4-3 底知れず

「――さて、と。いくか」


 闇夜に浮かぶ月が照らす、森を歩く三つの影。今回エルフ族の村に向かうのはダンジョンの主であるエニグマと自称一番の従者であるアビゲイル、そして二人に比べて体格が一回りも二回りも小さな子供――鳥の嘴のような特徴的な仮面マスクで顔を隠し、清潔感のある真っ白な白衣ではなく返り血の付いた不気味な白衣を身に着けた者が二人の後を追う。


「言っておくが、エルフ族の解体は厳禁だ」

「エルフ族“以外”なら構わんのだろう?」


 その声色からしても十代前半の少年の様な声色であり、下手すれば十代にも満たないのではないかと思われかねない。そんな少年をエニグマは今から連れ出そうとしているのである。

 狂気の沙汰と思われるかもしれない。しかしそれは傍目に見ればの話であり、彼等アビスホールの住人にとってはこの少年ですら立派な戦力の一つとして数えられている。


「さて、行こうか。狂気の手術オペの始まり――」

「今回戦闘オペは一切ありませんよ」

「なっ!?」

「言った筈だエボニー。お前はエルフの村で、あくまで“医者”として駐留するのだと」


 エニグマから呆れた様子でエボニーと呼ばれた少年は、期待外れといわんばかりにがっくしと肩を落としつつも主であるエニグマの後を追う。

 エボニー=ザ=ヘルタースケルター。それが彼を表す名であり、第四フロアにおける中ボスを示す名でもあった。

 そんな彼であるが、先述してある通りリーパーとは名字ファミリーネームが違えど姉弟関係にある。彼を外に連れ出す際にリーパーは多くの荷物を持たせようとしていたが、それは流石に必要ないとエニグマにさえぎられている。


「嘘だろ……久々に俺の暗殺術サイレントキルの出番が来るのかと思ったのに……」

「安心なさいエボニー。貴方の力を振るう時は必ず来るはずです。その時には必ず勝利をしゅに捧げることを期待していますよ」


 アビゲイルは子供エボニーの扱いになれているようで、若干中二病気味な発言をする少年に対して宥めるかのごとくそう言った。

 エボニーの育成にあたってのエニグマの当初のテーマは、“殺せる回復役”である。

 殺せるというのは回復役であるエボニーだが、同時に攻撃もこなせるという二極型を目指して育成されている為。そのためか回復はもちろんのこと、医者というイメージから武器として短剣ダガー代わりにメスを使っての出血込みの斬撃を繰り出し、そして自らはその場で薬を調合して常に回復したりバフを掛けたり、逆に相手には薬品を投げつけてデバフを擦り付けると嫌がらせの限りを尽くすというキャラクターとなっている。

 この戦法をとるように育成されたエボニーはまさに第四フロア全体のテーマであるデバフ地獄にはぴったりであり、地下水路の中ボスにはふさわしいキャラである。そして第三フロアで大抵のアイテムを抜き取られた後であれば更にデバフ地獄は本領を発揮し、一切の解除も出来ないままなす術もなく倒れていく冒険者が後を絶たなかった。


「仕方ねぇな。旦那がそういうつもりならそうするよ」


 エボニーは手持無沙汰にメスを使った手遊びを始めるが、闇夜においてそのようなキラキラと無作為に月光を反射させるような行為など自分の場所を知らせるに過ぎない。

 だがそれこそがエボニーの狙いであり、密かに主には内緒で敵がいないか、敵がいたとして襲ってきてはくれないかという期待を持っての行動であった。


「……エボニー」

「ん? どうかしたんですか神父様」

「貴方、それをやめてはどうでしょう」

「何故です? 神父様」


 エボニーは不気味な仮面の奥でへらへらと笑ってごまかしているが、アビゲイルにはそれが通用せず、分厚い聖書の背で頭を叩かれる結末を迎えることに。


「痛ってぇ!?」

「おふざけはお止めなさいと言っているのです、エボニー」

「どうやらアビゲイルの言う通りのようだ。来るぞ、二人とも」


 エニグマは静かにアビゲイルの後ろへと下がり、反対にアビゲイルとエボニーは主を守るべく前へと出る。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

「エボニー、まさか貴方これを狙ったわけでは無いでしょうね?」

「ま、まっさか神父様! そんなはずないじゃないですか!」


 ものの見事に意図のど真ん中を見抜かれたエボニーは動揺を隠せずにいることにアビゲイルは呆れていたが、説教の前に片づけなければならない案件を優先するべく聖書を開き始める。


「あ、神父様は手を下さなくても、俺がちゃんと責任を持って片づけますよ」

「何を言っているのですかエボニー。貴方で片づけられるものとは限りませんよ」


 アビゲイルは至極当然のことを言ったつもりであるが、エボニーは仮面の奥で笑みを浮かべるだけでその場を退きさがろうとはしない。

 茂みをかき分ける音が徐々に近づくと共に、エボニー達の前に一つの大きな影が姿を現す。


「……なんだ、ただの大蛇か」


 エニグマこと加賀が元いた世界でもこの大きさの蛇はそうそう存在しない。だがこの世界では、元のゲームである「MAZE」では普通に存在している。

 あくまで下級のモンスターとしてであるが。


「旦那、そこで見ていてくださいよ」

「エボニー!」

「放っておいていいぞ。エボニーはあんな感じで俺から言われた仕事はきちんとこなすからな」


 エニグマの言う通りエボニーは自分の好奇心を満たすための行動を優先するが、それよりもさらに優先されるのが自らを作りだし、そして姉であるリーパーと共にダンジョンにおいてくれるエニグマの命。それがたとえ愚痴を伴ったとしても。


「さて、どう料理してやろうか……」


 外での戦闘ということもあり、エボニーは少々気分が高まっている様子。白衣の裏には隠してあった薬品入りの注射器にメスがずらりと並ぶ。


「グオオアアアアァッ!」


 大蛇が首を持ち上げて戦闘態勢を取れば、その体格差は歴然として表れる。

 普通であるならば一撃で子供の方が葬り去られるのが世の常のはずであるが、この世界が普通の世界ではなく、そして大蛇と相対しているのがエボニーである限り、その常識は覆されることになる。


「術式開始――」


 エボニーが取った最初の行動はメスを取り出して相手に投げつける通常攻撃。冒険者はともかくエボニーにとって図体の大きな蛇など単なる的でしかなく、次々と刺突性能の高いメスが突き刺さっていく。


「オペレーション・デルタ――ってもう終わりかよ」


 あまりにもレベルの差があったのだろうか、エボニーとしてはまだ始動技でしかなかった高速移動による急接近を仕掛けた時には既に、蛇は絶命していた。


「なんだ、骨の無いやつだ」

「ここいらにはお前の期待しているような“被験体”は存在しないぞ、エボニー。大人しく着いてくるんだな」

「ちぇっ」

「早く来なさい」


 アビゲイルから急かされたエボニーは大蛇の死体からメスを回収すると、そのまま惨殺死体をその場に放置して、後を追うように走り去っていった。



           ◆ ◆ ◆



「――というワケで、これからはこのエボニーがこの村を守る役割を果たしてくれる」

「この子が、ですか……?」

「おい、誰だ今子ども扱いしたのは? 解体バラすぞ」


 エボニーの見た目とエルフの年齢観を考えれば、エボニーなどととても大人とはいえたものではないことは明らかである。しかしある意味中二病的な性格を形成されたエボニーにとって、自身を子ども扱いされることは何よりもプライドに響いた。


「何で俺がこんな子ども扱いされなくちゃならないんだ。ねぇ旦那、旦那もそう思うでしょ?」

「あ、ああ……そうだな」


 エニグマとしては至極まっとうな意見を通されたような気がしていたのであるが、エボニーは初対面のエルフ族を前にしてへそを曲げ始める。


「フン、お前達が村のオークを殺し、そして我が同胞を殺した張本人か」

「ん? 誰だお前は?」


 千載一遇。ゼルーダにとってはまさにそう言わざるを得なかった。自分の留守中に好き勝手言いたい放題言ってはその場を立ち去って行った輩が、目の前に再び立っている。そうなったらエルフの中でも戦士であるゼルーダが取る行動はたった一つ。


「この卑劣な振る舞い、貴様の命でもって雪がせてもらおう!」

「はぁ、面倒なイベントだな。エボニー」

「ん?」

「適当にあしらえ。ただし殺すなよ? 毒を盛るのも禁止だ」

「ちぇー」


 敵を前にして随分と舐められたものだとゼルーダは憤った。しかし同時に自分を前にしてそんな口を叩けるほどの実力を持ち得ている可能性を考えたゼルーダは、突進を仕掛けて一気に終わらせようという自分の考えをなんとか制した。

 そうとも知らないエボニーが無造作にも前に出るのに対して、ゼルーダは背中の剣を取ってジリジリと慎重に間合いを詰める。


「……何秒で終わると思う?」

「はっ……恐らく――」


 エニグマの問いかけにアビゲイルが答える前にゼルーダはほぼ瞬間に近い時間でもってエボニーの前に詰め寄り、剣を横に一閃に薙いだ。


「ッ、獲った!」


 それまで無防備に構えも取っていなかったエボニーは、ゼルーダの剣が身体を通り抜けていくのを黙って見過ごすしかなかった。当然のことながらエボニーは下半身の感覚を無くし、このままだと上半身と下半身がずれてその場に落ちるであろう。


「あーあ、出血はまずいだろ」


 しかし同胞であるエボニーが真っ二つに斬られたのにも関わらず、エニグマは特に眉一つ動かすこともないどころか、逆にエボニーを斬ってしまったゼルーダの方を心配している様子である。


「血液による飛沫感染だとどうなるんだっけ?」

「確か高熱による移動制限及び筋力低下、体力最大値低下、その他ほとんどの耐性がマイナスになるかと」


 エボニーとの戦闘において最も重要視されることは、エボニーの血液に触れないことである。エニグマに対してアビゲイルが述べた通り、エボニーの血液に触れた途端に千を超えるウイルスが接触者に感染し、あらゆる症状を引き起こすと共にデバフがかかり、更には以降のデバフ耐性もガタ落ちするという恐ろしい特性がある。

 つまり自然と接近戦は回避すべきなのであるが、冒険者の中でも近接職の割合は多く、その多くがこの接近戦が制限された中で朽ち果てていくのである。


「っ!? がはぁっ!?」


 エニグマの心配した通り、ゼルーダを最初に襲ったのは発熱と吐血であった。


「ぐ、あ……」

「あーりゃりゃ、またこれはこれは派手に臓物をぶちまけてしまった……」

「仕方ありませんね……【神の施しチャーム】」


 瀕死の手傷を負わせた側が瀕死となり、瀕死の手傷を負った側がスゥッと立ち上がる。それもアビゲイルによる回復魔法によって、完全に傷口とダメージが回復された状態で。


「馬鹿なエルフ族の戦士だ。たかだか30レベルそこらで勝てるとでも思っていたのが間違いなんだよ」


 防衛をするのではなく、一方的な蹂躙を行う。それがエニグマの掲げる絶対不落のダンジョンを構成する一つであり、コンセプトの一つでもあった。そしてレベルが80と30であれば、それこそ万夫不当の大の大人と赤子以上の実力の差がある。ゼルーダを殺す手段など、エボニーにとっては無限にあるに等しかった。


「さて、ゼルーダよ」

「こ、か、はっ……」


 もはや呼吸すら困難なほどに吐血を繰り返し、その場に倒れ込みもだえ苦しむゼルーダを前に、エニグマはしゃがみ込んでこう言葉を投げかけた。


「選べ。服従か死か。お前の目の前にいる者に忠誠を誓うか、このまま死ぬか」

「待って下さい! ゼルーダはまだ帰って来てからの状況が――」

「状況ならたった今理解しただろう。これから先エルフ族は俺の保護の元で生きるか、それとも今のお前のように野垂れ死ぬか」

「従います! 従いますからゼルーダをお助け下さい!」


 村の長であるカルラはひたすらにエニグマの元に跪くと共に、ゼルーダの命を乞う。


「……いいだろう。さて――」


 ――村の行く末を決める時が来た。



          ◆ ◆ ◆



 一度目は偶然であれど、二度目は必然たるもの。アビスホールの住人は、今度こそエルフ族の村に対して今後の判決を下しに来ていた。


「これを飲ませてやれ」


 そう言ってエニグマが族長であるカルラに投げ渡したのは、小瓶に入った黄色のポーションである。


「全ての状態異常――いや、毒を治す薬とだけ言っておこうか」

「そんなもの、ある筈が――」


 それは確かに存在した。エニグマがダンジョンマスターとして君臨していた「MAZE」には黄色の液体ポーションは“不死の秘薬”という名で存在し、調合など様々な方法で手に入れることが可能である。

 しかし今いるこの世界ではこれらの存在は認知されていないようで、エニグマは内心残りの秘薬の在庫確認を怠っていたことを気にはかけたものの、この場で一個程度は渡しても大丈夫だと判断した。


「信用できないならそのままゼルーダとやらを野垂れ死にさせるといい。そいつの体力からすると後一分で絶命だ」


 交渉で有利に立つ側としては、この結末がどちらに転んでも構わなかった。ここでゼルーダが生き残る事でエニグマ達が持つ物の質の高さや格の違いを見せつけることに加えて貸しを作ることができるか、あるいは村一番の戦士が無残に死にゆくさまを見て服従せざるを得ないことを理解させるのか。エニグマにとってはどちらでも構わなかった。


「飲ませてみるか、飲ませずに見殺すか。どちらか選べ」

「っ、ゼルーダ、これを飲むのよ」


 カルラは一瞬戸惑ったが事態は一刻の猶予も許さぬと理解したのか、エニグマから受け取ったポーションをそのままゼルーダの口にあてがい、半ば重力に任せて喉の奥に流し込むように飲ませた。


「んぐっ、んぐっ……」

「頑張ってゼルーダ、全部飲み干すのよ」


 薬の効力はすぐに出たようで、それまで高熱で褐色の頬を真っ赤に染めていたゼルーダの顔色も良くなってきた。


「はぁ、はぁ……」

「ったく、旦那の貴重な薬使う必要なんてなかったでしょ。いざという時はそのまま“被験体”にすればいいのにさ」

「いいんだ、これで」


 エボニーは主の考えが理解できないのか首を傾げるばかりであるが、アビゲイルの方はというと種の慈悲深さに感銘を受けたといった様子でエニグマの言葉に深く頷いている。


「このアビゲイル、主の慈悲深さに感激を覚えました……!」

「よく分からないけど旦那はとにかく凄いってことだな」


 自分を打ち負かし、そして完全に主の命に従う絶対的な従者を見たゼルーダは、少しの事で仲たがいし瓦解するような自分達との結束の強さの差を感じ取っていた。そしてこの結束の強さを学ぶことこそが、今のエルフ族には必要なのかもしれないと考えた。

 たとえそれが辛酸を舐めることになったとしても、後に強くなればよい。そして目の前にいる輩ですら見返せるほどの、反乱できる力を蓄えればよい。ゼルーダは昔からそうして、あらゆる逆境に耐えてきた。


 ――しかし今回ばかりは乗り越える壁が高すぎることを、ゼルーダは後に知ることになる。絶対的な力の差を、逆立ちしようが百回転生しようがたどり着けない力があることを。


「お前達と対立しても無益だと理解した。ここは大人しく従おう……それとお前達は、一体何者だ」

「俺達か? 俺達は……“底なしの深淵を創りし者”とでもいっておくか」

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