俺が作った最高難易度のダンジョンが、異世界でも難攻不落のダンジョンとして有名になっていくようだ 『アビス・イン・ダンジョンズ』

福留あきら

1-1 転移

「っしゃあ! 最後の一人を追い出してやったぜ!」


 深夜零時を過ぎた時の出来事であった。真っ暗な部屋の中で一人の青年が、キーボードの乗った机を蹴り、タイヤの付いた椅子を滑らせて喜びを表現している。

 ガタン! と音を立てて揺れる机の上には、キーボードの他に画面上に「DEFENSE COMPLETE」という文字がゲーム画面に浮かび上がったディスプレイも置かれている。

 ――「MAZEメイズ」という名のごくシンプルな名前でありながらも、奥の深いMMOダンジョンRPGゲームがある。プレイヤーはそれぞれ自分の陣地――一般的なRPGでいうところのダンジョンというものをそれぞれ持たされ、自分だけのダンジョン経営を行うというゲームである。

 遊び方も個人の嗜好に合わせて多種多様に可能で、自分だけの誰にもクリア不可能な高難易度ダンジョンを作り上げることを志す者もいれば、他人が創り上げた迷宮を徒党パーティを組んでクリアすることを目標としてこのゲームを楽しむ者も存在する。

 そして青年は前者の遊び方でこのゲームを楽しんでいて、他のプレイヤーのように誰かとパーティを組んだりする事無くクリア不可能なダンジョンを目指して一人黙々とダンジョンを育て上げているというところである。

 そしてディスプレイ上に浮かび上がるこの文字の意味するものは、この青年が創り上げたダンジョンが侵入者を見事に追い返した、あるいは侵入者を抹殺することに成功したことを意味していた。


「うはは、これでようやくこのゲームをクリアしてやったぜ……ハァ」


 画面の向こう側の相手との戦いは三日三晩にも続き、その死闘ゆえか風呂に入らないどころか睡眠時間もままならず、そして床には空となったカップラーメンが散らかっている状況に陥ってしまっている。

 しかし青年は清々しい気持ちでもってそのぼさぼさになった髪を掻き、そして眠気覚ましに取っていた最後のエナジードリンクに口をつける。


「……それにしても、最後にしてはあっけなかったな」


 そんな「MAZE」であったが、この青年の様な熱狂的なファンがいたにも関わらず、運営会社の度重なる経営不振からサービス終了が近づいていた。

 そしてサービス終了最終日となった今、中途半端なところでは無く、きちんと決着をつけることが出来た事に少年は胸をなでおろし、そして今までにない達成感を味わっていた。


「あれだけ第四フロアのデバフ地獄を粘ったってのに、まさか第五フロアの子蜘蛛トラップに引っかかってからそのままヤマブキの即死ルートに直行するとは思ってもいなかったわ」


 戦いはいつも意外なところであっけなく決着がつくことが多い。製作者が意図していたルートをたどった結果冒険者を脱落させることもあれば、意外なところで苦戦した挙句ゲームオーバーになる冒険者もいる。

 今回は丁度その相中といった結果に落ち着いたようであるが、加賀としてはいまいち消化不良といった様子でもあった。


「探索する前に俺のダンジョンについての攻略サイトとかいくらでもあった筈だろ? まあ俺のダンジョンについてはほとんど毎日拡張や改修をしていっているから、今となっては古い情報ばっかりで無意味なものばっかだけどさ」


 そんな「MAZE」の熱狂的なファンの一人であるこの青年の名は、加賀引也かがひきや。ゲーム上ではエニグマとして、多くの冒険者プレイヤーをクリア不可能のダンジョンの贄に捧げてきた有名なゲーマーだった。

 だったということは、この「MAZE」にサービス終了の足音が近づくと共に、その名声も廃れていったということを意味している。


「……さて、最後に今まで育成したキャラの記念スクショでもするか」


 ゲームオーバー。加賀にとってその言葉は、クリアすることでもなければ敗北を意味することではない。


「まずはお気に入りのアリアスは外せないよな。なんてったって俺がダンジョンで生成トラップした最初のユニークモンスターだし」


 一口にダンジョンといっても、「MAZE」では単なる洞窟の中を突き進むものがダンジョンではない。深淵の森がダンジョンの入口となり、森を抜ければ廃城へと続く崖道を途中の巣を通り抜けて突き進み、そして最後には廃墟と化した城に住まう巨大な骸の王を倒す――なんといったとんでもないスケールのものを作り上げることも可能となる。

 無論加賀もその高い自由度の中で想像力を膨らませ、高難易度なダンジョンを作り上げてきた。一例としてあげるとするならば、中世西洋風の装飾で飾られた薄暗い大広間において、深紅のゴシック服に身を包んで一人たたずむ黒髪の少女フロアボスが挙げられる。その手には身の丈に余るほどの巨大な日本刀『残刻ザンコク』が握られており、まさに西洋と東洋のハイブリットといった風帽をしている。

 ――真祖の吸血鬼一族の末裔として生まれた彼女の名は、アリアス=ヴァイオレット。実は冒険者に混じってダンジョンに入りこみ、ダンジョンを攻略してはその地を吸血鬼の根城に塗り替えていくという、それまでプレイヤーが心血を注いで創り上げたダンジョンを乗っ取るという新しいタイプの冒険者ではない敵モンスターが存在していた。

 当時はそんな事など告知されず、バグか何かのレベルで強いモンスターが次々とプレイヤーのダンジョンを乗っ取っていくという、登場初期は仕様も知らないプレイヤーを次々と引退へと追い込んだという恐ろしい伝説を残している。

 当然運営は後に仕様を告知したのであるが、その時には既に加賀のダンジョンにアリアスが侵入しており、苦肉の策で設置した服従の儀式トラップに引っ掛けることで何とか加賀の支配下におさまり、そこからは自分の暴走を止めたプレイヤーのことを認めるという形で今では加賀マスターの忠臣の一人となっている。


「――っていう感じで、なんか強い武器持っていたNPC冒険者をなんとか即席で設置した儀式トラップに引っ掻けたら、そういう設定だった設定のモンスターがダンジョン内に再生成されたという奇跡の発見だったんだよな。後で気づいたんだがゲーム内に一体しかいないネタバレ厳禁の隠し要素モンスターだったらしいが」


 固有名詞ネームドのNPCをたまたま特定条件で引っ掛けて倒した結果得られたモンスターに、当時は心躍ると共に一晩中歓喜の舞を舞っていたのは今でも加賀の記憶に色鮮やかに残っている。


「次にアビゲイル神父だな。こいつの全体蘇生リザレクションで何度プレイヤーを絶望の淵に追いやったか数えきれないし」


 同じく人型のモンスター、アビゲイル=ブラウ。真っ黒な神父服に身を包み、分厚い聖書をその手に持つ男は、加賀が課金アイテムによるランダム生成で引き当てた人間に神父職を割り当て、限界まで育成して創り上げたダンジョン内最強のボスキャラである。

 独立した思考AIによりダンジョン内をマスターの簡素な命令に従って徘徊し、冒険者を見つけ次第執拗に追いかけ回し、トラップのある通路に追い込んでいくのが彼の仕事。時にはボス部屋に入った冒険者の後を追ってボス部屋へと侵入、元来いたボスに強力なバフを何重にも掛けたり、ボスとタッグを組んで一対二あるいは複数対複数で冒険者たちの前に立ちはばかるなど、アビゲイルという存在はダンジョンの攻略難易度を跳ね上げる要因としてしっかりと働いていた。

 ちなみに先ほど述べたアリアスとアビゲイルとでは相性が悪いのか、ボス部屋に入った所で冒険者への攻撃がフレンドリーファイアとなり、互いにダメージが加わると言った出来事が起こったりもしている。

 その出来事を見てから、加賀もダンジョン内でのモンスター同士の相性や配置を考える様になった。


「ダンジョン内に想像主教とかいう訳の分からない宗教を広める扱いづらい時期もあったが、その布教も仕組みが分かればどれだけマスターにとって有利に働いたことか」


 様々なアビリティやスキル、魔法を駆使する彼であるが、その一番の切り札はダンジョン全体にかかる完全蘇生リザレクションという最上位特殊スキル。リアルタイムで丸一週間というとてつもなく長いクールタイムが必要となるが、その代わりに効果は絶大なもの。度重なる冒険者の侵入で崩壊しかけたダンジョン環境を一瞬にして元に戻すというある意味究極の壊れスキルを持っている。


「そして最初の絶望感を与えるためのボスとして置いておいたアウランティウムに、初見殺しのヤマブキ。それに――」


 自ら作り上げたダンジョンを徘徊するモンスターたちを、加賀はまるで我が子の成長を記念撮影するかのように一体一体丁寧に画像として収める。これでこの「MAZE」というゲームが終了したとしても、彼の心には深く思い出と共に刻まれることであろう。


「……さて、このままサービス終了まで居座りたいところだったが……ふぁぁああ――」


 流石にリアルタイムで三日三晩にもわたる死闘となれば、見守る側にも相当体力を使わせたようで、加賀の眠気はとっくにピークを過ぎている。


「切断される瞬間を拝めないのは残念だが……まっ、俺のダンジョンは最後まで誰一人クリアできなかったということで、このゲームは終了! ……なんつーか、あっけなかったな」


 ゲームはまだしも、現実の生身の人間が睡魔に勝てない。難攻不落のダンジョンを作り上げた最後のダンジョンマスターは、このまま眠りに落ちるだけの寂しいエンディングを迎えることとなる。


 ――はずだった。

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