バーベナ
しゃしゃけ
第1話
「いやぁ!!助けて…死にたくない…!!」
若い女の泣き叫び助けを乞う声。無慈悲にも助けようと声を上げる者は居ない。生贄など誰もなりたくない。自分が助かるならそれでいい。人間は実に哀れで滑稽だ。
女に近づく人がいる。大きな傷があるものの優しげな面持ちで声をかける青年。
「助ける?なんで?」
女も周りの人もその言葉に言葉を飲む。女は激しく青年を罵った。それでも青年は顔色一つ変えずに笑顔で続ける。
「早く贄になって邪神を会わせてくれよ。ようやく会えるってのに耳障り」
青年に怒りや恐怖を覚えた周りの人達が声を上げる。
「人の心が無いのか!!」「意味がわからない…」「助けてやれよ!」
自分達は話しかける事すらせず見ているだけだったのにも関わらず表情を歪め人を人とも思わない視線を向け無責任に言葉を放つ。
何か言う暇があるならば助ければ良いものの一歩も動こうとはしない。
女を贄にしようとするローブの男が何かをぶつぶつと唱え始める。女は一層激しく助けを乞う。
「お願い!!何でもするから!!助けて…」
悲痛に歪み涙とよだれでぐちゃぐちゃになったその顔は一種の芸術のようだ。何かを唱え終えた男は笑いながら高々に叫ぶ。
「ショゴス様!今私の所に来て下さい!!」
目の前に漆黒の玉虫色に光る粘液状で形成された不安定で体には無数の触手と目玉が蠢いている巨大な生物が不気味な鳴き声をあげながら現れる。
「テケリ・リ。テケリ・リ」
高い音で鳥の声とも人間の声とも聞き取れる不愉快なその鳴き声が耳の奥まで鳴り響く。その姿を見た人は逃げ出そうと必死に逃げ惑う。
呼出した男は恍惚な表情をしながら怪物に潰される。皆が恐怖で叫び声をあげる中先程の青年がスマホで写真を撮りながら笑う。
「あはは!こんな見た目なんだ!美しい!美しく残酷だ!」
「だけどもういいや」
青年はショゴスと呼ばれたその生物の攻撃をかわしながら懐から何かを取り出す。十字架と何かの液体だ。それを怪物に投げ何かを呟く。
「や な かでぃしゅとぅ にるぐうれ すてるふすな くなぁ にょぐた くやるなく ふれげとる」
その呪文のような何かが唱え終わると同時にショゴスと呼ばれた怪物が「テケリ・リ。テケリ・リ」鳴き声をあげながら消えてゆく。
何人かの人達は青年に感謝を述べる。
「ありがとう!!」「貴方が居てくれたお陰で今があります!!」
と上っ面な言葉を並べる。
青年はぽつりと独り言をこぼす。
「見れたし、ショゴスはもういいや。次の行こ」
まるでこうなるのを知っていたかのような口ぶりだ。その言葉を聞いた人達は青年を殴る勢いで詰め寄る。
「どういう事だ!」「説明しろ!」「こうなると知っていたのか!?」
手のひらをころころを返す。そんな人達に呆れた青年は鍵のかかっていた扉を蹴破って出て行く。
開け放たれた扉から青年を追う形で生き残った人達も出てここから去る。
青年は旅を続ける。何を求めて何処まで行くのわからない。終りのない旅をする。
「あ、なんか回収してくれば良かった。もったいな」
呑気にそんな事を言いながら誰かへメッセージを送る。ピコンッと音と共に返信が返ってくる。その返信内容を見ながら青年は悔しそうに笑う。
「また駄目かぁ…鈴もこの素晴らしさを知ってほしいんだけどなぁ」
「ま、次頑張ろ」
狐面を付け、フードを被りまた歩き出す。次の行き先はイギリス。
「くっ…」
月明かりに照らされた森の中で狐面をした1人の青年が骸骨の妖。餓者髑髏(がしゃどくろ)と戦っている。あまりいい状況では無いのか押されているようだ。札では抑えきれず刀で攻撃をかわす。
餓者髑髏は声にもならない声で叫ぶ。耳がつんざけそうなその叫び声に吹き飛ばされる。受け身を取らなければ死んでいただろう。
「んで…こんな大きいんだ…!」
「どんだけ怨念が集まってんだよ」
餓者髑髏。侍や戦死した哀れなる軍人の怨念の集合体。怨念が強ければ強いほど大きく強い餓者髑髏になる。人を見れば追いかけ回し捕まえ喰らう。危険な妖だ。
狐面の青年は懐から御札を取り出し餓者髑髏に飛ばす。札が餓者髑髏にまとわり付き餓者髑髏の動きが鈍くなる。鞘から刀を取り出し餓者髑髏の頭目掛けて飛ぶ。
餓者髑髏の顔に乗り狐面を外す。
風に髪が遊ばれ前髪に隠れていた瞳が餓者髑髏を見ている。黒い綺麗な瞳には沢山の人が映っている。
何処からか「助けて…」「もう嫌だ…」人の苦しむ声が聞こえる。
その声を聞いていた青年はぶっきらぼうではあるが優しく「囚われる必要はない。もう眠れ」餓者髑髏はその言葉を聞き理解できたかは分からないが動きを止める。刀を振り上げ餓者髑髏の額に突き刺し、飛び降りる。
形を守っていられなくなっていき崩れ落ちる。音はしない。
最後に聞こえたのは
「ありがとう」
の一言。青年は鞘に刀をしまう。餓者髑髏が居た場所には無数の人骨が転がっている。
市に連絡を入れてから一人一人丁寧に埋葬していく。
土で汚れながら全員埋葬した直後にスマホからピコンッと音が鳴る。見てみれば兄からだ。スライム状の不思議な怪物とその怪物からの攻撃を避けながらピースをする兄の写真。
(久しぶり!今アメリカでショゴスと会ったよ!残酷過ぎて美しいだろ!)
いつも通りの口調で話す。まるであんな事が無かったかのよう。画面をタップしメッセージを返す。少し冷たく言い過ぎたか?とも思ったがあの兄なら何とも思わないだろう。
「そんな事してないで早く帰ってきて欲しいんだがな」
少し寂しそうに笑う。鈴はハンカチで狐面の汚れを拭き取り、付ける。昔兄と良く聞いていた曲を聞きながら家まで帰る。
家に帰る前に管理しているボロ家に向かう。玄関まで来れば嫌な感じが立ち込めている。
「兄の召喚した聖母…?を何とかしないと全て喰われる」
一時しのぎの為に札で結界を張り家に帰る。
この家に帰ってくる度に思い出す。兄が家族を贄に何か恐ろしいモノを召喚しようとしたあの瞬間。兄が家族から迫害され日に日に痩せそ細っていくあの瞬間。
思い出すと同時に胃の内容物がこみ上げる。
耐えられずトイレまで走り吐き出す。涙目で吐いたものを見ればそこにあるのは黒く蠢く虫やスライム状の化け物にも見える物から目玉が出てきて此方を見つめる。
「っ…!」
驚いて尻もちをつく。目をこすりまた見れば自分が食べた夕飯が胃液と共にあるだけだった。幻覚を見ていたようだ。
日に日にこの幻覚を見る頻度が増えている。疲れているのだろう。早めに休み明日に備えよう。
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