第4話 ただ消えるのは、粉雪の愛の囁き。


 「イデデデデッ」


 直後、あいつの悲鳴が響いた。

 わたしが目を開けると、30代後半くらいの男性が、あいつの手首を逆方向に捻り上げていた。


 スーツ姿で、メガネをかけている。身体は華奢そうだが、服の上からでも鍛え上げられているのが分かった。


 わたしは格闘技は分からないが、きっと、何かの技なのだろうと思った。


 格闘家の人なのかな?


 メガネの彼は言った。


 「店員さん嫌がってるでしょ?」


 あいつは、さらに悪態をついた。


 「うるせぇ。お前には関係ねーだろ? 親子の問題なんだよ!」


 メガネの彼はわたしの方を見た。

 わたしが首を横に振ると、掴んでいた手首を軸にして、逆方向に投げ飛ばした。


 あいつは背中を打ちつけ、呻くような声を出すと、足を引きずりながら出て行った。


 「あの。ありがとうございます」


 わたしがお礼を言うと、メガネの彼はわたしの名札を見ながら言った。


 「相川はるか……。いや、大丈夫? あ、遅れたけれど、僕は警察官で。宮本 健人っていいます。無事ならよかったよ」


 「大丈夫です。あの人は、母の交際相手で……」


 彼は親身に聞いてくれた。


 「それじゃあ、また来るかもしれないね。悪いんだけど、仕事の後でいいんで、署で事情を聞かせてくれるかな?」


 言われた通りに警察署にいくと、宮本さんが出迎えてくれた。


 「本当に刑事さんだったんだ……」


 わたしは思わず、本音が出てしまい口を押さえた。すると、宮本さんは、笑った。


 「こんなんが刑事でごめん。それでね、僕は生活安全課の所属で、ストーカーの取り締まりもしてるんだよ。よければ事情を教えてくれないかな」


 わたしは全部を話した。

 中学の頃から暴行を受けていた事、性的虐待も受けていた事。


 彼は机の上で手を組んで、ひとつひとつ噛み締めるように聞いてくれた。


 彼がハンカチを差し出した。

 この件について、わたしの中の涙は、とうに枯れてしまったと思ってたけれど、まだ残っていたらしい。


 堰を切ったように涙が溢れ出てきて、その涙と同じくらいに、口からは、溜め込んだ気持ちが言葉となって溢れ出てきた。


 あいつがわたしに入ってくる度に、死にたい気持ちになったこと。そして、まだ毎日、悪夢にうなされること……。


 なんで初対面の人に、こんなに話してしまったのか分からない。でも、人に対して、こんなに自分の気持ちをぶつけたのは初めてだった。


 彼は、わたしの嗚咽がひと段落すると、続けた。


 「それで、さっきは何で脅されていたの?」


 それは、わたしの秘密は弱みで。

 秘密がある限り、あいつはまたやってくる。


 だったら、今ここで言った方がスッキリするか。彼の成績にもなるかも知れない。


 「えっと。わたし、お金もらって男の人と……」


 すると、彼はニコッとして手を払った。

 わたしの話は遮られてしまった。


 「それは、わたしの管轄外だから。ねっ?」


 きっと、聞いてしまったら無視できないから、話すなということなのだろう。


 わたしは言葉を飲み込んだ。


 粉雪のように生きたいなんて言って、こんな時だけ頼るのは都合の良い話なのだろう。


 


 





 

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