第3章 弟子入りと暗部組織

第22話 異端の者




「お前が今回入った魔術師か」


 そう言って私を見下ろした男は、顔を奇妙な仮面で覆い隠していた。

 羽織ったローブの頭巾を深く被り、どんな瞳の色なのか、どんな髪色なのかもわからない。おそらく、声も変えている。


 わかるのは、男だということと、見上げるほどありそうな身長ということ。


 異質な空気を放つその人は、その場の全員から「隊長」と呼ばれていた。


「主属性は?」

「……一応、水です」

「戦闘系は扱えるのか」

「すみません、いまのところ透明になるくらいしか」

「…………」


 無反応だったけれど、たぶんため息をつかれているのは察した。

 その隊長は、なんでも特殊属性である闇を操るすごい人だった。


 この人に会うのも初めてだった。

 だけど、ひどく既視感を覚えたのはなぜだろう。



「ではお前は、見張り役でもしていろ」


 まるっきり期待していない言い草だけど、その通りなので仕方がない。


 どうして私がこんなことになっているのかといえば――時は、ほんの数日前に遡る。




 ***




 蔵書室で見つけた懐中時計に触ったら、なぜか光って、その後アレックスに認知されなくなった。


 結論、私は透明人間になったらしい。


 というのは色々と端折りすぎだけど、どうやら蔵本に入っていた懐中時計に触れたことにより、一時的に透明になったのである。


 このままではさすがにまずいと焦りながらもどうすることもできず、蔵書室で待機していたのだけれど。

 しばらくすると体からふっと何かが抜けるような感覚がして、試しに外に出てみたところで、ハイドン卿を連れたアレックスと鉢合わせた。


 小動物のように身を縮ませたアレックスは、「姉さま、どこにいたんです!? 出たんです、蔵書室に!」と大騒ぎだった。


 今度は私のことを認識してくれたようでほっとすると同時に、一体なにが起こったのだろうと頭を悩ませた。




 幽霊だと騒ぐアレックスを落ち着かせ、午後は約束通りお義母様とアレックスの三人でティータイムを過ごした。


 その後、私は部屋に戻り、蔵書室から何冊か借りてきた蔵本の中から、懐中時計が入ったものを開いてじっくりと確かめた。


「やっぱりこれ、古来記号にしか見えないわ」


 最初見たときはただの数字だったのに、あの光を放ったあとから数字ではないべつの記号に変わっていた。

 この丸みを帯びた独特の形。どんな意味なのかはわからないし読めないけれど、これが古来記号だということは理解できた。


(古来記号は、聖遺物に彫られた文字のこと。聖遺物と判断するための唯一の方法が、この古来記号)


 つまり、蔵本に隠れていた懐中時計は、ゼクシウス神の使徒が残した聖遺物ということになる。


「でも、さっきの透明になる現象って、どう考えても魔術……」


 私はそう呟きながら、いくつか借りてきた蔵本の中のとある一冊に目を向けた。


 ――『異端の者・魔術師アウトウィザード

 そう記された題名の本。

 これには、魔術と、魔術師がどんなものかという初歩的な説明から事細かに載っている。


 魔術師とは、人の力を超えて不思議な現象〈魔術〉を生み出す者の総称である。

 記録には、大地を焼く炎、街を飲み込む水、領域を侵す緑、厄災と偽り放たれる稲妻など、数多くの事象を引き起こしていたと書かれていた。


 この世の多くの人々は、史上神ゼクシウスを崇拝している。

 人知を超えたものはゼクシウス神の有するところであり、それを勝手に扱う魔術師は、罪深き異端者とされた。


 神殿は魔術師の存在を断固として許さず、発見され次第、神殿で持って生まれてしまった力をゼクシウス神に返さなければならない。


 返すことは、つまり、処刑されるということを意味していた。



「……馬っっっ鹿みたい」


 もしここが神殿で、私の言葉の意図を読まれていたのなら、懲罰房に入れられても仕方がないことを言っている。

 でも、口が勝手に吐露してしまう。


(ええ、そうよ。知っているからこそ、本当にバカみたいだと思う。そうやって魔術師を処刑し続けた結果が、あの未来に繋がっている)


 思わず、ビシッと異端の者と書かれた表題を指で弾いた。

 私が魔術師について本当の意味で知れたのは、2度目の人生でリャン団長が、当時生き残っていた魔術師と繋がっていたからだ。


 ――干ばつ、飢餓、魔物の凶暴化、生態系の崩壊、病魔。

 2度目の世界は、改めて思い出すと悲しくなるくらいとても荒んでいた。


 その理由の根源には、魔術師の減少が深く関わっている。


 火を生み、水で潤し、緑を根付かせ……世界に干渉して秩序を整えてきた魔術師たちが、ある事件を皮切りに統制を取らなくなったからだ。


 リャン団長は教えてくれた。

 この世界を支えてくれていたのは、神でも神殿でもなく、魔術師だったのだと。


(リャン団長の知り合いの魔術師が、水を操る人だった。その人は、空気中にある水分と同化して姿を消すことができていた)


 私が蔵書室で体験したのは、水の魔術師が見せてくれた魔術とは違ったけれど、根本的部分は同じ気がした。


 あれはきっと、魔術であると。

 そして、


「……できちゃった」


 あのとき、光に包まれた感覚が鮮明に残っている。

 何となく感じられるようになった「魔力」を、もう一度、懐中時計に触れることで移してみたところ――


「しっかり消えているわね……」


 手鏡を握りしめて、そうっと覗き込む。

 そこに私の顔が映ることはなく、反射された背後の景色だけがあった。



 ***



 何となく魔力を感じとれたのには、理由がある。


 それは2度目の人生で水の魔術師と会ったときに「私にも魔術の素質はあるのかな」と聞いたことがあったからだ。


 水の魔術師は、その方法を快く教えてくれた。


『手をこうして、ぎゅっと両手で握り込むような形を作ってみなさい。そのまま胸の中心に当てて――なにか手応えがあったら、素質がありますよ』


『まるでない』


『……残念でした。魔術師の素質がある者ですと、こうして握った手の中に魔力の結晶ができます。僕は水の属性が最も強く影響しているので、ほら、このように』



 彼の手には、水色の魔力の結晶があった。


 そして、いま私の手にも、しっかりそれらしいものがある。



 懐中時計――聖遺物に触れたことで、魔力を感じるようになった。

 魔力は、魔術師の力の源。


 しかし魔術師と聖遺物は対極的な存在で、それが意味する答えを、私はすぐに出せないでいた。

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