ANALYSIS 9


「現在、地球上を飛行している航空機は、全体で約一万機、地帯によっての機数は昼間か夜間かによって差が生まれます。この中で墜落プログラムにより墜落の危険があると思われる機体は六機。これを確定する努力がいま行われています」

プロジェクタに映し出される無数の航空機が世界の上空を飛ぶ様子を指して、秀一が照明の暗い中に沈む人々に状況の説明を行っている。

 上着を脱ぎ、ベスト姿で細い指示棒を持ち、幾つかの点を指す。

「これらのどの航空機が感染しているかは不明です。ですが、相当数の航空機が既に感染していると思われます。尤も、先に申し上げました数字は旅客機以外の航空機を含んでいますから、実際には、五千から一千機が対象となる航空機であると思われます。これは、民間のビジネスジェットを除いた数で、自動操縦装置を持つ機体のみを対象とした数となります」

秀一がしばし間を置き、説明が行き渡ったかどうかをみる。

「そして、問題は、つまり先に申し上げた通り、自動操縦装置を積んだ旅客機が標的とされているということです。ご存じの通り、現在、上空を飛ぶ旅客機の殆どが自動操縦装置を備えています。これは、パイロットが操縦しなくても上空を飛ぶことが出来て、さらに条件さえ整えば空港への着陸へのルートも殆どこのオートパイロットと呼ばれる装置を利用することにより、安全に行うことが出来るようになっているものです」

映像がコクピットのものに替わり、また一部が航空機を横にして内部構造を模式図で表したものになる。

 秀一がコクピットを指し、さらに航空機の模式図にある幾つもの細い線を指す。

「操縦はコンピュータ化されて、パイロットが操作した指令は、これらの細い導線から、コンピュータの電子化された信号が各部に伝えられることにより、行われます。旧式の一部を除いて、既にこれらは航空機の標準装備となっていて、いわゆる物理的にワイヤーで繋がっていた昔とは違い、機械的に動く訳ではありません。簡単にいえば」

秀一が突然、レーザーポインターでもあった指示棒の先を、プロジェクタに出力している機械に向ける。

 突然、レーザーが当たった途端に映像が落ち、画面が暗くなり、室内もまた唯一の光源を失って暗闇になる。

 暗闇の中に秀一の声が響く。

「このように、遠隔で直接繋がっていなくとも、命令を下し操作することができます」

いいながら、秀一が再度ポインタを装置に当てる。

 赤い光が闇に浮かび、瞬時に照明が戻り、今度は明るい室内照明の中に照らされて秀一が微笑んで立つ。

「いまスイッチを切ったように、操縦を遠隔で操作することが出来る――その仕組みを悪用したのが、墜落プログラムです。このプログラムは、既に申し上げた通り、上空を飛ぶ無数の機体の何れかに既に感染しています。そして、プログラムが命令すれば、何時でも墜落する、―――さらに、そして」

秀一が言葉を切って一同を見渡す。

「先に六機と申し上げたのは最小の数です。もし条件が整えば、百二十八機。もしくはそれ以上の旅客機が同時に墜落するだろうというのが、現在の予測です」

一同が沈黙してその数字を咀嚼しているとき。

 穏やかな声が、その問いを。

「予備的に全ての航空機を着陸させておくことはできないだろうか?解析が終わり対策が取れるまでということだが。」

勿論、これは公表を前提にしないといけないがね、と問う白髪の老紳士に。






「墜落する前に全機を駐機させる、か、…」

ぼーっと半眼になって、宙を見ているのかいないのか、恐らく半眼になって何も見ていないのだろう濱野が呟くのに。

「ゆめみちゃってるーハマノー、で、その方向性はアリ?」

「器用だよな、…どうしてそこまで、日本の風俗っていうか、言語の現代状況について詳しいわけ?暇人だよなー、おまえー」

「えー、でもー、オレ、ホンショクは言語学者だしー、知ってる?ハマノ。この間、一応論文出したんだよ?言語認知に於いて大脳皮質の言語分野に於ける言語形成の過程に於いてみられる発火現象の定着の過程に於ける反応と神経化学物質の増減についてっていうヤツー!ね、読んで」

「…―――その無駄に長い論文タイトルは何なんだ、…。誰が読むかそんなの」

「えー、ひどーいー、…で、可能性あるの、ハマノ」

「ないな、出来たら騒いでない」

「しゅうりょうー!って、シューイチクン、キノドク!」

「ありがとう、同情してくれて、…」

「いや、絶対に出来ないとはいってないけどなー、条件が一ヶ月とかそこらでというなら、無理。永遠に飛ばさないなら出来るかもしれない。…」

ぼーっとしながら、半眼で宙を仰ぎつつ濱野がいう。

「そうですか、ちなみに出来ない理由は?」

「プログラムが姿を現わせばなー、…スクラップにすれば、何とかなるかも」

「でもそれなら、着陸はさせられますか?現実的な損害とかはおいて考えたなら?」

「うーん、それがなあ、…。いかん、詳細は西野くんにきいて。おれ、五分寝るわ」

「先輩?」

秀一が驚いて呼びかけるが、既に濱野は眠りについている。

「ハマノ、無理してたからね。寝かせてあげなよ。かれの作ったプログラムはウゴイテルシ!」

真面目な声でいってから、途中で思い出したようにふざけて濱野が手にしたまま寝ているモニタを指してアレックスがいうのに。

「…いえ、それは僕も監督不足でした。西野さんに連絡を取ってみましょう。ありがとうございます」

「イエイエ、ドーモ!」

アレックスが、何時いかなる時でもふざけた日本語を話すことを忘れずにいることに半ば感心しながら秀一が通話を切って考え込む。

「問い合わせた結果は、どうだったのかね?」

そして、背後から聞こえてきた、先の老紳士とは別の人物からの発言に、振り向いてにっこり笑顔になる。

「いま、別の専門家にも意見を聞いてみます。重大な問題ですから」

ちょっとお待ちを、といいながら秀一が西野に連絡をとる。






「着陸させるのは無理です。感染して条件が揃って発動していない機体なら、現在も無事に着陸しているでしょうが。…それをいうなら、確かに着陸した機体からすべての発着を禁じていけば、…―――膨大な数になりますが、経済的にそれが可能なら、できるはずです。ですが、経済的損失以上に、プログラムの問題が大きい」

西野に断って、解答をそのまま会場にいる人達にきいてもらってもいいですか?と確認した上でスピーカに接続した為、今度は薄暗い室内にはっきりと西野の声が響いている。

「プログラムの問題というのは何です?」

「実際に、この墜落プログラムは発見されるのを見越していたということです。これは推測ですが、…――濱野さんの解析では、先にご説明した通り、運行停止に関する監視プログラムが入っていると思われるんです」

「簡単にいうと?」

「簡単にいうと、通常、メンテナンス以外で航空機が駐機しつづけていることはほぼありません。旅客を運ぶことによって利益を得ている旅客機ならばなおのことです。おそらく、通常のルーチンをそれぞれの航空機から取得して、外れた場合、別のプログラムが動く可能性があります」

「それは、例えばですが、別の飛行ルートを取った場合にも?ダイバード等で、別の空港に着陸しようとした場合にも働きますか?」

「可能性はあります。それを通常から外れるとプログラムが判断すれば、…――そこで別のプログラムが動き出す可能性があるんです。明確でなくて申し訳ありませんが、まだ実際に動かした例を見たことがないので、確定したことは申せません」

「待避させることが出来るとしたら、通常のルーチン通りに着陸をしたまま、そこから動かさないことですか?」

「可能性はあります。唯、駐機させておいて異常が起きないかどうか」

「何か起きる可能性がある?」

「あります。おそらく、何かをつけてるはずです。墜落させる為のプログラムですから、――…唯、その場合でも乗員乗客を乗せたまま墜落するよりは」

「公表するとパニックが起きると思うかね?」

老紳士の突然の質問に、空白の気配が。

「起きるでしょうね。はやく着陸させろという、…誰も墜落するかもしれない飛行機に乗っていたくはないですから」

しばしして、西野が答える。

「わかりました。参考になる意見をありがとう。ちなみに、着陸させたまま機体を動かさなかったときに起きるだろうと予測されるようなことは何ですか?」

西野が考える気配がする。

「そうですね、…。あくまで可能性ですから、もっと酷いことも考えられますが、…。考えられるとすれば、まず無人のままで離陸、そして墜落。あるいは、駐機したままの状態で人が待避する前に爆発。通常でないルートをとった場合には、いずれにしろ墜落させる為のプログラムが、それらを条件に動き出すのではないかと考えています。そちらは検証中ですが、いまは条件が揃うまで動きのないプログラムですが、非常事態と判断すれば、条件が揃うのを待たずに一機だけでも、ということはあると思っています」

「通常のルーチンであるなら、異常は起きないと思っていいのかね?」

「保証は出来ません。既に、異常な事態ですから、…―――いずれにしても、後、十数時間以内には、先に申し上げてある通り、墜落プログラムが動き出す条件が整うと思います」

「それは確か何だね?」

「…それだけは。…正直、悪夢であってほしいです、…どうしてこんなことを」

茫然と西野が思わずも本音と共に漏らした溜息が会場に響いた。






「僕には理解できませんが、これをプログラムした人物は、恐らく打ち上げ花火のように、一斉に航空機を墜落させたかったんです。だから、通常一機だけなら簡単に操縦を奪って墜落させられるのにやっていない」

「まーそういうこったろうなー、皆さん、失礼しました。先程は眠かったんでね、…――。呼ばれて来たけど、これ、偉いさんもきいてるの?」

「濱野さん」

「先輩」

会場に声が突然響いて、まだ眠気をうかがわせる濱野の声に、西野と思わず秀一が声を上げる。

「無理しないで休息していてください。あなたに倒れられては」

「うーん、大丈夫、…こっちの解析で解ったことを報告する。タイムリミットは五時だ」

「…いま何かいいましたか?濱野さん?」

慌てて西野がいうのに、濱野が会場からは見えない手を振り回して言い切る。

「十数時間あると思ってたけどな、間違いだった。タイムラインの中のこれをみてくれ」

遠隔で濱野が秀一の使用していたプロジェクタを動かし、数十行のプログラム――英数字からなる文字の羅列――が表示される。

「西野くん、みえる?」

「見てます、…これは、」

茫然と西野が答えながら忙しく確認を始める。

「流石、濱野さん、…けどこれはどこで?」

「何処だと思う?」

濱野の声に会場もまた沈黙しながら、次の言葉を待つ気配がする。

 それに、あきれたようにして濱野が。

「例の国関連の省庁――そのダミーサイトがあったろ?」

「ええ、…まさかそれが?」

「そうそれがだ、…。アクセス数が、タイムリミットの設定を引くトリガーになってた。きちんとレスポンスを返してたのは、単に数えてたからなんだ。…アクセス数をみてて、それが墜落プログラムが動く為のトリガーにしてたんだよ」

「…―――そんなばかな」

あきれながら、西野が口許を手で覆って呟くようにくちにする。

「でも、それなら埋め込みは、――埋め込みはまずいのか。流石に改竄は見つかりますね」

「そう、それに見つかってカウントができないのは困るだろ?」

「でしょうけど、…どうしてそんなわざわざ?」

理解できない、と西野が首を僅かに振って思わずというように疑問をくちにするのに。

「動機なんてわからん。唯、こいつはカウントをこのダミーサイトを利用したアクセス数で決めてたってことだ。だから」

「もしかして」

「はやくなった、――――台風が接近してきてるだろ?それで、通常より、アクセス数が増えた。全体でだ。で、こいつからすると」

濱野が会場に投影させているプログラムの一部をみる。

「五時間ですか、…―――」

「もうどいつでもいいから着陸させて、できるだけ上空にいる数を減らしていくしかない。その後に起きる事態に関しては、その場で対処していくしかないだろう。隠れてる時限プログラムを探す余裕はない。けど、どっちにしても五時間でコンセンサスができるかどーか知らないけどな」

「台風でカウント数が増えてるってことは、もっと早まる可能性もありますよ」

「まーな、という訳で緊急報告だ」

「こちらは、追跡を続けます。いまの条件が追加されれば、多少変わってくるはずです」

濱野が通信を突然切り、西野もまた断らずに切断する音が響く。さらに、薄暗い照明が通信が切れると同時に明るさを回復して。

 その中で。

 秀一が軽く目を閉じて息を吐く。

 そして、会場の人々を振り返る。

「お話の通りです。タイムリミットは引き上げられました。時間は後、五時間程しかありません。どう決断しますか?」

秀一の視線に、会場が僅かにざわつく。


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