12-1 浸食

 ――その日、玉座の間を訪れる者など誰一人いなかった。座する者ただ一人がその場に残り、かの者の忠臣は全て既に現場の方に向かっており、現在ダンジョン内に残っているのは留守番を任された者だけとなっている。


「ククククク……ハハハハハハッ!!」


 やはりこの形態と化してしまえば、気が大きくなってしまう。それは「MAZE」内においても、そして現実となった今でも変わる事が無い。


「誰も追いつけない……其の力が今この俺に備わっている……クハハッ! バグ技にも近いから笑えるよなコレ!!」


 その声はエニグマの声だけではない、何かもっとどす黒い力が合わさったような二重の声。

 エニグマであって、エニグマでは無い者。そのレベル、ゲーム内の本来のレベルMAXが100のところを――


「――“150”っていう限界突破の裏ワザ、外界の寄生体育て上げた俺以外誰も知らねぇだろうよ」


 玉座の背後に巨大な肉塊を隠して、孤独の王は額に現れし第三の目でメニューボードを眺める。背後の肉塊の表面には血管が浮き出ており、バクン、バクンと心臓のように血液を送り出し、そしてそれ自体も生きものの呼吸のように膨らんだりしぼんだりを繰り返している。

 額を割って表れた第三の目の方は、エニグマが元々持つ二つの目の視線とは相反する方向をぎょろりぎょろりと見まわしており、まるでそれ自体が別の意思を持っているかのように思われる。

 ――人でありながら人でない、異形の者と化したエニグマの姿がそこにあった。


「……どうやら、配置も終わったようだな」


 余裕の表情で足を組み、配下の者共の配置を終えたのを確認すると、限界を超えた能力を持つダンジョンマスターは、静かに玉座から立ち上がる。


「解放した姿を知っているのはフロアボスのみだからな……他の誰にも見られる訳にはいかない」


 そうしてエニグマはズルズルと背中にへばりつく肉塊を何とか細い体内へと収め、そして第三の目を閉じる。


「げふっ……やっぱりこの姿アバターだと細身だから、体内に収めるのもきっついな……いや、エルドルウが悪いわけじゃないぞ。そんなにしょげるなよ」


 自分の右手をひらいたりとじたりしながら、エニグマは自分に向かって話しかける。その指先も先ほどより多少膨らんでいるようにも見えるが、それもあれだけの体積の肉塊を体内に収めているのだから事実膨らんでいるのだろう。細身の体も筋肉が付いたように程よく膨張しているが、それでも元々外に飛び出していた体積とはほど遠い膨張率である。


「さて、そろそろ出るか……ん?」


 額の第三の目が眠るように閉じるその寸前、玉座の間の両脇に立つ柱の影の気配を察知する。


「……誰だ。正直に出てこい」


 エニグマはそれを見逃すことは無かった。今度は本来の両の目がしっかりと柱を捕らえており、そこから何者かが現れるまで一切目線を外すことは無い。


「出てこないのなら柱ごと消し飛ばして殺す。三秒時間をやるから出てこい」


 そうしてエニグマが最初に三、といった瞬間――柱から小さなエルフ族の少女が一人、姿を現す。


「あぅ……」

「お前は確か……リルだったか?」

「うぅ……」


 幼いリルの目の前に立つ者は、確かに村を救った救世主である。しかしその裏に隠れているのは口にするのも悍ましい程の化物。このアビスホールにて保護下に置かれている筈のリルであったが、この時ばかりは逆に恐ろしい化物の巣穴にいるかのような、そしてその主に会ってしまったかのように怯えて硬直しきっていた。


「……そうか、仕方ない。見てしまったのなら、こうする他ない」


 そうしてエニグマは背中から第三の腕を――巨大な触手を生やし、歪に笑う。触手はまるで蔓のように伸び、そして蛇のようにうねり、リルの背後の柱事ぐるりと一周回って逃げ場をなくしていく。


「逃げられぬよう、苗床にする他あるまい――」



          ◆ ◆ ◆



 王女を失ってから四日。真昼の青空の下、王都には早くも祝祭ムードが漂っていた。皇帝が自ら身を引き、そして新たな王――女王が誕生しようとしていることに、都市全体が活気づいている。

 それが偽りであったとしても。たった一人の男が全て掌握していたとしても。


「遂に……この僕が表舞台に立てるんだ……」


 プルーティア帝国城内、玉座の間。最寄りに洗脳された王女を引き連れ、一人の魔術師が狂喜する。


「やっと、やっとだ……ここまで来るまで、どれほど指折り待っていたか……!」


 皇帝の実の娘であるアルナも、既に洗脳を済ませている。傍目に見れば皇帝が実の娘に王位継承のパレードを行っているという、ごく自然の光景となっている。皇帝が溺愛していたベアトリスが死んだとなれば尚更に、それが当然の流れとなって国民には受け入れられるだろう。


「ありゃりゃ、本当にやっちまうとは」

「フフフフフ……この杖のおかげでもあるんだけどね」


 馬にまたがって凱旋の列に混じりながら、呪術師ルーク=アレクサンダーソンは捩じれた木製の杖を掲げて笑う。禍々しさすら覚えるその杖こそが、ルーク=アレクサンダーソンを稀代の呪術師とまで揶揄させるほどに成長させ、そして長年の宿敵でもあった皇帝を足元に這いつくばらせる力の正体でもあった。

 それを知っているのは並んで馬を歩かせている第一騎士団団長、ローガン=ロドリゲスただ一人。呪術師の力に早くも気づき、そして皇帝の元から最初に裏切るという先見の明があった彼は、今ではその実力もさながらにベアトリスと同様、お膳立てによって第一騎士団団長へとのし上がってきているのである。

 そしてそれすらもこの杖無しには成し得なかったからこそ、ルークにとってどれだけ大事な魔導具か、推し量ることができるだろう。


「これさえあれば、僕は、世界を――」

「ルーク様! ローガン様!」

「ったく、なんだ騒々しい」


 もはや誰も邪魔される筈のない状況で、唐突に玉座の間に続く扉を乱暴に開き、転がり込むようにして走り寄る一人の兵士。その姿を見て今更何か問題でもあったのかと、ローガンはため息交じりに軽い応対をしていた。

 ――しかしその内容は、それまで余裕綽々だった二人を馬に乗せて街中に駆りださせるには十分すぎるものだった。


「――第二騎士団団長、ベアトリス=エーカーが!!」

「何!?」

「おかしいね……彼女はダンジョン攻略の末に死んだはず……」

「エリオも、ベルデールも攻略できなかったんだぞ!? 少しばかり付呪エンチャントができたくらいで――」

「それが、パレードの先頭にて仁王立ちをしています!!」


 いざという時はその場で葬り去ればいいと、ルークはたかをくくっていた。

 実際に先頭でベアトリスの姿を見るまでは――





「――御機嫌よう。師匠」


 ベアトリスは洗脳されていた時と同じ、邪気のない純粋な笑みでもってルークの姿を迎える。


「おお、まさか生きていたとは」

「ええ、生きて帰ってきたわ」


 いつもの時と同じ屈託のない笑顔のベアトリスを見て、ルークは警戒の心を解いていつもの彼女の師匠らしい姿を見せようとした。


「それよりこれはどういう事です? 何やらにぎやかで、しかも普段は城にいる筈の叔父上までもがこうしているなんて」


 ベアトリスの視線の先――そこには玉座に座している時と同様、呆けた皇帝の姿がそこにある。しかしその視線を遮るようにしてルークは馬と共に割って入り、そしてそれまで後ろで大人しくしていた少女の姿を嬉々として見せつける。


「よかったよかった。君が帰って来てくれたおかげで、彼女も大喜びだ! 君も彼女の王位継承を祝福してくれるよね?」

「彼女……? ――ッ!?」


 その時見せた一瞬の表情は、ルークを訝しめるには十分すぎていた。洗脳され、全ての感情を支配した筈のベアトリスが、少女の姿を見るなり戸惑い、忌避したからである。

 第二騎士団団長ベアトリス=エーカーの前に立っているのは、それまで行方不明となっていたはずの彼女の従姉妹。あの時喧嘩別れをして森で離ればなれとなったはずの、皇帝の血を引くたった一人の後継者。

 その姿は洗脳されてからの記憶の残滓に、微かに残るばかりだった。しかし目の前に立っているのは残滓ではなく、本物。正真正銘皇帝の一人娘、アルナ=エーカーそのものであった。

 そしてその戸惑いこそが、ルークにとっての疑いの決定打となってしまう。


「……ベアトリス。君、本当に“僕の知っている”ベアトリスかい?」

「……あーあ、やっぱり無理よね。こんなものを見て眉一つ動かさないなんて無理だもの」


 自分とは違う、完全に洗脳され心すらも失った少女。一つ違えば、自分もああなっていたのかもしれない。その姿に憐れみと恐怖、そして今まで自分を騙し続けた者への憎しみとが混じり合い、ベアトリスの瞳に宿される。


「……本当に、今まで騙していたのね」

「騙していた、というより……君達が今まで騙されていただけでしょ」

「人を洗脳しておいて、よく言ったものね……でも、もう確認できたからいいわ」


 ベアトリスは腰元から剣を抜き、そしてその切っ先を師の元へ――憎き呪術師へとつきつける。


「これで何の後腐れも無く、この国を燃やし尽くせる」


 剣に手を添え、ベアトリスは復讐の炎を燃え上がらせる。周囲の国民はその姿を見て信じられないといった様子で戸惑い、そして王位継承に刃向かうものを卑下する視線を送り続けている。

 ――民も、国も、全てが敵。ならばもはやこの想い、止める必要など無い。


「ふふっ、君一人で何ができる?」


 ルークはそう言って馬から降りてベアトリスと向き合い、杖を構える。そして彼女を逃がすまいと、その周囲を第一騎士団の面々が取り囲む。


「フフ、アハハ、アハハハハッ!」

「おやおや、洗脳しすぎて頭がおかしくなったのかな?」

「違うちがう、これで私を止めるつもりだってことが可笑しくて、ねぇっ!!」


 高笑いもさながらに、ベアトリスは炎を宿した剣を地面に突き刺した。

 次の瞬間、周囲を取り囲んでいた一人の兵士の足元から炎の剣が蛇のように伸び、その肉体を焼切る。更に次の瞬間に剣は生きているかのように蠢き、次の兵士えものへと襲い掛かる。


「グハァッ!」

「ぎゃあっ!!」

「あはっ、あははははっ!!」


 突き刺した剣から手を離しても、燃えさかるつるぎの暴走は止まらない。民草も何もかも焼き払わんとする剣を、ベアトリスは止めようとはしない。ただひたすらに、ルーク=アレクサンダーソンが汚してきた全てを、焼きつくし燃やし尽くそうとしている。


「なんだこの武器は!? まるで生きているようだぞ!?」


 向かってくる剣に対応しようと一人の兵士が剣を振るうが、炎の剣はそれを軽く躱して刃を喉元へとくらいつかせる。


「――蛇腹剣“”。この程度を相手に高レアリティの生物兵器インテリジェンスウェポンを持たせるのは、少々勿体なかったですかねぇ」


 哀れな姫君ベアトリスの加虐な復讐劇を、影ながらに眺める者が一人。遠く離れた城から下の街を見下ろし、聖書を片手に佇む者が一人。


「そうです。貴方は今、復讐の蛇――この十字の王都に絡みつき、住み着く悪鬼を焼き殺す蛇となったのです」


 帝国に伝わる伝説になぞらえて、アビゲイルは彼女をそう評した。新たに主より与えられた剣は、今の彼女の手にはよくなじんでいるようで、ものの数分と経たないうちに第一騎士団団長と、稀代の呪術師を除いてその場にいる全ての兵士を討ち倒してしまった。


「くっ……僕はこの娘を連れてこの場を退く! 後は頼んだよ!!」

「頼んだよって、ふざけんじゃねぇぞ!!」


 無茶な注文を付けてその場を走り去るルークに対し、ローガンは怒りの混じった罵声を飛ばす。しかしルークは一切振り返ることなく、挙句転移魔法を使ってまでその場を去っていく。


「チッ、あの糞野郎はあんたの後で必ず殺す……!」

「……おいおい、第二騎士団団長が吐いていい言葉じゃないだろ」


 ベアトリスが蛇腹剣の柄を手に取れば、それまで暴れまわっていた刃は一瞬にして元の長さへと戻り、そして大人しく鞘へと収まっていく。


「第一騎士団団長、ローガン=ロドリゲス……あんたもまさか、あいつと手を組んでいたとは思わなかったわ」

「へっ、こうなるって知っていたら手を組んでねぇよ……!」


 ――団長同士、一切の割り込みなしの一対一の戦い。ローガンは背中に背負っていた剣に手を伸ばし、ベアトリスは再び腰元に挿げていた蛇腹剣へと手を伸ばす。


「……ッ、うおおおおおっ!!」


 ローガンは手に持つ剣に力を籠め、何かしらの技を繰り出そうと前へと走り出した。しかし――


「――ハッ、下らない」


 ベアトリスが剣を横に薙ぐように振るった瞬間――剣は伸び、そしてローガンの身体は最寄りの民家へと叩きつけられる。

 しかしそれで剣の勢いはとどまることは無い。そのまま民家を一つ、二つ――十を超えたところでようやく剣は勢いを失い、その間にローガンの身体は完全に真っ二つに引き裂かれていた。

 それを見たベアトリスは特に喜ぶ様子もなく、腰元へと剣を納める。周囲の視線に恐怖の色が見え、そして国民はたった一人の反逆者を前に、混乱を極め始める。


「う、うわぁああああああ!! ベアトリス様が、御乱心なされたぞぉおおおおお!!」

「いえいえ、これはまだ序の口ですよ。まだ我等アビスホールの“祝砲”を受け取ってもらっていませんからねぇ」


 はるか遠く城の屋根からベアトリスの戦闘を満足げに見ていたアビゲイルは、指をパチンと鳴らして合図を送る。そして次の瞬間――


「――うわぁあああああああああ!?」

「城が、城がぁあああああああああ!?」


 ――隕石、とでも形容すべきであろうか。巨大な一つの暗黒球がはるか遠くから飛来し、そして城に着弾と同時に、一瞬にして晴れ渡った空を夜になったのかと誤認するほどの黒で染め上げ、炸裂する。

 それとほぼ同時に国を囲んでいた魔法陣が光を放ち、十字に広がるプルーティア帝国を魔法の膜で包み込んでしまう。


「――これでよろしかったでしょうか、主よ」

「ああ、十分だ。それに俺も、久しぶりに暗黒砲を放出したからな……エルドルウ共々、“腹が減っている”」


 帝国郊外にて、空き腹をさすりながらエニグマはフードの奥でいつもとは違う、獲物を前にする肉食獣のような攻撃的な笑みを浮かべる。

 額に浮かんだ第三の瞳の血走った視線はまるで食い物はないかとぎょろりぎょろりと激しく蠢いている。背中から飛び出している肉塊は形状が変わっており、表面がまるで鎧のように黒くつややかな色を帯びておりながら、鳥類のような翼へと変貌しきっている。そして両腕も人間のそれからまるで猛禽類のような、爪が発達し肥大化した手のように変貌している。

 まさに現在の姿を形容するとするならば、化け物と言う他にない。

 その姿にいつものごとくうやうやしく頭を垂れて膝を突き、アビゲイルは現状の報告とある提案を行う。


「ならば全て平らげてしまってはどうでしょう。既に彼女は、復讐のために動き出し始めていますから」

「無論、その通りだ」


 化物は腹をすかしている。ならばどうするか。


「国を乗っ取る。乗っ取るが――」


 ――跡形が残っているかは、甚だ疑問だがな。

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