魔王の遺言(あるいは迷宮街の英雄譚)
芦田直人
第1話 解雇通告
第1話(その1)
迷宮の最深部にて遭遇したその火吹き竜は、彼女らがこれまでにこの地で出会った魔物の中でも間違いなく最強の部類に入るものだったのには違いない――。
女騎士アレクシア・フラムは、それを敢えて言葉にはしなかった。
しなかったが、その場に居合わせた仲間たちとお互いに顔を見合わせれば、一様に同じような思いを抱いたであろう事は疑いようが無かった。
行く手に立ちはだかったのは、まさに劫火と言える灼熱の炎を吐き散らかす呪わしき巨竜。その威風堂々たる山のような巨躯を目の当たりにして、命の危険を感じないものなど常であれば誰一人いなかっただろう。
そう、勇者サイモン・ハルトを除いては。
必ずしも筋骨隆々たる偉丈夫ではない。むしろ彼らの前に立つその黒髪の青年は、ともすれば少年と呼べたかも知れない幼さの残る風貌で、すらりと痩せた体躯を見やればそれは駆け出しの冒険者か、人によっては学徒風情と侮って見たかも知れなかった。
だが、そんな勇者が今この場に居合わせなければ、果たして一同はここから生きて帰れたものだったかどうか。
結論を言えば、その火吹き竜がいかように手ごわい難敵であるのかを、アレクシアら探索者パーティの面々が本当の意味で実感する事は無かったのだった。
彼女らとともにこの場所までたどり着いた、思いがけない同行者であるところの勇者サイモン・ハルト。その彼が手にした聖剣を軽々と一閃しただけで、火吹き竜はあっさりとその身を真っ二つに分断され、地面へと崩れ落ちてしまったのだった。
かつて見事魔王を討ち果たしたという、英傑のその力の片鱗を目の当たりにした一幕であった。
* * *
王国の北に位置する辺境域を越えた向こう側、人と魔物どもの領域とを分断する大いなる〈断崖〉。
その〈断崖〉を踏み越えてきた魔物の軍勢が、人間の版図を脅かしたのは今から十年も前の事であった。
〈断崖〉にほど近いいくつかの辺境領が、押し寄せる魔物の群れに飲み込まれてしまった。これに対抗する王国側の軍勢はあまりにも無力だったが、それでも人間は必死に抵抗した。
それは七年にも及ぶ、長く苛烈ないくさだった。
その間に、女神の加護を受けたというひとりの若者が王国に現れた。勇者として名乗りを上げたその若者は、聖剣を携え信頼のおける仲間達とともに、魔物どもを統べる魔王の元へと赴き、これを見事に討伐したのだった。偉業を成し遂げた若者――勇者サイモン・ハルトは、それによってまさに若くして生ける伝説となったのであった。
そんな偉大な英傑と、このうらぶれた迷宮に隠れ潜んでいた最強の守護獣との激突。終わってみれば決着は一瞬だったが、見事な戦いをこのように間近で見られたことは、アレクシアのような傭兵くずれに過ぎない身であっても、確かに心湧き立つ出来事ではあった。
火吹き竜を退治したそのあとに残されていたのは古びた金色の腕輪であった。竜が守護していた宝物、それこそが勇者が探し求めていた――彼自身が「神器」と呼ぶ聖遺物の一つなのであろう。ただのしがない冒険者風情にはその価値を推し量ることも難しかったが、ハルトはその腕輪を大事そうに拾い上げると、慎重な手つきで自身の背負い袋にしまったのだった。
「……皆さんのおかげで、探していた神器をこのように手に入れる事が出来ました。礼を言わせて欲しい」
「いやいや、あの火吹き竜を一撃で倒したその手腕、見事だった! 俺達ごときが出る幕など、わずかたりとも無かった!」
年若い勇者に向かって、ひときわ大きな声で賞賛の言葉を吐いたのは、彼らパーティのリーダーを自認する剣士クリストフだった。その隣で普段から寡黙な黒魔導士ボーウェンも、満足げな表情で一人何かを納得するように、うん、うんと頷く。そんな仲間二人の様子を脇から静かに見ている白魔導士ケイトリンも、勇者が火吹き竜を一撃で倒したその事実に素直に目を輝かせていた。
そんな仲間たちの思い思いの反応を見やって、女騎士アレクシアも口を開く。
「今日までで二週間ほどになるか。わずかな間ではあったが、勇者殿と一緒に迷宮を探索出来たこと、大変光栄であった。目的の神器を発見して、これが最後になると思うと寂しくもあるが」
アレクシアがふと漏らしたその言葉に――パーティの一同の表情がさっと変わった。
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魔王の遺言(あるいは迷宮街の英雄譚) 芦田直人 @asdn4231
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