイビーなどと名乗った上、リルムフェスタへお戻りにもならずレオノティスと暮らしていたのだ?」 

「……記憶を失くしちまってたからだよ」

 もっともなエルギスの質問に、レオノティスは感情を抑えて答える。

「セルフィール帝国の研究所で受けた人体実験や、施設を脱出する時に負った大怪我の影響でな」

「じ、人体実験だと!?」

 思わず気色ばむエルギスを、アイリスが静かに制する。

「記憶を失くしてしまうほどに追い込まれたあの子を、そなたたちが救ってくれたのか……」

「レオノティスが、だな」クリスが答える。「あの子は付きっ切りで自分を治療してくれたレオノティスに大層懐いて、傷が癒えた後も一緒に暮らしていた。実の兄妹のように」

「そしてアイビーが流行り病にかかってしまうと、レオはあの子を治すためだけに《竜脈術》へ挑んだ。間に合わせることはできなかったけど……最後まで決して諦めない姿は、きっとアイビーの心を守ったはず。その証拠に、最期はとても安らかな顔をしていたわ」

 遠くの喧騒が一層、虚しさを引き立てる中。

 凍り付いていた時が動き出したかのように、アイリスがおもむろに顔を上げる。

「イルミナは……最期に、なんと……?」

「…………っ」

「――ありがとう、と」

 言葉を詰まらせるレオノティスの胸中を察して。ともに最期を見届けたドラセナが、代弁する。

「今際に記憶が戻ったアイビーは、自分がリルムリットを……みんなを守りたかったと悔しがった。でも、レオが代わりに叶えると誓った。だからあの子は全てを託して――ありがとうと、笑顔で逝ったわ」

「……そうか」

 アイリスが拳をきつく握り締める。

「……俺はアイビーを――イルミナを助けられなかった。すまん」

 そんな彼女へ、レオノティスは深く首を垂れた。

「よしてくれ」

 そんなレオノティスを、アイリスは優しく制する。

「そなたが《竜脈術師》へ至ったことこそ、両者が心底慕い合っていたことの証左。我が半身に等しい妹のため身を切り、幸せにしてくれた恩人へ感謝こそすれ……どうして、叱責の弁など浴びせられようか。どうか、顔を上げてくれ」

 目が合うと、アイリスは涙交じりに笑った。

「そなたに、心よりの謝意を」

 これまでの全ての痛みへ寄り添うかのように。

 武骨な手を、小さな手がさすり労わる。

「――やれやれ、困りましたね。イルミナ殿下の脱走が露見してしまう前にこの国を併呑するか、竜神圏と潰し合わせろと言われていたんですが。このままでは私がお叱りを受けてしまうので……ちょっと、口封じさせていただきましょうか」

 レヴィンが薄笑いを浮かべ、ひたひたと迫ってくる。いかにも研究者らしい細い体躯とは裏腹に、妙な威圧感を帯びながら。

「陛下。先ほどこの者たちは、曇りなき眼でイルミナ殿下を助け出すと言いました。そうすれば、両国が再び手を取り合えるはずだと」

 エルギスの言葉にレオノティスは大きく頷く。

「この国を守るってアイビーと約束したからな。どうにも優先度が高いもんで、そう簡単に諦めるわけにはいかねえんだ」

「あの子との約束のためだけに、そこまで……」

 言葉を詰まらせるアイリスへ、エルギスはさらに続ける。

「私はこの者たちを、そしてその言を信ずるに値すると判断します。今こそセルフィール帝国から独立し、竜神圏とともに立つ時かと。かつてのリルムフェーテ家と竜神のように」

 無言で首肯するアイリスを認め、エルギスは残っていたわずかな竜脈で《黒子夢槍》を発動させた。思わず身構えるレオノティスだったが、宙に顕現した塔のように巨大な槍の穂先は、レヴィンやリルムリットの竜樹のさらに向こう――セルフィール帝国へ続くレヴィン橋を向いていた。

「無茶よ! そんな身体で無理やり《竜脈術》を発動したら、もう二度と竜脈を使えなくなるかもしれない!」

「言われずとも分かっている……だがあの橋は、レヴィンの張った強力な結界に守られている。破壊に特化していない貴公らの術では、打ち破るのも容易ではあるまい。そして何より――」

 ドラセナの警告を受けながらも、エルギスは竜脈を引き出し続ける。まるで命を燃やすかのように。

「我が国が、セルフィール帝国と真に決別するためにも! あの橋は、他ならぬ我々自身の手で打ち砕かねばならんのだ!!」

 腹の底まで響くような気合いとともに、巨大な槍がレヴィン橋へ直撃。数瞬の間を置き、轟音と衝撃波があたりを支配した。音からして大規模な崩落が起こったことが窺える。

「これはこれは……困りますねえ。これ以上私の評価を落とされては」

 未だ耳朶を打つ崩壊音の中、レヴィンの声が不自然に反響して一同の耳へ届いた。

「みなさん研究所で可愛がってあげようと思っていましたが、気が変わりました」

 レヴィンが全身を大きく震わせる。奇妙な静寂の間を置いた後、「変容」は始まった。

 こめかみから角が生え、指先には大きく反った爪が備わり、全身の皮膚を鉄色の鱗のようなものが覆う。不自然に盛り上がった背からは大人の背丈ほどもある巨大な翼が生え、はためかせると禍々しい竜脈を周囲へまき散らす。

「――ぐっ!」

 目を疑うような光景に誰もが固まった、わずかな間隙。人の姿を棄てたレヴィンの足が、エルギスの腹部へめり込んだ。

「エルギス!」

 蹴り飛ばされたエルギスの巨躯を、アイリスが回り込んで受け止める。

「――はははははっ!! 素晴らしい! これが《竜脈術師》の力! これが《竜脈術師》の世界かっ!」

 レヴィンであった存在が、我が身を見下ろし大地を揺るがさんばかりに哄笑する。

「どういうこと? さっきの蹴り、マナじゃなくて竜脈を使って……」

 ドラセナの呟きに、レヴィンが「その通り」と剣山のような歯列を覗かせる。

「イルミナ殿下を幽閉していた研究所。そこでの研究テーマの一つが、人間族に竜脈を扱う力を与えるというものなのですよ。竜神から竜脈を授かったとされるリルムフェーテ家のイルミナ殿下と、セルフィールの竜樹にいた《竜師》・クロエを材料にね」

 レヴィンは高説を区切り、クリスへ爬虫類のような目をくれる。

「肉体の半分が竜脈からなる《竜師》の体液と、被験者の体液。それらを混合させて精製し投与することで、被験者はわずかにだが竜脈を有することができるようになるのです。ただ投与する際に強烈な苦痛と幻覚作用を伴うので、《竜脈術師》へ至ることができるのは私のようなごく一部の、強靭な精神力を持つ者のみでした。ですが私はむしろこの結果を好意的に捉えています。そもそもの目的は竜神圏による《竜脈術》の独占を阻止することですし……これほどの力、凡夫に御し切れるとも思えませんからね」

「他者を貶めながら、己の身の丈は弁えない。満ち足りることも知らずに貪り続けるさもしい姿は、憐みさえ覚えるな」

 クリスが不愉快さも包み隠さず吐き捨てると、レヴィンは歪んだ薄笑いを浮かべる。

「くくっ。憐みを覚えるような男の手で産み出された気分はどうです? モルモット君。クロエは今も施設で、娘である君の帰りを心待ちにしていますよ」

 ――娘!? 今、クリスがクロエの娘と言ったのか!?

「おや。やはり聞いていなかったのですね」

 レオノティスたちが驚きを隠せずにいると、レヴィンは愉快そうに舌を動かす。

「彼女の母親は、セルフィールの竜樹にいた《竜師》・クロエ。彼女はクロエへの人体実験の過程で生を受けたのですよ。あの歪な姿は、母体が薬漬けだったために成長を阻害された結果です」

「…………っ」

 クリスの年齢にそぐわぬ矮躯が憤懣に戦慄く。

「君は研究所へ連れ帰ったら、私に殺してくれと懇願するまで愛でてあげますよ。君の大罪は、イルミナ殿下を逃がしたこと。彼女は実に素晴らしい被験体だった。美しく、気高く、才気に溢れ……実験の際は、実にいい声で鳴いてくれた」

 その時のことを反芻しているのか、レヴィンは恍惚とした表情で舌なめずりする。

「この……外道がっ!」

「ダメ、挑発よ!」

 アイリスがドラセナの制止も聞かずに戦闘態勢をとる。それに呼応してクリスも顕現したマナのデスサイズを手に突っ込んだ。が――

「ぐっ、ぅ……っ」

《精霊術》を発動しようとしたアイリスが大量に吐血し、その場に崩れ落ちる。期待していた援護を得られなかったクリスもレヴィンの逆撃に遭い、あえなく一蹴される。

「無理はいけませんねえ、陛下。あなたは末期の流行り病患者。病を抑え込んでいる分のマナまで使うなど、自殺行為に等しい。もっとも……愛する祖国が蹂躙される様を見せられるくらいなら、ここで命数潰えた方が幸せでしょうか」

 アイリスの射殺さんばかりの眼光を、レヴィンは何とも心地よさげに受ける。

「そうでなくとも、独立を示唆する言行に加え、大動脈・レヴィン橋の破壊。あなた方には相応の罰を受けてもらわねばなりませんからね」

 レヴィンは落橋の意趣返しと言わんばかりに紺碧の空から色を奪い、槍を具現化する。

「おいおい……《黒子夢槍》まで使えるってのかい!?」

 数多の黒槍が空を裂いて注ぐも、レオノティスが天衣を展開して一同を護る。

「これが、レオノティスの《竜脈術》……ぐっ」

 光の天蓋を見仰ぐアイリスの口から、また鮮血が吐き出される。

「ふむ。これまでずっと病の症状を抑え続けていた反動でしょうか。これではこの国よりも陛下の方が先に消えてしまいそうですねえ」

 レヴィンの予想は恐らく正しい。マナの恩恵をほとんど失ったアイリスの身体は、みるみる衰弱していっている。

「レオノティス……私、は……っ」

「喋らなくていい。じっとしてろ」

 大丈夫だ、と瞳で呼びかける。病躯を《天衣無辺》で包み、体力と抵抗力をありったけ回復させる。しかし竜脈の負荷は、マナさえ失ってしまった無防備なアイリスの身を容赦なく蝕んでいく。このままでは流行り病よりも先に、アイリス自身が参ってしまう。

 かといってアイリスと竜脈を共有化しようにも、一向にうまくいく気配がない。

(くそっ……マナだったらすぐ共有化できるのに!)

 竜神の言う通り、やはり竜脈とマナでは制御の難度が段違いだ。

 ドラセナと竜脈を共有化できたのは、想いを一つにできたから。しかし決して短くない時間をともに過ごし、何より同じ確固たる願いを持つ彼女とでさえ、すんでのところでやっとなせたのだ。

 それを、出会っていかほども時間の経っていないアイリスとの間で実現するなど――

(余計なこと考えてんじゃねえよ……! 今度こそ治すんだ!)

 無意味な思考を棄て、ただアイリスへと意識を研ぎ澄ます。

 指通りのいいプラチナブロンドの髪。翡翠のように美しく大きな瞳。華奢な身体。このくらいなんでもない、と強がるような表情。その全てが、アイビーの姿と重なる。

 心火にも似た感情もそのままに。レオノティスはマナを共有化してアイリスに補充しつつ、流行り病という姿の見えない化け物へありったけの竜脈を浴びせる。

 レオノティス自身もエルギスとの戦いで激しく消耗しているが、そんなことは言っていられない。

 奥歯を噛み締め、胆力でもって竜脈とマナを維持し続ける。得体の知れない重圧に身を震わせるアイリスの手を握り、励ましながら。

「どうして……」

 全身を震わせ滝のように汗を滴らせながら、それでもマナと竜脈を放出し続けるレオノティス。

 そんな男の姿に、アイリスはたまらず問いかける。

「わた、し……私は、そなたの言うアイビーではないのだぞ?」

 たとえ姿形が瓜二つであろうと。魂を分けた双子であろうと、自分はイルミナではない。

 積み重ねてきた思い出も絆も、何もありはしない。

 彼が愛した妹には、どうあっても代われない。

 だというのに――

「どうして、そこまで……っ」

「……口に出すのも情けねえから、一度しか言わねえぞ」

 レオノティスは手を掲げ、拳を強く握り締める。アイビーから借りた指輪が、竜脈を浴びて星のように瞬いた。

「ここであんたまで助けられなかったら……アイビー《あいつ》に合わせる顔がねえんだよ!!」

 流れる汗が目に入り、涙のようにレオノティスの頬を伝う。

「――っ!」

 瞬刻。

 アイリスを覆う竜脈の量が、跳ね上がった。それまでの拮抗が嘘のように。圧倒的な竜脈に後押しされた生命力が、逆に流行り病を抑え込み始める。

 レオノティスとアイリスの間で、竜脈が共有化され始めたのだ。

「こんなにも深く、イルミナのことを……っ」

 竜脈の渦中で呟かれたアイリスの一言に、ドラセナが事態を呑み込む。

「そうか……アイリスを包む竜脈から、レオの想いや記憶が投影されたんだわ。だからアイビー《イルミナ》への想いを引き金に竜脈が同調して、共有化できた……」

 純白のドレスグローブ越しに、アイリスがレオノティスの手を固く握る。

「これが……そなたたちが紡いできた、思い出……?」

 重ねられた二人の手。そこから共有化された竜脈が溢れ出し、アイリスの病躯を包み、死の淵へ追いやられていた生命の灯火を励起させていく。

「あぁ……っ! だからイルミナ、そなたはレオノティスを――」

 アイリスが言葉を紡ぐたびに共有できる竜脈量が増加し、竜脈からアイリスへ流れ込む想いも加速度的に膨れ上がっていく。

「おお……っ」

 主君の命脈を繋ぎ止める光子の束を、エルギスは憧憬をもって仰ぐ。

 アイリスが流行り病を発病した時、エルギスも当然のように竜脈での治療を試みた。しかしどうしても竜脈を共有化するには至らなかった。

 もっとも仮に共有化が叶ったとして、《竜師》の膨大な竜脈なしに流行り病を駆逐することはできなかっただろうが……。

(運命、か)

 アリシアの言葉を思い起こしながら、《翼のない竜脈術師》はかつての弟子を見つめる。自身と同じく翼のない、しかし、《竜師》《ドラセナ》の翼を宿した背を。

 レオノティスは悲鳴を上げる肉体へ鞭打ち、あらん限りの竜脈を注ぎ――ついにアイリスの全身から、泉のようにマナが溢れ出した。

「やっ、た……!」

 惜しみなく竜脈を捧げていたドラセナも、思わず声を上げる。マナが溢れ出すということは、流行り病がマナを食らえなくなったということ。つまり、竜脈によって駆逐されたことを意味する。

 それでもアイリスが消耗し切っていることに変わりはない。そこでレオノティスはマナの共有化のみ維持し、アイリスの身へ分け与えていく。

 アイビーを救ったわけではない。それでもレオノティスは、目頭が熱くなるのを抑えられなかった。

 だが感傷に浸る暇すら与えられず、レヴィンの《竜脈術》が一際強く炸裂した。

「くっ……!」

 レヴィンとて人間族。持てる竜脈はそう多くないはずなのに――

「なぜ純粋な人間族の私が、これほどの竜脈を保持しているのか? そう思っていますね」

 疑問をピタリと当てられたレオノティスは、思わず息をつまらせる。

「なに。先ほどから君がやっていることを、私も実践しているというだけのことですよ」

「……? どういう、意味だ?」

 相手の理解が追い付かない様に、レヴィンは嬉々として語り出す。

「先に話した通り、私の研究の核は《竜師》・クロエと、リルムフェーテ家の血を色濃く継ぐイルミナ殿下です。そう……私はクロエに他者と竜脈を共有する力を与え、その力でもって彼女とリンク! 《竜師》の竜脈を提供していただいているのですよ!!」

 カルト教団の教祖よろしく、レヴィンは広げた両腕を天に向かって伸ばす。

「欠点といえば、クロエが近くにいないと竜脈を補給できないことですが……今回のように敵の襲撃タイミングを予想できるなら、直前にありったけの竜脈を奪っておくことで十分対処できます」

「冗談にしたって笑えないねえ。あんた如きが、《竜師》であるクロエ様の竜脈と同調できるはずがないだろ!」

「ええ、その通りです」

 ヴィステマールの怒声に、レヴィンはこともなげに返す。

「ですから、彼女にはマナを用いた私オリジナルの催眠術を施してあります。常人では精神崩壊してしまうほど強力な術ですが、《竜師》相手だとちょうど良い塩梅でしてねぇ。今や彼女の望みは私の望みそのもの。言うなれば、我々は常時同調状態なのですよ。ちなみに同じ術をイルミナ殿下にもかけたところ、危うく発狂させてしまいそうになりましたよ。くくっ」

「……っ!!」

 思わず身体へ力を込めるアイリスを、レオノティスが無言で制する。

「さらに絶望的な情報を与えますと、君がドラセナの竜脈を半分ほどしか共有できていないのに対して、私はクロエの持つ全ての竜脈を引き出してきました。……さぞ悔しいでしょうなぁ。誇りに思ってきたリルムフェーテ家の血こそが、怨敵の力となっているのは」

「ぐ、ううぅ……!」

 せせら笑うレヴィンの前で、アイリスは薄ピンクの唇を色が変わるほど強く噛む。

 直後。度重なる猛攻に耐え切れなくなった光の衣が黒槍に穿たれ、消滅してしまった。

「竜脈を使い過ぎましたか。いやはや、それにしたって実に見事な粘りでしたよ。どうでしょう、レオノティス君。私に忠誠を誓うなら特赦を与えてあげる選択もありますが?」

「冗談にもならねえな。パスだ」

 レヴィンのぎらつく双眸に、レオノティスは半眼でもって応じる。

「アイビーに見ててくれなんて言っちまった手前、情けねえ真似はできねえんだ」

 それとな、と半眼から一転。

 アイビーと出会う前のような、黒く冷たい眼光を向ける。

「俺もアイリスたちと変わらねえ。てめえの大切なもんを傷付けられたり侮辱されたりして黙ってられるほど、我慢強くできてねえんだよ」

 アイビーの身体に残っていたいくつもの傷痕が、目の前で狂気じみた笑みを浮かべる男の仕業だった。

 ただ事実を再度確認するだけで、心身がゆだりそうになる。

 それでも挑発に応じなかったのは、ひとえにアイリスを守るため。アイビーが願ったであろうことを、代わりに叶えるため。

「……っ」

 敵意を向けられていないアイリスさえ、レオノティスの発する重圧と怒気に身を竦ませる。

「よし、ここまでくれば安全圏だ。よく頑張ったな」

 応急処置を終えたレオノティスは、アイビーにするような調子でアイリスの頭へぽんと手を置く。もう、表情は普段のそれに戻っていた。

「本当は一気に治してやりたいんだけど……その前に、あいつに借りを返さねえとな」

 そのためにも、ここで力を使い切るわけにはいかない。

「レオノティス……っ」

 レヴィンと相対するレオノティス。彼の袖を、アイリスが懸命に掴む。

「今更何をと言われても仕方がない。恥であることは百も承知だ。その上で、どうか頼む……」

 未だ手足の顫動は止まず、立ち上がることもできないまま。

「レヴィンを倒して……! この国を……みなを、守ってくれ……っ!」

 壊れた水道のように止め処なく涙を流しながら、ただ切願する。

 決して恐怖に涙しているわけではない。

 妹を嬲り誹られ、忠臣を痛め付けられ、誇りにしてきたリルムフェーテの力をいいように利用されているというのに。あまつさえ、その力で祖国が蹂躙されようとしているのに。

 姉として、王として何もできずにいるのが、悔しくて我慢ならないのだ。

 守って――面輪も、声までもがアイビーと重なって。レオノティスは再度アイリスの頭へ手を置き、目を合わせた。

 目の前の少女は、女王である以前にアイビーの姉だ。

「――任せろ」

 不敵に笑ってアイリスの髪をくしゃりと撫ぜ、反対の手で創造した《フレシェ・ウィル》を一薙ぎする。

 光子の残滓に包まれたアイリスの眼前で。

 主の竜脈に共鳴した神剣は、これまでにないほど強い気炎を放つ。

 竜脈の放つ紅に顔を照らされたアイリスが、はっと息を呑んだ。

「竜神の祝福がかけられた、緋の神剣……。まさか、そなた……?」

 熱っぽい瞳を向けられ、レオノティスは気恥ずかしさから明後日の方を向く。

「あー。まあ、そういうことらしい」

「そ、そういうことでは分からん! ちゃんと説明してくれ……!」

 適当にお茶を濁そうとするが、またも思い切り袖を引っ張られてしまう。

「レオ、いじわるしないで。アイリスにも教えてあげて?」

「そういうつもりじゃねえんだけど……ああもう、分かったよ」

 アイビーそっくりの顔で瞳をうるませられ、ドラセナに困り顔をされてはたまらない。

「俺の先祖は、大昔に竜神を助けた人間族らしい。アイリスやアイビーの先祖と一緒にな」

「……そう、だったのか……」

 なんという巡り合わせか――そう呟いたアイリスの瞳から、また涙が溢れる。

 そこへレヴィンが一歩前へ出た。

「素晴らしい。まさかとは思っていましたが、やはりその剣が……」

 せり出した眼球はレオノティスの手元を捉え、それから舐め回すようにアイリスとドラセナを凝視する。

「そして二人目のリルムフェーテの娘に、最も幼いながら最も才能ある《竜師》……私の興味をそそるものが三つも同時に手に入るとは、今日はなんと善き日でしょうか」

「ワリィけど、どれも渡せねえぞ」

 レオノティスは纏わり付く不快な竜脈を剣で打ち払い、アイリスを巻き込むまいと前へ出る。

「おやおや。ただの人間族が、旧き血の繋がりで随分と気を大きくしているようだ」

「大昔のことなんか関係ねえ。約束したから。俺が守りたいから守る。それだけだ」

「フッ……それがのぼせ上っているというのです!!」

 レヴィンはその手に黒色の刺突剣エストックを作り出すと、切っ先を向け突進してきた。竜脈による身体強化を施した肉体を駆り、刺突のラッシュを見舞う。

「どうです! 私が強化実験を施した《竜師》・クロエの竜脈の前に、最も幼い《竜師》の竜脈など雀の涙に等しい! しかもそれを使うものが、わずか半分しか引き出せない出来損ないとあらば――」

「分かんねえ野郎だな」

 風が起こった。

 レヴィンの声が途切れ、肉を断つ嫌な音が重く響く。電光石火で背面をとったレオノティスが、レヴィンの片翼を一刀で切り落としたのだ。

「ぐお……っ!」

「俺のことはこの際いいや。けどな……」

 目にも留まらぬ身のこなしで正面へ回り込み、光子の切っ先をレヴィンの喉元へ突き付ける。

「大切なもんを侮辱されて黙ってられるほど、我慢強くできてねえって言ったろ」

「っ!」

 静かな――それでいて空気すら震わせる瞋恚を孕んだ声に、レヴィンは反射的に飛び退き距離を取った。

「馬鹿な……ドラセナと共有化していた竜脈も、既にほとんど使い切ったはず!」

「今まではアイビーからしか力をもらってなかったからな。だけどアイリスのお陰で、やっと残りの分も共有化できるようになった」

「陛下の……? 残りの分も……⁉ ど、どういうことです!」

「まだ分からねえのか?」

 レオノティスは狼狽えるレヴィンへ気怠げに返し、同じ答えに辿り着いているであろうアイリスを一瞥する。

「イルミナの力だけでは半分しか竜脈を共有化できなかったのは、あの子と私が双子だから。母から受け継いだリルムフェーテの力を、二人で等分に分かち合ったから。ならば――」

 ロッドを支えに立ち上がるアイリス。その碧く澄んだ瞳が、まっすぐにレオノティスの背へ向けられる。

「私もレオノティスへ託すことで、分かたれた力は再び一つとなる」

「……ば、馬鹿な! リルムフェーテの力は、心底信ずる相手にのみ与えられるもののはず! それが、いかほども時間を共有していない相手などに……あり得ない! 絶対にっ!」

「確かに私自身は、まだレオノティスと出会って日が浅い。揺るがぬ信頼を抱くには、積み上げたものが足りないのかもしれん。だが彼とイルミナとの絆は、竜脈が教えてくれた」

 アイリスはネックレスのトップを手のひらで包み込む。

「イルミナが――アイビーが、レオノティスを心から信じ、力を託したのだ。私が彼を信ずるのに、それ以上の理由は必要ない」

 それは、信頼を向けられているレオノティスにさえ掴み切れない感覚。恐らくは、互いを心底想い合っていた双子同士のみが共有できるもの。

「黙れ……! 黙れ、黙れえええっ!!」

 半狂乱となったレヴィンが、喉を潰すように叫喚した。するとその身を覆う竜脈が一段と増し、肉体の変容も顕著になる。

「想いの在処だの、力への意志だのと……! そんなもので現実は覆せない! 現実はどんな想いにも応えない! 現実は、ただ力によってのみ屈服させることができる! だからこそ私はこうして、《竜師》の力を我が物にした!!」

「……っ」

 竜脈に込められた激情が、音圧とともにレオノティスの肌をチリチリと焼く。

 無力感。絶望感。そしてそれら他の全てを覆わんばかりの、強い憎悪。

 ――レヴィンも、過去に大切な何かを守れなかった……?

「力を一部しか引き出していなかったのはこちらとて同じこと! 真の絶望というものをその身に刻んであげましょう!!」

 総身から竜脈をたぎらせ、筋肉が異様に盛り上がっていく。足から生えた鉤爪が軍靴を突き破って露出し、その姿はより純粋な竜族へ近付く。断ち切られた片翼も、不気味な粘膜を纏ってトカゲの尾のように再生していき――

「い、ぎ、ぁぁああ……!」

 不意にレヴィンがエストックを落とし、自らの頸部を一心不乱に掻き始めた。それは何か明確な意図をもって行っているというより、ただ痛苦から気を紛らわせるためのようにも見える。

 首筋の鱗が剥がれ落ちたところで、ピタリと動きが止まった。暫時の静寂の後、レヴィンの血走った目がぎょろりとレオノティスを見据える。

「ケヒ……! ケヒヒッ!!」

 目が合うとレヴィンは人外の笑い声をあげ、今度は両手の先端をか黒いエストックに変異させた。

「な、なんだってんだ……?」

「竜脈を制御し切れなくなって、竜脈が映し出すクロエの感情や記憶で精神を侵食されてしまったんだと思う」

 ドラセナの合図で、全ての光子がレオノティスの剣へ収斂していく。

「あのまま放っておいたら、竜脈が暴走しかねないわ。……終わらせてあげて」

「…………」

 レオノティスがクリスと視線を合わせると、彼女もまた重苦しく頷いた。

「……分かった」

 レオノティスはそれ以上何も言わず、内に生じかけた憐憫の情を押し殺して地を蹴った。

 光の尾を引いた剣がエストックと交差すると、生身で岩を殴ったかのような痺れに感覚を奪われる。さすがにクロエの竜脈を動員しているだけあって頑丈だ。

「……っ」

 突然立ちくらみのような感覚に襲われ、レオノティスは踏ん張って意識を強く繋ぐ。

 エルギスとの死闘やアイリスの治療。そしてドラセナの全竜脈が解き放たれたことで、皮肉にも人間族であるレオノティスの身は限界へ近付いていた。

 もう猶予はない――そんな思いから竜脈を出し惜しみせず放った一撃が、レヴィンの体表を覆う竜鱗を剥ぎ落した。

「グオオオォッ!」

 この状態でも痛覚はあるのか、はたまた攻撃されたこと自体に反応しているのか。レヴィンは目に憤怒の色を宿し、胸部を風船のように膨らませた。垂れる涎もそのままに肺から口元へ竜脈を集中させ、吐息とともに解放する。

「させるか……!」

 レオノティスは荒く息をついて《天衣無辺》を展開した。回避した方が竜脈を温存できるが、後ろには満身創痍のドラセナとアイリスたちがいるのだ。

 吐き出された獄炎の吐息を、光の衣が阻む。《竜師》同士の竜脈が熾烈にせめぎ合い、暴力的な衝撃を伴い相殺された。

「キヒャアァッ!」

 直後。消えゆく炎の向こうから、レヴィンがレオノティスの心臓目がけ刺突剣を突き出してきた。勝利を確信しているのか、その顔は喜色に満ちている。

 対するレオノティスの目は、酷く冷めていた。

「ドラセナたちを巻き込めるブレスで俺の注意を引いて、その隙に……か?」

 しかしその奥に秘められた激情は、レヴィンが抱くものなどとは比較にならないほど強い。

 針のように伸びてくる剣を愛刀で受け流し、レヴィンの体勢を崩す。目が合った途端、鱗の鎧に包まれた巨体がぶるりと震えた。それは生存本能が鳴らす警鐘に違いなかった。

 レオノティスは竜脈を今一度奮い立たせる。

 指輪の輝きに須臾、瞳を閉じた。

 こうすればいつだってアイビーは瞼の裏へ鮮明に映る。憎らしいくらいに深く、強く焼き付いている。

 ほんの一瞬。それだけで彼女の声も匂いも、太陽のように眩しい笑顔も五感に甦る。

 そして目を見開く。

 もう、この世界のどこにもアイビーはいない。けれど――だからこそ抑えようもなく湧き上がる想いを、竜脈へ灯す。

「言ったろ。てめえの大切なもんを傷付けられて黙ってられるほど、我慢強くできてねえって」

 人であることを棄てながら、竜にもなり切れない存在。

 こんなもののために、アイビーが記憶を失いたいと願うほどの責め苦を受けたというのなら――許すことなど、できるはずがない!!

 溢れる感情に任せ、今度はレオノティスが竜脈を爆発的に解き放った。ともに天を戴くことのできぬ敵を討たんと、全ての竜脈が熱を持ったようにたぎる。

 ドラセナが託し。

 アイビーとアイリスが繋ぎ。

 渾然一体となった竜脈を受け、指輪の碧玉が一際強く煌めく。

 アイビーが、見ているのだ。

 レオノティスは神剣をしかと握り締め、落雷の如き踏み込みから怒涛の反攻に出る。

 がら空きになっているレヴィンの脇腹を切り払い、向き直りながら切り戻し。神速の多段突きから、すり足で地を焦がし横薙ぎから振り下ろし。間髪入れずに切り上げ、再度切り払う。レヴィンが袈裟斬りで反撃すれば、軌道を見切ってバックステップから跳躍。空振りして地面へめり込んだ相手の剣に片足を乗せ、反対の脚で円弧を描くようにサマーソルトを決める。さらに着地と同時に距離を詰め、大きくのけぞった敵の体躯目がけ紫電を無数に奔らせていく。

 わずかな竜脈の揺らぎや剣先の動き。レオノティスが伝えずとも、ドラセナはあらゆる情報から彼の動きを読み、絶妙にサポートする。

 まるで心だけでなく、身体までも共有しているかのような一体感。

 竜脈からも彼女の想いが伝わってくる。

 何の罪もないアイビーに地獄のような責め苦を味わわせたこの男を、許さない。

 アイビーの願いを壊し踏みにじろうとするこの男の無道を、決して看過しない。

 そして――同じ想いを刃に乗せて振るうレオノティスの願いを、叶えたい。

 それこそが、ドラセナの想いの在処。

 繋がる想いを胸に、やがてレオノティスの眼瞼は瞬きすら忘却する。

 視界の端部は極限まで研ぎ澄まされた意識に焦がれ、背景さえ無視してレヴィンのみを一心に捉える。

 鱗が完全に剥がれ、鮮血が激しく舞う中。レオノティスは人の限界など易々と超越した膂力をもって、剣先で流星の如き光芒を無限に描いていく。

 光芒を追って宙へ舞う紅蓮の軌跡は、レヴィンの散らす鮮血よりも紅く。

 四肢を動かすたびに噴射と逆噴射を繰り返す竜脈は、花火よりも儚く美しく。

 人の身に過ぎる速力で筋肉が断裂しようと。竜脈の過負荷に骨が軋もうとも――木漏れ日のような指輪の光が、ボロボロの身体を何よりも強く突き動かす。

「うおぉぁあああああっ!!」

 無意識にあげた咆哮が、迷いも痛みも捻じ伏せる。名すら付けようのない感情が竜脈と溶け合い、肉体を凌駕していく。

 そうして完全に同化した二人の竜脈の閃きが、分厚いクロエの竜脈ごとレヴィンを貫いた。

《竜師》二人分の竜脈が黒白のダイヤモンドダストとなり、枯れゆく竜樹を温かく包み込んでいく。

 レオノティスは剣を支えに踏みとどまろうとするも、叶わず。

(これで、よかったんだよな?)

 ぐるりと歪み、暗転していく世界の隅。アイビーの指輪は、竜脈の残滓を受けて未だに淡く発光していた。

 ――お疲れさま、レオ

 懐かしい声が聞こえたような気がして。

 レオノティスは口元に小さな笑みを浮かべ、重い瞼をそっと閉じた。

 最後に残ったのは、柔らかな感触と甘酸っぱいアプリコットの香りだった。

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