第17話 アルマゲドン

 そろり、そろり。

 ───と、内田充は歩く。

 課長にバレないよう、足音を殺して入ってきた。


「内田君。遅刻だよ」

 声をかけられ、充は直立不動の体勢を取った。


「すみません。自転車に乗り遅れて・・・・・・!」

 課長が呆れたような顔で充を見つめる。

「・・・・・・それ、言い訳になる?」

「あ、電車です、電車。それに、混んでまして」

「道路が混んでて遅れるのは聞いたことあるけどさ、電車だと関係ないよね。もういいよ。遅刻届出しといてね」


 充は溜息をつきながら席に着いた。

「寝坊ですか? 充さん」

 武山が話しかけてくる。

「最近熟睡できなくてさあ。今もすっごい眠い」

「何か、悩み事でも?」

「それがさあ、寝ると真っ暗な空間に白い点が現れて、それが毎晩近づいてるの。その白いのが髑髏どくろって言うか、凄く邪悪な感じでさあ・・・・・・」


 二人の会話を聞いていた弘毅が、移動して充の横まで来た。

「充。ちょっとこっち、視て貰ってイイ?」

「はい?」

 そう言って、弘毅と視線を合わせる。


 その一瞬で、弘毅は原因が掴めた。

「それ、夢じゃ無いよ。無意識に千里眼使ってる。実際の映像だ」

「え!?」

「俺も経験ある。能力者が集まっているせいか、使う度に経験値を得るのか・・・・・・、能力が突然グレードアップするんだ」


「実際の・・・・・・」

 暫く充は考え込んだ。


「あ──! 今まで白いのしか気にしてなかったけど、バックの黒、俺見たことがある! 宇宙空間だ! あれ!」


「つまり夜──太陽が地球の裏側って事は、太陽系の外側からその白いヤツは近づいている」

「そうなるかな・・・・・・?」

「真っ直ぐ?」

「真っ直ぐ・・・・・・」


 充の言葉を聞くと弘毅は振り向き、課長の席に向かう。

 課長は「えぇ~・・・・・・?」と疑るような、面倒なことを、と言うような顔をしながらも、熱意に負けたのかキーボードを叩きだした。

 暫くやりとりをしていたが、突然モニター画面にレミが現れ、


「凄い! ホントだわ! 新発見の小惑星よ!」


 その声が聞こえた充達も課長席に移動し、モニターを見つめる。

「チョット待ってよぉ・・・・・・。今録画画像も解析して、軌道を・・・・・・」

 左右にある機器も操作しているのか、レミがめまぐるしく動く。

 そして何かをじっと見つめ、固まった。


「ヤバい・・・・・・」

「何が?」

「14日後に・・・・・・地球に衝突する!」


「エ───!!!!」



◇◇◇◇


 隕石の衝突───。


 滅多に起こらない現象と思われているが、実際には小さな隕石は毎日地球に落下している。

 その量およそ100トン。

 だがほぼ全てが、大気によって燃え尽きる。

 この燃焼発光が流れ星だ。


 燃え尽きずに地球に隕石が落下した記録としては1908年のツングースカ大爆発がある。

 シベリア上空で直径数十メートルの隕石が空中爆発。2000平方キロメートル以上の森林が破壊された。東京都が2,191平方キロメートルなので、首都が消滅するほどの威力だ。


 最も有名なのは、恐竜を含む多くの生物が絶滅したとされる隕石衝突。

 約6600万年前。直径10キロメートルの巨大隕石が、メキシコのユカタン半島に衝突し、巨大な粉塵が大気中に巻き上げられ、長期間の寒冷化が発生。これにより、恐竜を含む多くの生物が絶滅したとされる。

 この場合、隕石衝突による恐竜絶滅説が先にあり、メキシコのチクシュルーブ・クレーターがその隕石衝突箇所とされた。


 最も大きい衝突とされるのはジャイアントインパクト説。

 地球が46億年前に形成されてから間もなく、火星とほぼ同じ大きさ(直径が地球の約半分)の原始惑星が斜めに衝突した際、飛び散った物質が集まって出来たのが「月」である、という説だ。


 地球近傍を通過する可能性のある小惑星は3万個以上あるという。

 2024年末に発見された地球近傍小惑星「2024 YR4」は当初、2032年12月に地球への衝突リスクが懸念された。しかし再計算で、地球に衝突する確率は0.0011%(約9万分の1)まで低下。一方で月に衝突する確率が3.8%まで上昇している。


 これまで小惑星が地球に衝突しなかった理由として大きいのが木星の存在だ。太陽系最大の惑星の重力が、地球の盾の役割を果たしている。

 1993年3月発見されたシューメーカー・レヴィ第9彗星は分裂しながら1994年7月に次々と木星へ衝突した。その後も木星への衝突は観測されている。

 土星も同じ役割を果たしており、月が最後の盾だ。


 しかし、今回発見した隕石は、既に木星より内側を地球に向かって直進していた。 

 計算した結果、月に衝突する可能性も低い。


 レミの衛星は、発見・登録済みのデブリ以外もカメラで発見しながら回収を行っている。 

 デブリはどの方向から現れるか分からないので、前後・左右・上下全方向を監視していた。衛星自体が進行方向に対してねじのように螺旋回転し、カメラは180度の映像を捉えているのでそれが可能だった。秒速約7km、約90分で地球一周していたため、録画画像から小惑星を過去まで遡って追跡することが出来た。


 そこで分かったことだが・・・・・・。

「元々この小惑星は地球の公転軌道から外れていた。急に何かと衝突・爆発して軌道が変わってるわ・・・・・・。その何かは、どう解析しても光の屈折しか確認出来ないから、透明なエネルギー体みたい。衝突時の角度から計算すると・・・・・・○月○日に、この地球から放出されてる・・・・・・」


 全員顔を見合わせる。

「もしかしてだけど・・・・・・。その日って最初の作戦の日だよね・・・・・・。まさか俺達が避けた、K国人の『あれ』じゃ・・・・・・」

 K国人が放った一撃は、確かに宇宙へ飛び出していった。


「ハハッ。まさか・・・・・・」

 まさかねぇ~と一同は笑いながら、暫くすると真顔になった。

 これって、賠償金どころの話しじゃ無いんじゃない?



◇◇◇◇


 全員「これはヤバい」ということで、NASAや小惑星センターへ報告する前に、報告内容の確認と出来れば対処法まで考えようということになった。


「あの日に戻るのは?」

「いやぁ~、難しいぞ? もっと悪い結果が訪れるかもしれないし、何度戻らなきゃならないか、分かんねぇ」


「核ミサイル打ち込んだら?」

「駄目よ。細かくバラバラにならなきゃ、結局地上に落下しちゃう。あくまで軌道を変えなきゃ。それにミサイルじゃ届かないし、今からロケットを飛ばす準備も出来ない」


「衛星をぶつけちゃえば?」

「それなら2022年9月にNASAが、探査機を小惑星『ディモルフォス』に衝突させる実験を行ってる。時速約24,000キロで衝突させて、小惑星の軌道を僅かに変える事に成功したわ。でも、それもロケットから準備しなきゃ駄目」


「レールか盾みたいなのを敷けない?」

「それは難しいけど、少しずつ変えるのが効率的にはイイ。でも何を使うか・・・・・・」

「ISSとかは?」

莫迦ばか。あれ、『国際宇宙ステーション』だぞ? アメリカとかロシアとか説得させられるか?」

 行き詰まった上に、突拍子も無い意見まで出てきて、会議室が静まった。


「いや・・・・・・」

 レナのささやき声に、一同が注目する。


「2030年にはISS、廃棄されるのよ。『○宙○弟』でも書かれてたでしょ? ロシアも撤退を表明中。2019年に空気の漏洩が見つかって今も漏洩規模が拡大しているから、もっと早まるかも。廃棄、つまり軌道を外すミッションは早くて2年後に始まるとも言われている。牽引用宇宙船建造に800億円近くかかるらしいから、交渉材料になるわね。請け負ってる○―ロン・○スクの横やりが入らなければだけど」


 ステーションの廃棄は、地球に落下させて焼却処分される予定だ。しかし完全焼却は難しく、一部は「ポイント・ネモ」と言われる大陸から最も離れた南太平洋に落下させる。

 ソビエト時代の宇宙ステーション「ミール」は2001年3月23日に南太平洋上の大気圏に突入・廃棄処分され、燃え尽きなかった部分は、全世界が注目する中、無事ポイント・ネモ付近に落下した。


「ISSには軌道修正用のブースターも付いているけど、衝突地点まで運んでかつ小惑星の起動を変えるには推力が足りない。あなたたちに協力して貰うわよ」

「俺達に出来ることなら・・・・・・」

「じゃあ私、おじいさまに頼んでみるわ」



◇◇◇◇


 次の日。

 レミは意気揚々と現れ、開口一番こう告げた。

「許可が下りたわ」

「え、もう?」

 おじいさまって何者?


「NASAでも小惑星確認出来たし衝突計算結果も同じ。地球を守るため、とか言ってたけど、責任転嫁と廃棄予算削減が本音ね。それと現状回避方法が無いから極秘。パニックになるから。どの国もこの短時間じゃお手上げみたいね」

「それじゃあ、どうするのさ」


「ISSって低軌道なの。だから高度は薄い大気の抵抗によって絶えず低下しているの。毎年数回より高い高度に上昇、つまりリブーストさせてる。今回はリブーストさせっぱなしにして、地球重力圏からの離脱が最初。その最終段階は・・・・・・」

 視線が一同を見回し、止まる。


「富田さん。お願いね?」

「いやいやいや。無理無理無理」


「ミサイル打ち返したこともあるんでしょ?」


「いや、あの時は必死で・・・・・・。で、やってみたら止められたもんで、みんなも僕もテンション上がってたから、ノリでやってみたら出来たっていうか・・・・・・」 


「そうなのよ、あなた、出来るのよ。地上の概念に囚われないで。無重力状態なんだから、加えた力はそのまま推力になるのよ? 貴方には反作用も働かないんでしょう? 念動力で地球周回軌道から離脱させて。

 ───私の考察では貴方の能力って重力グラビティを切り離す、もしくは操ってる可能性がある。物理学でいう4つの力ね。その一つの『電磁気力』は遮蔽出来るから、何らかの方法で貴方は重力制御しているのかも。後で詳細な打ち合わせをするけど、まずは実験と訓練ね」

 富田浩一郎は何だか理屈がよく分からず、頭を捻っている。


「それと先ずはステーションに滞在している飛行士を地球へ帰還させなきゃ。武山さん、テレポートでお願い。飛行士達の武山さんに関する記憶は消すわ」

「ちょ、ちょっと、待って。宇宙まで? 何km?」

「400km。ウクライナ侵攻からゴタゴタして、今はこの高さを維持してるわ」

 武山が携帯で検索し、呟く。

「東京と大阪との直線距離か・・・・・・」

「宇宙服も用意するから、刻んでもいいわよ」


「祐一さんはブースターの燃料を補給し続けて」

「え? 僕? もしかしてステーションに行くの?」

 レミは頷く。


「他の人達は別の用件があるから、付いてきて」


 そう言ってレミは男達を連れ立って出て行った。

 一同は、ただ説明を聞いて、呆然とするだけだった。


 そして気付いた。

 彼女はここにただ単に、遊びに来ていた訳ではなかったんだ───と。



◇◇◇◇

 

 次にQ課に来た際には、内田と武山、そして浩一郎を連れ出した。

 JAXAに行って武山に宇宙服を着せ、早速宇宙飛行士達を連れて帰らせた。

 記憶を操作し、武山の存在は忘れさせた上、暫く眠って貰った。


 浩一郎はいくつかの実験をやらされ、データを取られた。


「よし。準備完了」

 そう言って、レミは全員を招集した。


「いい? じゃあ、説明するわ」

 機密局会議室で今回のオペレーションについての説明を受けた。

 資料はレミが徹夜で作ったようだ。

 動画付きの説明だったが、全部理解出来たものはいなかっただろう。

 最初に小惑星に向けて地球重力圏から抜け出す。後の微調整はレミが指示する、ぐらいしか分からなかった。


「じゃあ。これに着替えて全員ステーションに乗り込んで下さい」

 用意されていたのは宇宙服。


「え? もう?」

「急いで! 時間が無いの! ステーションは90分に1回しか上空へ来ないのよ! それにこうしている間も小惑星は近づいている。離れた地点で軌道を変えた方が変位量が少なくて済むの!」

 レミの勢いに押され、しぶしぶと宇宙服に着替える。装着やチェックはレミの部下らしき人に手伝って貰った。


「ホントに行かなきゃ出来ないの?」

「出来ないの! 地球の存亡がかかってるのよ? 実感が無いなら、一番大切な人の顔を思い浮かべて!」

 全員素直に顔を思い浮かべる。


 子供に妻、恋人、友人そして親・・・・・・。

 そして、その人との思い出。

 

 広渡は財布から家族写真を取りだして、見つめた。

 博はスマホを開き、美幸から送って貰った写真を見た。

 幸せそうに笑う写真。

 みなそれぞれに、想う人がいた。


 親に迷惑ばかりかけて、俺はまだ「ありがとう」と言っていない。

 好きな人に、自分の想いを伝えきれていない。

 妻や子供に「愛している」と伝えていない。

 子供の将来をここで閉ざしてはならない。

 今、思い浮かんだその人と、二度と会えなくなるのは、辛い。寂しい。


 いや・・・・・・、嫌だ!

 僕が。

 俺が。

 私が、守らねば!

 

 上手くノせられた全員はそれぞれに視線を合わせ、誰からとも無く肩を組んだ。

 その形が円陣となる。

 充が視界を共有する。テレポート先は与圧モジュールだ。


「行きます!」

 その声と同時に全員膝をたわめ、次の瞬間姿が消えた。



◇◇◇◇


 景色が変わった先は、意外に明るかった。

 しかし狭い上に、無重力空間なので、あちこちにぶつかり、しかも止まらない。

 更には血液が上半身へと流れ込み、顔がむくむ。


「みんな、無事? そこは地上と同じ気圧で空気もあるけど、宇宙服は脱がないでね」

 宇宙服の無線に、レミの声が響いた。

 脱がないで、と言われても脱ぎ方が分からない。例え脱げたとしても、二度と着れないだろう。


「じゃあ、30分後に軌道からの離脱を行うわよ? もう方位は合わせているから。内田さん、富田さん、説明したとおりにお願い」


 レミが言うには、充が小惑星を捉えて浩一郎と共有する。その方向へ「ISS毎、進みたい!」と念じるだけでいいそうだ。ハンマー投げで選手が手を離すように、惑星へと直進するらしい。

 ハンマーは重力に引かれて円弧を描くが、この場合速度を維持したまま直線的に進むとのことだ。


 充がレミと交信しながら、小惑星を視界に捉える。

 浩一郎と視界を共有する。

(レミちゃんはあんな簡単に言っていたけど・・・・・・ホントに出来るの・・・・・・?)

 浩一郎は不安になった。

「こら! 心拍数が乱れてる! 私と自分を信じなさい!」

 一括され、小惑星に集中する。

 レミのカウントダウンが始まった。

 小惑星が真正面に来たとき、


「行け!」


 視界を横に流れていた小惑星が、正面で止まった。

 続いて姿勢制御が動作する。

 一同は暫く沈黙していた。


「成功! 小惑星へのルートに乗ったわ!」

 レミの声に一同は歓声をあげ、ハイタッチを交わす。

 その反作用で、再び船内をぶつかりながら飛び回った。



◇◇◇◇


 上手く軌道に乗ったことで、NASAは公表に踏み切った。

 ただし各国の了承から操作までNASA主導で行ったとされた。

 現在進行中の作戦オペレーションも、宇宙飛行士達が行っていることになった。

 Q課を秘匿していることもあるが、一人の少女に全て任せたなどプライドが許さないし、そんな名も知らぬ人物に地球の命運を任せたなどと公表すれば、世界中でパニックが起こる可能性がある。


 情報が公開されたことで、世界の注目は宇宙とその乗組員に注がれた。


 そんなことになっているとは知らないQ課の面々は、レミの指示で作業に追われていた。

 祐一のバックに色々と送られてくる。

 広渡さんに聞くと、設計図を渡され、時間を止めて技術者と共に1ヶ月かけて制作した物らしい。広渡さんはずっと技術者に触れたまま駆けずり回っていただけだが。


 メインは黒い円柱状の物だった。

 浩一郎がそれを念動力でドッキングエリアから船外まで運び、指定の位置に降ろす。

 すぐに底面はISS外壁と融着した。

 ISS後方に取り付けた円柱はすぐに展開し、ヨットの帆のようになった。これで太陽風を受けるらしい。

 そして側面には似たような円柱がいくつか固定された。



◇◇◇◇


 作業に数時間を要し、一同はやっと一息ついた。

「あ~腹減った」

 給水と排泄は全て宇宙服内で行う。

 空腹と疲労それにストレスで、全員ギリギリの状態だった。

 ぼやきながら更に数時間が経ったとき、船外カメラが小惑星を捉えた。


「あ、見えた」

 想像していたよりも、かなり大きい。

 山のような巨大なゴツゴツとした塊が、みるみる大きくなってゆく。


「迫ってくるね・・・・・・って、チョット待って!? これって正面衝突するんじゃない!? 軌道は変えられても、ISS木っ端微塵じゃん!?」

 小惑星はどんどん大きくなる。

 


「あ、そういや、時間になったらこのボタン押せって言われた」

 送られてきた黒いボックスを弘毅が掴む。

 デジタルの数字がカウントダウンされており、その上にボタンがある。


「そうよ。忘れたの? ここからが本番よ」

 レミの声が聞こえた。

 光通信のようで、タイムラグが無い。

 弘毅の脳裏に突然映像が閃いた。


「そうだ! 浩一郎、ボタンを押したら急ブレーキがかかる。全員前方へ吹き飛ばされてグシャってなっちゃうから、みんなを押さえて!」


 脳内にあるイメージを浩一郎に伝える。

 弘毅はレミに連れ去られていた間、全工程のシミュレーション画像を脳に学習させられていた。失敗したケースも含めて。


「みんな、集まって!」

 浩一郎は壁を背にして、皆と抱き合った。

 弘毅は数字を見つめる。


 3,

 2,

 1・・・・・・

 ゼロ!


 と同時にボタンを押すと、前方の円筒から爆発と共に棒状の何かが発射した。

 反作用により、ISSに強烈な逆向きの力が作用する。

「グッ・・・・・・」

 浩一郎が抵抗しているが、骨が軋む。


 何かは小惑星に向かって進み、突き刺さった。

 続けて斜め前方の円筒が爆発・噴射し、今度は斜めにGが加わる。

 全員の顔が横を向く。

 視線の端に、小惑星が正面からズレてゆく映像が見えた。


 画面にうねうねと小惑星に向かう線が見える。

 それが直線になった途端、次は後方へのGが加わり、間髪入れず横からのGが襲った。


 永遠に続くと思われた横Gは、突然終わった。


「何だったんだ? 今の・・・・・・」

 船外カメラに小惑星が映っている。

 側面側のカメラだ。

 映像が変わらないので、何時の間にか併走しているようだ。


「ワイヤーだよ。アンカーに特別製ワイヤーを付けて小惑星と連結させた」


 小惑星を中心にぐるっと回って180度回頭したらしい。

 その時点でワイヤーを切り離し、併走状態にあるようだ。


 いや、絶妙なタイミングで切り離したので、少しずつ近づいている。

 小惑星にぶつかる瞬間、今度は側面の筒から脚が飛び出し、力を吸収しながらぴたりと小惑星に密着した。


「よし、後は軌道を変えるだけだな」

「どうやるの?」

「次はこのボタンだったな」


 違う箱のボタンを弘毅は押す。

 脚が出た側と逆の円筒が噴射を始めた。

 ISSのブースターも動き出す。


「次はこれ」

 帆が角度を変え、太陽風を受ける。

 しかし、誰も効果が解らない。

 他に相対物が無いので、軌道に変化があったのか確認出来ないのだ。

 その時───。


「駄目、質量が大きくて、少ししか変わらないわ!」

 全員のイヤホンにレミの声が響いた。

 そのとき、外を映し出していた画像が、小惑星と地球との軌道を示したシミュレーション画像に切り替わった。

 小惑星が進む方向を示す線が、地球にぶつかり途絶えている。


「じゃあ、浩一郎の出番だな」

「出来るかなぁ・・・・・・。このISSを押す感覚でいいんだよね」


 改めて小惑星を見つめる。質量としてはISSの10倍はある。重力圏離脱の際は目標物に向かうというイメージをしたが、どうもイメージが沸かない。

 それでも小惑星との接触側の壁に両手を置き、力を込める。


「駄目だ。ISSの質量で小惑星を押すイメージが沸かない」


 その時、弘毅の頭に声が響いた。

 それは地球からの応援の声。


 がんばれ・・・・・・

 がんばれぇ・・・・・・


 弘毅はその声を全員に共有した。


「皆の声援が聞こえる・・・・・・」


「くそっ、やってやる!」


 浩一郎は直接小惑星を動かすイメージを描いた。

 宇宙に比べれば、こんな小惑星、チリみたいなモノだ。


 全員、小惑星と地球との軌道を示したシミュレーション画像を注視した。

 小惑星の軌道先端が、少し動いた。


「もう少しだ!」

「曲がれ────!」


 この軌道画像は全世界に流されていた。

 地球からの声援が、浩一郎に力を与えた。

 軌道の線は徐々に地球から離れてゆき───。

 遂に衝突ルートから離脱した。


 艦内、そして地上からも歓声が沸き上がる。

「イエーイ!」

 皆がハイタッチを交わしていたときだった。


「浩一郎!?」


 浩一郎の身体が、宙に浮いていた。

 全員が近寄り、顔を見つめる。

 瞼が閉じられ、顔色も蒼白になっていく。


「おい、浩一郎! おい」

 ヘルメットを叩くが、反応が無い。


「おい、お前、英雄になったんだぞ! 地球に戻ったらモテモテだぞ!」


 作戦が成功したら、実験モジュール「きぼう」に乗り移り、浩一郎の操作で地球に帰還する予定だった。

 これでは帰れない。

 小惑星と共に地球の脇を素通りし、宇宙の果てまで連れて行かれる。

 武山のテレポートでもこの距離では「刻む」必要がある。気が遠くなるほどの回数を繰り返した場合、浩一郎同様、力尽きる可能性が高い。


「しょうが無いですね・・・・・・」

 馬場博が呟いた。


「皆さん、きぼうへ乗り移って下さい」

「博・・・・・・。何か案があるのか?」

「はい。レミちゃんが万が一のためと、残してくれた作戦があります」

 今回役割を与えられなかった博だが、実は与えられていたようだ。

 弘毅が何をやろうとしているのか読もうと試みたが、レミが学習させたのか、さっきから難しい数式が飛び交っていて、読めない。


 全員がきぼうへと乗り移った。

 その時。

 最後に乗り込んだ弘毅が押され、全員奥へと浮遊していった。

 視線を入り口に戻すと、隔壁が閉じつつあった。

 その向こうで、博がゆっくりと敬礼の姿勢をとる。

 訳が分からず、全員その姿を見ていた。


 そして隔壁が、閉じきった。


「皆さん。特に武山さん。動かないで下さいね? このプログラムは皆さんの質量で計算していますから、今狂ったら地球軌道に乗れないか燃え尽きますよ?」


 無線に博の声が響く。

 そのとき、「きぼう」がステーションから切り離されたのか、動いた。


「待て! お前、ここに残るつもりか!」


「仕方ないんですよ。犠牲になっても悲しむ人が居ないのは僕だけなんで。皆さんもきっかけが無いといつも僕の存在、忘れるでしょう? つまり、この作戦を実行しても皆さんの心が病むことない。だから僕しかできないんです」


 全員、沈黙をする。

 ──存在を消す──。

 それが博の能力だから。

 恐らく暫くは覚えていても、他に意識を奪われた瞬間に博のことは忘れるだろう。


「弘毅さん。美幸さんの記憶消去、お願いします・・・・・・」


莫迦ばか。止めろ!」

 弘毅には博が泣いているのが分かった。

 それでも博は作業を止めない。


 博は、きぼうのハッチ部に、残っていた円筒を固定した。

 スコープが側面からせり出し、博はそれを覗き込む。

 スコープにある十字を、遠くにある地球に合わせる。

 この作業があるため、一人だけ残らないといけなかった。


 スコープを合わせながら出力の調整をし、円筒の側面に回り込む。

 スイッチを押すと、円筒の先から爆発するように推進剤が吹き出し、きぼうは加速していった。


 博はその衝撃で、宇宙へ放り出された。

 首を捻ると、遠ざかる「きぼう」が見えた。

 小惑星も遠ざかってゆく。


 博は虚空を見つめ、遙か彼方からやってくる星々の光を、いつまでも見つめていた。


 

◇◇◇◇


 上手く大気圏進入角度を保ち、「きぼう」は太平洋上で回収された。

 博はパラシュートも取り付けていたのだ。


 それから───。

 連日、世界中で今回のミッションについての特集が組まれ、滞在していた宇宙飛行士達はヒーローとして引っ張りだこだった。

 飛行士達も、帰還の際意識と記憶を失ったという説明を受け入れるしか無かった。他に記憶を埋めるものが思いつかないのだから。


「あ~あ、ホントなら俺達が有名になってたのにな・・・・・・」

 Q課メンバーは全員、メディカルチェックで入院を余儀なくされた。

 訓練も受けていない素人が宇宙空間に滞在し、宇宙飛行士でも体験したことの無いようなGを受けたので、実際助け出されたときは立つことが出来ないほど身体が弱っていた。

 浩一郎なんて、まだ目を覚まさない。


「でも、なんか忘れている気がするんだよな・・・・・・」


 浩一郎以外が、窓から青空を見上げた。

 エアロ・スミスの曲が、遠くから流れてくるような気がした。


 いや・・・・・・?

 ホントに聞こえる。

「あれ? これ『アルマゲドン』の曲じゃない?」

「誰だよ。病院内で」


「お疲れー!」

 大声で現れたのはレミだった。

 後ろの黒スーツが、ステレオデッキを持っている。

 レミは曲を止めた。


「あなた達英雄だわ! それを指揮した私もだけどね」

 本当にこの子はどこかズレている。

 俺達のことを人だと思っていないのか?

 だからあんなオペレーションを・・・・・・。


 ん・・・・・・?

 何だ? この喪失感・・・・・・。


「博の最後のセリフ、泣けちゃったわよ」


 !!!!!

 その名前を聞き、全員の記憶に「馬場博」が甦った。


「そうだ! 何故、博にあんなこと指示した! 死んじゃったじゃないか!」

「誰が死んだのよ・・・・・・。此処にいるじゃ無い」


 そう言ってレミは空間をポンポンッと叩く。

 確かに何かを叩いている。

 そこに注目した途端、博の姿が浮き上がった。

 ベッドの上に上半身を起こして座り、頭を搔きながら照れ笑いを浮かべている。

 みな、言葉が出ない。

 幽霊かと思い、お互い見えてる? と、確認する。


「思い出した! 僕、軌道上に居る博さんを連れて帰りましたよ」

 武山が叫んだ。

「何? 私が馬場さんを置き去りにしたと思ってたの?」


 レミ曰く、ISSにはレミの衛星をドッキングさせていたらしい。

 「きぼう」発射後、衛星を操作して博を回収、地球衛星軌道まで連れ帰ったとのことだった。


「あんな遠くまでリアルタイムで通信しようと思ったら、自分の衛星使うしかないでしょう。状況も位置情報も軌道計算も私が直接出来るし」


 天才にありがちな「言わなくても察してくれるだろう」的発想だ。凡人に必要な説明が足りない。

 確かに、オペレーション遂行には全員が全てを把握しないこともある。情報漏洩防止だ。一人が裏切ったもしくは拉致されてた場合、作戦開始自体に支障が生じる。

 かつて○湾映画などでは当日にその日撮影分の脚本が渡されていたらしい。先に他の映画会社が作って公開してしまうから。


 それはさておき───。

「博!」

 全員が立ち上がり、博のベッドに駆け寄る。

「全くお前ってヤツは・・・・・・。影が薄いにも程があるぞ・・・・・・!」

 遠慮無く、博の身体を叩く。

 博は痛そうな顔をしながら、嬉しそうだった。


 先ほどまでの違和感が払拭され、全員、心からの歓喜を味わった。




 今回の一件が、Q課の存在を脅かすことになるなど。

 そのときは誰も考えもしていなかった。

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