超能力が世界を救う?

第10話 看護師 西村美幸

「嘘じゃ無いって! こいつは・・・・・・」


「ウフフフ・・・・・・。男の人が女性用浴室に入れるわけ、ないじゃないですかぁ」


 西村美幸は口元をたおやかな指先で隠し、屈託の無い笑顔で答えた。

 こいつと呼ばれた博は、美幸の横で小さくなっている。

 博の正面には桜木剛が(余計なことを・・・・・・)というような顔をして座っていた。

 

 鶴田弘毅はカフェルームで美幸と向かい合わせに座り、美幸に博の秘密を暴露していた。

 二人が付き合うことになった際に博と目が合い、弘毅は全てを知った。誰にも完全無視されることをいいことに、この男は銭湯の女風呂に入り、そこから美幸をつけまわしていたことを。


 お節介だと言われようが、この無垢な女性に馬場博が真実を打ち明けぬままつきあっていることを不誠実だと感じていた弘毅は、黙っていられなかった。

 二人を見かけ、お茶をしながら一緒に話しているうちについ、美幸に弘の過去を話してしまったのだ。

 弘毅も、美幸の包み込むような優しさと献身的な仕事ぶりに、少なからず好意を抱いていた一人だったから。


 桜木剛の場合は、同じ職場で働くようになって皆とコミュニケーションを取るうちに、誰がどんなスキルを持っているのか、局に来るまでにそれをどう使用してどんな酷い目に遭ったかも聞いていた。

 博の行為が駄目なら、充の「覗き」もアウトだ。

 誰にも迷惑をかけず、不快感も与えないのであれば、自分ならどのスキルを持ったとしても、エロに使うと思う。

 自分の「刻を戻す」能力でも、覗きとか極端な話レイプをしても、時間を戻せば罪に問われないだろう。自分の場合は先ず、金を稼ぐ方を選んだだけだ。賭けの結果が分かっているので卑怯と言われればそうかもしれないが、法には触れない。


 ただ、この機密局に入る際に個別に面談が行われ「スキルを無くす」か「能力を犯罪行為に使用しない」の二択を迫られた。使用した際は、Q課で解るらしかった。給料と待遇が良いので皆誓約書にサインして入局したが、入局前の犯罪行為は不問とされたのだ。

 罪と言う意味ではこいつのインサイダー取引もどうかと思うが、弘毅の暴露は止まらない。



「それがぁ、出来るの! この男だけは」

「まさか~。男の人が脱衣所に入ってきた瞬間に、大騒ぎになっちゃいますよ? ウフフフ・・・・・・」

「それがこいつの特技なの! 気づかれないの!」

「そんなこと、透明人間でもなければ、出来ませんよ~」

 ここまで言われるともう、言葉が出ない。彼女がどうやって博を認識出来ているのか誰も分からないのだから、彼女に博の能力を理解させるのは無理だろう。

 弘毅は半ば諦め、そして改めて彼女の純粋さに感動した。


 いいだ・・・・・・。


 弘毅はしみじみとそう思った。

 心が洗われた気分になり、少女マンガのようなキラキラした瞳で美幸を見つめる。

 なんて純真な娘だ・・・・・・。

 仮に女風呂に防犯カメラがあって(多分無いだろうが)、それを見せても「AI画像ですか?」とか言って信じないかもしれない。


 馬場博は極限まで存在感を消せる。そのため隠密行動は得意を通り越して天職なわけだが、能力が発現する以前から存在感が薄かったため、能力が発現した後の彼の存在は仲間であっても失念してしまう。

 彼女といるときだけ、認知できるのだ。


 影は「影の中」に入ると認識できない。

 光があるから「影」は認識される。

 つまり彼女が側にいないと、博は誰にも見えないのだ。

 

 美幸にしてみれば、自分がそのような光的存在であることを分かっていないから、常に博が見えているのが当たり前。誰が見えている者を透明人間だと信じよう。

 それに彼女は博をあの交通事故以降から存在を認知しているため、「突如現れて、自分を命がけで助けてくれた人」という認識だ。


 局でも、ともすれば博の存在を忘れてしまうので、彼女は機密局内の専任看護士になった。彼女がいるもしくは見かけることによって、博のことを思い出せるから。


「何故、アンタみたいなイイひとが博なんかと付き合っているかなぁ・・・・・・」

「博さん、子犬みたいでほっとけないじゃないですか。それに博さんもイイ人ですよ?」

「博が裏切ったら?」

「博さん、浮気なんて出来ると思います?」

 弘毅と剛は目を合わせた。そして、

「絶対無理」

 と、二人は口を揃えて言った。

「じゃあ、私勤務中ですので。コーヒーご馳走様でした」

 

 彼女は去って行き、博と三人になった。

 美幸がいなくなった後でも、博のことは暫く意識に留めることができる。

 砂利道の中にある一つの石に意識を向ける人はいないが、その一つを一度知覚して色や形を覚え、さらには机の上に置いておけば認知出来るのと同じだ。ただこの石はふとしたはずみに砂利道に戻って周りに溶け込んでしまうのが難点なのだ。

 博を除いて二人だけで暫く会話を続けた場合、存在を忘れてしまうことも起こりえる。

 加えて言えば、元々博を知っている人間、少なくとも博に関心を向け認知した人物だけにしかこの効果はない。


「いいじゃねえか弘毅。二人の問題だ。博が言いたくなったら自分で言うさ。」

 ずっと聞いていた桜木剛がなだめる。

「でも、美幸ちゃんが不憫で・・・・・・」

 少しの静寂の後、弘毅はコップの中身を飲み干して立ち上がり、博を見下ろす。

「いいか、博。俺はお前の能力は認めるが、やったことは認めねぇからな」

 そう言い残して去って行った。


「しょうがねぇなぁ・・・・・・弘毅も」

「いや、弘毅さんの言うとおりです。以前の僕は他人の視線が向かないことを理由に、良識が欠如していました。美幸さんが真っ直ぐに自分を見てくれている以上、心を改めます!」

「そ、そうか」

「ついては剛さん。やり直したいので、僕を過去に送って下さい!」

「お前、何言い出すんだよ。誰かを過去に送った事なんてねぇよ。しかも俺でさえMAX1時間程度しか戻ったことねぇぞ?」

「充さんの能力は『身体の接触』で共有できているじゃ無いですか」

「充は共有出来ること慎重に確認してたじゃん。見える見えないを確認するのと、時間を逆行するのとじゃ危険度が違いすぎるだろ。それにお前の記憶はそのまま残る。その時間軸での事実は消えるかもしれないが、お前の中では経験した記憶は消えないんだぞ? やり直しても弘毅には知られるぜ。まして記憶まで時間と共に遡った場合なんて、俺と同じく時間の檻に囚われるだけだ。それに・・・・・・」


 剛は少し神妙な顔になり、

「もしかすると、過去と違う行動をした場合、美幸と付き合わない結果になるかもしれない。それでもやるか?」

「やります!」

 博は即答した。


「美幸さんとつきあえて嬉しいんですが・・・・・・。時間が経てば経つほど罪悪感で潰れてしまいそうなんです! それにテレポートの時は一発で成功したじゃないですか」

 博は剛の腕を掴む。

「わかったわかった。試しだぞ。失敗しても知らねぇぞ?」

「はい! お願いします!」

 剛は肩を叩いて博を見た。

 肩に手を置け、という意味のようだ。

 博は剛の肩に手を置く。

「いくぞ?」


 その途端、景色が変わった。

 見慣れた銭湯の前に立っていた。

 日付を確認する。

 携帯の日付は、初めてこの銭湯に訪れた日だった。

 どうやら成功したようだ。


「やるじゃん! 桜木兄さん!」

 剛は居なかった。この時間に剛が居た場所に戻ったのか、博だけが時間を逆行したのかは見当がつかない。


 博の脇を、綺麗な女性が通り過ぎ、銭湯へと入っていった。

 そう。

 前回はこのお姉さんの魅力に負け、禁断の一歩を踏み出してしまった。

 でも、もう僕はあの時の僕では無い。

 博は鼻息を荒くし、銭湯に背を向けその場を去った。

 そのまま、美幸が勤めていた病院へ行った。


(いた・・・・・・)

 以前勤めていた病院まで行くと、美幸がおばあさんと談笑していた。

「美幸さーん」

 思わず博は叫んだ。

 しかし、美幸は気付きもしない。

(やはり僕が死ぬ目に遭い美幸さんを助けないと、彼女は見てくれないのか・・・・・・)


 そのまま博は美幸の後ろを歩き続けた。

 事故に遭った日は覚えているが、行動を変えたことによって何が変わるか解らない。

 彼女に不慮の災難が降りかからないよう、常に彼女の側を離れなかった。

 隣を歩いていても気付かないということはやはり、美幸の能力は開眼していないようだ。

 

 過去に戻ってきて解ったが、あの日彼女の住むアパートでは断水が発生していたようだ。それが起こっていなかったら、美幸とも出会えていなかった。


 数日何事も無く過ぎ、遂に彼女は友人達と食事に出かけた。

 存在がゼロだった博が違う行動をしようが、何も変わらないようだ。

 運命の日が来てしまった。

 急に不安が襲う。


 僕はまた、あの死ぬような痛い思いをしなくてはならないのか・・・・・・。

 あの時は夢中で身代わりになったが、僕に出来るだろうか・・・・・・。


 思案していると、彼女がレストランから出てきた。

「じゃあねぇ~」

 友人達と別れ、美幸が歩き出す。

 博は後を追った。

 あの横断歩道の前で止まる。

 博の鼓動は高まった。


 轢かれるのが分かっているのに、この横断歩道を渡らなくてはならないのだ。

 美幸を引き留めようにも、今の彼女は博を認識していない。


 信号が青になる。

 美幸が歩き出す。

 博は意を決して車道へと足を踏み出した。


 以前と同じく、赤いスポーツカーが突っ込んできた。

 博は手を前に突き出しながら、思わず車のナンバーを見た。

 そして、手に伝わる美幸の感触が小さいことに驚き、慌てて前を向く。


 恐らくはコンマ数秒の違いだ。

 前回は美幸だけを見ていた。

 自分が轢かれるとか、車のナンバーなど、気にもとめなかった。

 その僅かな違いが、前回との違いを生み出していた。

 

 美幸は車を回避するため、硬直状態のまま僅かに重心をずらした。

 博の顔から血の気が引き、目一杯手を伸ばす。

 それは、僅かに届かなかった。

 美幸の身体が車幅を超えることは無く、その場で回転した。

 二人の身体が、宙に舞った。


 ドサッ・・・・・・。


 車が走り去った車道に、二人の身体が横たわっていた。

 

「み、美幸さん・・・・・・」

 全身の痛みを堪え、博が顔を上げる。

 視線の先に飛び込んできたのは、アスファルトの上に頭部から赤黒い血を広げる美幸の無残な姿だった。


「美幸さん!」

 博の両足は骨折し、骨が飛び出していた。

 両手でアスファルトを掻き、美幸の側へと進む。


(ああぁ・・・・・・、僕がいけないんだ・・・・・・! 自分の都合だけの為にやりなおしなんかしたせいで、彼女が死んでしまう・・・・・・!)

 彼女に認識して貰えなくてもいい。

 彼女が生きていてくれさえすれば。


 だが、思うように前に進めない。

 彼女の血溜まりは広がり続けている。

 涙なのか、それとも意識を失いつつあるのか、博の視界が霞む。


(ああ、刻が戻ってくれれば・・・・・・)


 しかし、博にそんな能力は無い。

 剛もここにはいない。

 博の身体からも、血は流れ出していた。

 車道に、血の道が出来ている。

 霞む視界が暗くなり、遂に博は、額をアスファルトの上に落とした。



◇◇◇◇


「・・・・・・ひろし・・・・・・」


 遠くから自分を呼ぶ声がする。

 そうか・・・・・・。

 あの世だ。

 自分はこれから審判を受けて、地獄へ堕ちるんだ・・・・・・。


「おい! 博!」

 大声に鼓膜に痛みが奔り、博は瞼を開けた。

 頭蓋内に響くこの声は聞き覚えがある。

「桜木さん?」

 あまりの驚きに、瞼をパチクリとする。

「お前が死んじまう前に、とりま、時間を戻すぞ」


 次の瞬間、博はレストラン前に立っていた。

 立っているということは、脚も折れていない。

 ガラス越しに店内を覗くと、美幸さんが、笑顔で食事をしていた。

 

(奇跡だ・・・・・・!)

 彼女が生きている!

 喜ぶ博の肩を、叩く者がいた。

 振り返ると、剛が息を切らせて立っていた。


「桜木さん、何故此処に・・・・・・」

「恵比寿顔と病室を訪問した日まで過ごしたんだけど、どこ探しても聞いても美幸ちゃんがいねぇからよ。調べたら事故死してるじゃん。事故の時間と場所を調べてもう一度戻ってきた」


(そうか・・・・・・。剛さんは僕が過去に戻ったこと、知ってるんだった)

 博には剛の背後に後光が射しているように見えた。


「だから言ったろ? 失敗してもしらねぇぞって」

「僕は・・・・・・、生きてたんですか?」

「恵比寿野郎がみんなにはひとりづつ監視がついていたって言ってたろ?。お前は助かった。しかし・・・・・・美幸ちゃんは、手遅れだったらしい」

「そうですか・・・・・・」

「おまえが居なけりゃ、ミサイル阻止できないんだからな。とにかくもう一度やり直せるんだ。もう失敗すんなよ」

「はい!」

 店の扉が開き、美幸が出てくる。


「今回は美幸ちゃんを助けることが最優先だが・・・・・・。女に惚れるきっかけなんて色々さ。はじまりはよこしまな気持ちからなんてざら。若いうちはそんなのばっかさ。今、お前は美幸ちゃんっていう存在自体が大切なんだろ? 後ろめたいとか言ってねぇで、惚れた女に全身全霊尽くしてやれ!」

「はい!」


 博は3度目の車との対決を決意し、美幸を追った。

 桜木は少し離れた場所から、一部始終を見ていた。


 ガンッ!


 車に跳ね飛ばされ宙を舞う「博」を見て、

(よかったな・・・・・・博)

 と、剛はそう思った。


 博に駆け寄る美幸の姿を目の端に捉えながら二人に背を向け、ニヒルな笑みを浮かべ、暗闇に中に剛は消えて行った。




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【次回】

 浩一郎と祐一コンビが合体技を披露! 新キャラも登場!

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