ANALYSIS 2


 滝岡総合病院。

外科オフィスは白を基本とした色調で整えられていて明るく開放的な感じがする。穏やかに気持ちが休まる雰囲気があるのは、その主であり院長代理でもある外科医滝岡正義による処が大きいだろう。

セキュリティを通り、秀一が連れて来た先輩を隣に、うんざりする表情で横を向いている前で。

不思議そうに、その主、滝岡正義が、向き合う人物を眺めている。

「…どうしたんですか?その、…」

不思議そうに見つめる先にいるのは、秀一が連れて来た先輩だ。小汚い服装のままここへやってきて、痩せて無精ひげに黒縁眼鏡の向こうで目を丸くして長身の滝岡を見あげている。

 …いえ、だから連れて来たくなかったんですけど、…。

無言のまま動きを止めて滝岡を見たまま、まるでメデューサの前で石像になったかのような先輩に。

 両手をぎゅっと握って、決死の表情で滝岡を凝視して言葉が出せずに動けないでいる前で。

 それに、首を傾げて、解説を聞こうと秀一の方を向く滝岡正義。

 そこへ。

「あ、…あ、あの、あのですね、…―――滝岡先生、ですか?」

震えている上に蚊の鳴くようにか細い声でいう先輩に滝岡が、少し屈み込み顔を寄せる。

「はい、滝岡ですが、…。どうなさいました?具合が?」

手を差し伸べて、先輩の肘を支えようというようにして訊ねる滝岡に、一気に。

「…いや、その、あの、具合、は大丈夫です!はい、…ええと、その、…あのですね?」

「大丈夫ですか?緊張しておられるんですか?」

「だ、大丈夫ですっ、はいっ!」

穏やかに話し掛けて、首を少しかしげて患者の顔をみるように先輩の視線を捉えようと、姿勢を僅かにかえて顔を近づける滝岡に。

 緊張しながら返して、そして。

「あの、…あのですね?つまり、…――」

「はい、どうですか?座られませんか?私に何か御用があるんですか?」

いいながら滝岡が少し右腕を広げて、いつ緊張でこの目の前の相手が倒れてもフォローできるようにとして、近くにあるソファに座るように促すのに。

 先輩が滝岡から視線を外せずに小刻みにうなずいているのに、秀一が、そっと溜息を。

 えーと、にいさん、これ完全に患者さんに対するモードだよね、…。それにしても、先輩、…――。

 どうしようかこれ、と滝岡に対して緊張しまくっている先輩を放置すべきか、一応フォローしないといけないような気はするんだけど、やっぱり放置したい、と葛藤している秀一の前に。

「どうしたんですか?お客様?滝岡先生、――」

「あ、西野くん?」

滝岡に見せる書類を手に入ってきた、滝岡の医療秘書であり、この総合病院を管理するシステムを仕切るエンジニア。かつ、この滝岡総合病院一の権力者であるといわれている西野。長身だが童顔の為、かわいいと院内で性格を抜かせば人気のある西野をみて、先輩が反応すると。

「ご存じなんですか?」

 それに対して滝岡が訊ねる様子をみて西野が首をかしげる。

「滝岡先生の患者さんでしたか?濱野さん」

驚いた顔でいう西野に先輩――濱野が首を振る。

 大きく首を振って、まだ無言で殆どしゃべれない濱野の様子をみて、西野が何事か納得して、一つうなずく。

「ああ、そうでしたね。…滝岡先生、こちらは多分、僕を訪ねて来たんでしょう。具合が悪い訳ではないと思いますよ。単に緊張してるだけです」

「…――そうなのか?西野。…お知り合いですか?緊張されているのは、…この白衣がいけませんか?」

西野に聞いて濱野に向き直り、穏やかな表情で静かに話し掛ける滝岡に。

 びくり、と濱野が反応して、蒼い顔が次に真っ赤になって、両手が小刻みに震え出す。

「…――はまの、さん?大丈夫ですか?そこへ座りましょう、…さ、落ち着いて」

滝岡が震えている濱野の左腕を支えて、誘導して休憩用の白いソファに座らせる。

「えーと、…」

思わずそれをくちを挟めずに見送る秀一と。

「…―――滝岡先生、それは、…」

と、思わずも詰まって、複雑な表情で見送る西野。

 滝岡に支えられて、言葉が胸に詰まってどうしたらいいのかわからないで、息がつまって真っ赤になっている濱野。

 ―――先輩、…――――。

「さ、座ってください。ゆっくり息をして、…失礼します」

「…えーと、その、…」

滝岡が穏やかにいって先輩の手を取り、脈をみる為に手を添えるのに秀一が困って視線を逸らす。

「…え、あ、え、――その、あ、あの、…」

「少し脈が速いですね、…。失礼しますよ、少し貧血気味ですか?」

滝岡が脈を計り、次に首を支えるようにして頤に手を当てて、さらに顎先を左手で押さえて軽くあけさせて顔を寄せる。

「はい、少しくちをあけてください、―――」

いいながら右手でいつのまに取り出したのか小さなライトをのどの奥に当て、次に流れるように聴診器を取り出す。

そのまま心音を聞こうという滝岡に。

「あ、あのっ、…にーさん!この人は患者じゃないからっ!ていうか、別に何処も悪い訳じゃなくて緊張してるだけだから!それ以上はやめてあげて!」

「…―――」

うんうん、と無言でうなずいている濱野。言葉が出せずに動けずに顔が真っ赤なまま幾度もうなずいている濱野をみて。

「そうなのか?…しかし、」

緊張で真っ赤になっている濱野を心配そうに振り向いて滝岡が再度脈をとる。

 左手首を握られて、脈をみられて言葉もない濱野。

「やはり脈が速いですね、血圧を測りましょう」

携帯型の血圧計を取り出し、濱野の腕に巻く。流れるような滝岡の動きに、止めることが出来ずに秀一が天を仰ぐ。

「えーと」

「横になりましょうか、濱野さん、――持病はおありですか?最近、徹夜続きだったりは?」

「…て、てつやはしてます、…はい、あ、でも、三日前で、その、続けてませんから、たいしたことは、」

硬直しながら、滝岡に促されるまま休憩用の長いソファに横になって、緊張で目を見開いたまま滝岡を見つめている濱野がいうのに、優しく滝岡がうなずく。

「三日前でも、徹夜はよくないですね。食事はちゃんととっていますか?少し血圧が高くて、脈がはやくなっています。少しやすまれて、―――西野?」

穏やかに落ち着かせるように滝岡が寝かせた濱野の手首を軽く叩き、ソファの脇に片膝をついて、低い位置にきた濱野と視線をあわせるようにしていっている背に現れた西野に滝岡が振り仰ぐ。

「どうした?」

「いえ、緊張の原因に思い当たるので、滝岡先生は離れてもらえますか?」

「…西野?」

「あーもう、…おれ、これから帰る処なんだけど?って、濱野、おまえ何してんだ?」

片膝に穴の開いたジーンズを履いて青から白く色が殆ど抜けたぼろぼろのGジャンを着た集中治療室専門医師永瀬の無精ひげに蒼い顔色の悪い姿が現れたのに滝岡が驚く。

「先輩?西野?」

「あー、滝岡ちゃん、どいて。こいつおれのいとこなんだわ、…。なーにやってんだ、ったく」

「先輩、脈拍80-90の血圧165/90です」

いいながら滝岡が横に下がるのに、かわって永瀬がいとこを見下ろして膝を折る。

「まったくよー、…まーちょっとちゃんと調べた方がいいかもしれないけどな。どうせ不摂生な生活しかしてないんだろー?ったく、ほら、滝岡、おまえは患者の目に入らない処にいろ」

「…はい」

おとなしく不思議そうな顔をしながらも滝岡が濱野に見えない処まで下がる。

そして、そこに居た西野に。

「西野、先輩を連れて来てくれたのは、…?」

「はい、――重度ですからね、彼は」

沈痛な面持ちで濱野をみて腕組みをしたままいう西野に。

「何か持病があるのか?」

先輩はいとこだから知っているんだろうか?と実に真面目にいっている滝岡に西野が幾許か疲れを滲ませた表情で見返す。

「西野?」

「いえ、…ある意味、そうですね、…。彼の持病については、僕も以前から聞いてはいましたから。永瀬先生がいとこであるのも知ってましたので、―――滝岡先生、こちらは永瀬先生に任せて」

促す西野に、滝岡が濱野の方をみる。

「大丈夫なのか?」

心配そうにみる滝岡に、西野が肩に軽く手を置いて。

「滝岡先生、…ちょっと、こちらへ」

「…ああ?」

眉を寄せる滝岡を促して西野が外科オフィスの外へ。






「秀一ちゃんー、滝岡に会わせといて放置はないんじゃない?放置は」

永瀬がいとこの傍に片膝をついて、実にイヤそうに秀一を振り向いていうのに。

「いえ、…だって、もうどうしようもないじゃないですか。僕だって、ここまで酷いとは思ってませんでしたもの」

「いーけどさー、ほら、おい、いとこ。滝岡は出てったぞー。心配掛けるのがイヤなら、いますぐ起きて血圧正常値に戻せ。いや、おまえ普段から血圧こんなもんか?じゃあ、脈を落とせ」

「――無茶苦茶いうなよー…!ああでも、緊張した―――っ!」

ぐん、と急に半身を起こして、濱野が頭を掻き回して眼を瞑り、くちを大きく曲げて叫ぶ。

「うるせーな、…。おまえが、滝岡ちゃんフリークなことばらすぞ」

「そ、それだけは、…いやその、あの…―――」

いとこを前に片手を訴えるようにあげ、そのまま言葉を無くしている濱野をあきれた顔で永瀬が眺める。

「おまえさんなー、一応、西野も秀一くんもおれも、情けがあるから、一応、滝岡の前ではいわないでいってやってるだろ?目の前でばらしてほしいか?」

「…目の前であの態度をされても、相手が緊張しているのが自分が白衣を着ているからだと考える辺り、流石にいさんですよね、…」

しみじみという秀一に、手のひらを上に向けて、無言で上下させて、目を見張って濱野が何か訴えようとする。

 それを綺麗に無視して。

「さてと、秀一くん。滝岡に遭遇したのは不運として、こいつ連れて来たのは西野ちゃんを使う用事があるからだろ?西野ちゃん連れてかれたら、業務に支障を来すんだけど、はやいとこ返してくれない?」

「まだ借りてもいませんよ。一応、にいさんの許可を取る必要がありますしね。時間のロスを防ぐ為にも、話をはやく運ぶ為にイヤだったんですが、――――」

「こいつを此処に連れて来た、と。また、どーいう世界そんぼーの危機なの。面倒事?」

訊ねる永瀬に秀一が肩を落として溜息を吐く。

「非常に面倒です。一応そうですね、世界の存亡レベルでいえば、まだレベル1といった処ですが」

「それってつまりご近所レベル?そういうのが一番面倒だから、被害が及ぶ前に片付けてくれるか?と、ほら、しっかりしろ、ぼーず」

「失礼します」

滝岡を背に戻ってきた西野が半身を起こして座っている濱野の前に立つ。

 滝岡がその後ろにおとなしく控えている。

「濱野さん、お久し振りです。秀一さんの依頼で、あなたを手伝うようにいわれました。ご協力させていただきます」

「あ、うん、…?」

わかっていない濱野を前に西野が背後にいる滝岡を振り向く。

 視界に入った滝岡の姿にまた硬直しかけている濱野をおいて。

「そういう訳で、この病院での業務をおいていくのは心苦しいのですが、…できるだけはやく仕事に戻りますので」

西野の言葉に、滝岡が真摯に見返す。

「いや、確かに西野がいなければ、困るんだが、…」

穏やかな視線で、しかし本当に困っているのがわかる滝岡が。

「だが、秀一の仕事なら、多くの人の安全に関わる仕事なんだろう。しっかりやってきてくれ。いない間は、…困るが、―――」

「僕がいなくて回らないのも困った話ですからね。一応、留守の間にも動くようにシステムは作ってあります。そうでないと失格ですからね。滝岡先生、僕の組んであるスケジュール通りにお願いします」

「解った。…無理はするな、西野」

「はい、滝岡先生」

滝岡が差し出す手を西野が握り、滝岡が呼び出しに応じて部屋を出て行くのを。



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