3バカ怪奇譚

スナタナオキ

ソイノメ様編

第1話 菊池智也には霊感がある

 高校一年生の菊池智也きくちともやは、学校へ向かうために通学路を歩いていた。前方に一人の男がこちらに背を向けて歩いている。スーツを着た、いかにもサラリーマンといったで立ちの男だ。


 智也は毎朝、彼を登校時に見かけていた。そして、彼が生きた人間ではなく、幽霊であることに気づいていた。


 智也には生まれつき霊感がある。だから幽霊は日常的に見てきたし、時には妖怪とも言うべき異形の存在も目にしてきた。


 子供の時からそうだったのだが、だからといって慣れることはなく、智也はそのようなを心底恐れていた。それは高校生になった今でも変わらず、智也は自分がかなりの怖がりであることを自覚していた。


 そんな智也にとっては、毎朝見かけるサラリーマン風の幽霊ですら、恐ろしい存在に変わりなかった。なんとなく、彼がどんな幽霊なのかは分かる。おそらく、自分が死んだことに気づかず、健気にも日課だった出勤を死後も続けているのだろう。


 少なくとも悪霊ではないのだろうが、それが分かっていても、幽霊というだけで恐ろしい感じがする。


 だから、智也はサラリーマン幽霊になるべく近づかないように歩いていた。


 いつもであればそれで何事も起こらない。しかし、この日は違った。


 道が曲がり角に差し掛かった時、誰かがこちらの道に出てきて、サラリー霊(長いので省略)とぶつかったのだ。


 智也は嫌な予感がした。通常、幽霊が何かに衝突するということはない。実体を持たないのだからすり抜けるはずなのだ。しかし、ぶつかったということは……。


 智也は恐る恐る、サ霊(略)にぶつかった何者かを見た。予感は的中した。それは血まみれの女で、明らかに生きた人間ではなかった。サ霊と違い、足がぼやけて見えなくなっていることからも、そのことが分かる。


 どうして足がある幽霊と無い幽霊がいるのだろうか。あと、どうして「ある」は漢字表記にすることが少ないのに、「無い」は多いのだろうか。


 いや、今はそんなことはどうでもいい。智也は恐怖に絶叫しそうになったが、その前にサ霊が叫び声を上げた。


「ぎゃあああああ、オバケェエエエエエ」


 あんたもだろ、と智也は内心ツッコミつつ、サ霊の気持ちは痛いほど分かった。サ霊は一目散に逃げ、自分の横を高速で走り抜けた。綺麗なフォームだ。


 自分だって一緒に逃げてしまいたい。だが、そうすればあの見るからにヤバそうな幽霊に、自分に霊感があると気づかれてしまう。そうなれば最悪、取りかれるかもしれない。


 智也はつとめて平静をよそおい、速度を変えずに歩き続けた。


 ヤバそうな幽霊はその場で立ち止まっている。逃げるサ霊を追いかけて、どこかへ行ってくれればいいのに、一向に動こうとしない。


 まさか自分が来るのを待っているのではないだろうか。考えたくはないが、その可能性はある。霊感があろうと無かろうと、幽霊は生きた人間にちょっかいを出すことがある。そうなれば、ひたすら無視を決め込んだ方がいい。そうすれば諦めて去っていく……はずだ。


 ヤ霊(略)との距離がどんどん縮んでいく。あと少しですれ違う。心臓がバクバクと鳴り響くが、平常心、平常心……。


 智也はヤ霊の隣を通り過ぎた。あまり距離を空けるとわざとらしいので、接触しないぎりぎりの距離ですれ違う。その時、ヤ霊がぼそりと言った。


「そんなに私が怖い?」


 それは、どこか悲しみを含んだ声のように聞こえた。


 彼女は悪霊ではないのかもしれない、と智也は考えたが、だからといって同情し、声をかける勇気は無い。彼女の問いかけ通り、怖くて仕方ないのだから。


 角を曲がっても、智也は速度を変えずに歩き続けた。後ろを見ずとも、彼女が自分を追いかけてきていないことは分かった。霊がどこにいるのかは目や耳に頼らずとも、気配でなんとなく分かる。


 前方に校舎が見えた。学校にさえ行ってしまえば、人がたくさんいて安心できる。


 智也はスピードを速めたい気持ちをぐっと抑えながら、学校に向かって歩みを進めた。

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