第4話 デリック「早く街に帰りたい」

 討伐した『あーるまーしろ』の素材を大きな袋に詰め込み終わったデリックは「ふぅ」と軽く一息つき、身体を伸ばした。ちらりと向こうに目線を向ければ、『ソーイチ』と名乗った男と仲間の二人が楽しそうに会話をしているのが見える。

 デリックは善人ではあるが、無能ではない。男である自分が彼女たちから距離を取ることで、”万が一”が起きる可能性も危惧していたのだが、それが杞憂であったことにデリック自身も安堵していた。何の変哲もない討伐依頼のはずだったのに、こんな大事おおごとに巻き込まれるとは、世の中何が起きるかわからないものであった。


 大事おおごと

 それは人助けの事ではない。善良な性質をもつデリック、ポポコからすれば困ってる人を助けるのは当然のことであり、いたって当たり前のことである。それがなぜ”大事おおごと”なのかと言うと、『ソーイチ』と名乗る男が貴族の可能性があるからであった。


 理由はいくつかある。

 『ソーイチ』を少し観察すればわかるのだが、身に着けているものの質がだいぶ上質であり、それを本人は疑問とも思っていない。そして、平和ボケをしているかのような身のこなしと言うか、全体的な運動能力というか、冒険者であるデリックが見てわかる程度のニブさ。何に対しても危機感を抱いておらず、まるで大事に大事に育てられていたような、贅沢三昧のぼんくら貴族特有の雰囲気をまとっていたのだ。

 そして、会話をすればわかるのだが、なんだか彼の持ち得ている常識がおかしいのである。話が微妙にかみ合わず、奇妙な印象を抱いてしまう。まさか、この岩肌の地からもっとも近い街の事も知らないとは思わなかったし、共通の貨幣や日頃の食事の事情も知らないとは思わなかった。デリックもポポコも『ソーイチ』の事を、贅沢三昧で暮らしていて国民の苦労を何も知らない無能で無策な貴族の家庭に生まれた忌むべきぼんくら三男、くらいの認識でいたのだが、エリンが「それは違うよ!」と声を大にして主張してきたので、とりあえず面倒ごとになりそうな『ソーイチ』を捨て置くこともできず、渋々ながらも街に連れて帰ることに決めたのだった。街に連れて帰り、冒険者ギルドに報告することまでは渋々ながらに決めていたのだった。


「お仕事に困っているのなら、冒険者ギルドで登録をすると良いですよ。街でのお手伝い、魔物の討伐、素材の収集、秘境の探索、いろいろな仕事が選べますし、刺激的な毎日が過ごせますよ」

「へー、面白そうだなぁ」


 楽し気なソーイチを相手に、これまた楽しそうなエリン。

 微妙に冷めているデリックとポポコとは、えらい違いであった。


 そもそも、エリンの主張はこうである。


「『ソーイチ』は貴族。それも、記憶喪失の貴族じゃないわよ。記憶喪失の”フリをした”貴族なの。ねぇ、ポポコ、違いがわかる? え? そんな事をする意味がない? …………アンタ、鳥のささやき亭に行くくせに本棚に並んでる物語を読んでないわけ? まったくもう……。いいわ、説明してあげる。『ソーイチ』は私たちの暮らしに憧れていたのよ。でも、そんな暮らしを両親に許されるわけがない。だから、執事のセバスチャンの協力を得て、なんやかんや、ここに倒れて、記憶喪失のふりをして、身分に関係なく、自分を本当に大切にしてくれる人を探すために、こう……こういうことをしてるのよ! だって物語にそう書いてあったもん! だからそうだもん!!」


 デリックとポポコはエリンを説得しようとした。それは物語だと。

 しかし、それは失敗した。理由はとても些細な事であった。


「わたしの名前はカノウ……あっ、ごめん違う! ソウイチです!」


 『ソーイチ』は自己紹介の時に余計な事をした。普通に「僕はカノウ・ソウイチです。あっ、僕の国では普通に家名とかあるんで、あっ、はい、平民です。あっはっは」で良かったのだ。気を利かせて家名を隠したことで、なんか意味深になってしまったのである。エリンを責めることはできないし、なんならデリックとポポコに「いやでもまさか……」の可能性を生み出してしまったのだ。


「んだら、そろそろ街へ戻りばすんべ」


 話も区切りがつき、デリックの作業もすべて片付いた頃合い。

 ポポコのほどよいタイミングでの発言を、みなが受け入れた。


「そうね、小腹も空いてきたし。ソーイチさん、もう身体は平気かしら?」

「ああ、身体に痛みもないし、みんなの帰りを遅らせるわけにも行かないですもんね。エリンさんも、ポポコさんも、デリックさんも、本当にありがとうございました。街までの帰路、迷惑をかけるかもしれませんけどよろしくお願いします」


 3人に向かってぺこりと頭を下げるソーイチ。

 そんな『ソーイチ』の態度を見て、デリックとポポコは胸にほんのりと浮かんだ「なんか面倒くさいなぁ」という気持ちに蓋をすることに成功したのであった。

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