第二話 こんにちは、異世界

 目の前に小さな紫の雲が浮かんでいる。


「貴様、やっと起きたか。」


 この声…

どこかで聞いたことがある。

 それに、さっきの状況。

 ――ん?この声?

 見渡す限り、ここに人間は俺しかいない。

つまり……


「雲が喋った!?」

「落ち着け。まあ、この姿、こんな場所じゃ驚くのも当然か。」


 どういうことだ?

明らかに雲が喋っている。

脳に響くような感じがするし、念話というものか?


「とりあえず我の話を聞け。お前が突然空中から現れて、岩に頭打ってピクリともしなくなったから、こちらとしても驚いているのだよ。

まあ、詳しい話を聞く前に、お互い自己紹介をしておこう。

我は闇の精霊神。知り合いには”ヤミ“と呼ばれている。

我は長いことここに封印されているのだ。」


 空中から突然?

精霊神?

封印?

 わからないことが色々ありすぎて混乱する。

 そもそも雲が喋っている時点で混乱している。情報の処理が追いつかない。だがまあとりあえず、それはこちらも自己紹介をしてから考えよう。


「ええと、俺は井上蒼空。平凡な中学生。

トラックに轢かれて、気づいたらここに居たんだが、それについて何か知っている事、分かる事ある?」

「“とらっく”とか“ちゅうがくせい”とかがわからないのだが、おそらく貴様がこんなところにいる理由、それは転生してきたからだろう。

色々と不可解なことはあるのだが…」


 転生?

ということは、ここは異世界?

 やっぱり俺って死んだの?え、嬉しくもあるし嫌だっていう気持ちも強い。

 あの憧れの異世界に来たという嬉しさと、すぐ死にそうな怖さが脳みその中で戦っている。

 でも、とりあえず今はこの雲の話を聞くことにする。

 それで、不可解なこととはなんだろう。


「説明しても良いか。

まず、貴様がここにいる理由だ。

本来身体を持たない魂というのは消えてしまう。

転生しても肉体がなければ本当の意味で死んでしまうのだ。

でも、貴様は肉体を持ちここにいる。

しかも、ちゃんとした人間の肉体だ。

人間の肉体を魂無しで創るのは莫大な力が必要になる。

この状況をみるに、かなりの力を持つ存在が絡んでいると我は考えている。」


 えーと、要するに、

俺がここに存在してこうして会話をしているのがおかしいということか。

 ていうか、何で俺はここにいるの?

いきなり大事になりすぎじゃない?

かなりの力を持つ存在って…

何者かが干渉してきているのか?

 そんな壮大なお話なんてフィクションの中だけにしろよ!現実で目にしたくない!


 「次に、お前の意味不明な言葉だ。

我の知らない単語が出てくるということは、転生者ということも踏まえて、貴様はおそらく異世界人だろうな。

なにもないのに魂だけが界渡りをするとは考えにくい。

よほど魂が強いか、何者かに連れてこられたか。

そう仮定したらなおさら何者かが関わっているとしか思えない。」


信じたくはないが、やはりここは異世界であっているようだ。

 そうなると、百歩譲って転生の要因は良いとして、

言葉とか文字とかって大丈夫なのだろうか。

いきなり不思議なことがありすぎてさっき死を体験した脳の処理機能が全然戻ってない。

 ひとまず必要な情報を集めたいので、目の前にいる雲について聞いてみることにしよう。


 「ところで、お前は何なんだ?」

「さっき言った通り、我は闇の精霊神だ。

訳あって封印されてしまい、今はこんな煙みたいな姿になっている。

この二百年間、どうにかこの洞窟から脱出する方法を探しているのだ。」


二百年間!?

まあ、神というだけあって、長い年月を生きているのだろう。

 年は良いとして、封印された経緯が知りたい。


「お前はなんで封印されたんだ?」

「それは話すと長くなるのだが、簡潔にまとめて話そうか。」


◀ ◇ ▶


 今から二百五十年程前、我を崇めていた村があったのだ。

そこで我は暮らしておった。

 そこは平和だった。田畑が広がり、民は楽しそうに各々の作業をする。

 特に大きな争いもなく、その村の村長も良政を敷いていた。村の人々は、平和な日々を暮らしていた。

 我は村の北側の丘に祀られ、村人たちが運んでくる供え物を食べて暮らしていた。その代わりに魔法で雨を降らしていたりしたんだがな。

 我にとっても満足な日々だった。

 ―――でもある日、近くの国が戦争を仕掛けてきた。

 その国は過去に村が隷属を拒否した国だった。

それの報復なのか、村一つにかけるような数ではない軍隊を送り込んできて、戦争が始まったのだ。

いや、それは戦争と呼べるのかも怪しかった。

 その時丘の頂上にいた我が争いに気づいた頃には、そこにあった美しい村は地獄絵図と化していた。

 女も子供も皆殺し。

 田畑や家屋は焼き払われ、地面は血で赤く染まっていた。

 村のあちこちには死体が転がっていた。

 よくもこんな残酷なことが出来るものだと、我はその国の事を憎んだ。

 そして村を守れずに、何も知らずに丘の上でダラダラしていた我を憎んだ。

憎み、恨み、妬んだ。

 そしてついに怒りが頂点に達し、遂に我は行動を起こした。

 あちこちにある敵国の城塞都市に向かって、我ができる限りの強力な魔法を放ったのだ。

目につく人間たちを殺し、目につく街や村を破壊して回った。

 最後に、首都である王都に向かって最大威力の魔法を放った。

我が村の惨劇を、そっくりそのまま返してやったのだ。

もういくつの街を滅ぼし、何万人の人間を殺したかは分からない。


 やがて我の力も尽き果て、広大な土地が我の攻撃によって不毛の土地となった頃、我の前に七人の魔術師ウィザードが立ちはだかった。


 だが、その七人の魔術師ウィザードを前にして、我には攻撃する力はほとんど残っていなかった。


 抵抗しなかった我はその者たちによって、近くの洞窟、すなわちこの洞窟に封印されたのだ。


◀ ◇ ▶


 「――というのが事の顛末てんまつだ。

あの時の魔術師達の力は凄まじく、二百年以上経った今でも封印は解ける兆しを見せん。

どうにかして解けないものかと、我は色々な方法を考え、試したが、どれも失敗に終わった。」


封印を解く方法ね……


 「そういえば貴様、異世界人だったよな?

ならば、何らかのスキルがあるはず。

意識を失う前、何か声がしなかったか?」


何か言ってた気がする。何だっけ。

機械的な喋り方だったが、よく思い出せない。

 ―――諸行無常だったような気がする。


「確か、諸行無常が何とかかんとか…」

「おお!それはユニークスキルじゃないか!

それで、どんな能力だ!?」


この精霊、テンション高くなってきたぞ。

二百年ぶりの希望なのだろう。俺が立場違ったら多分大はしゃぎしてたと思う。

 諸行無常は、確か“全てのものは移ろいゆくものだ”とかいう意味だった気がする。

でもこの意味からはどんな能力かわからない。

ものは試しだ。使ってみよう。

 まずは念じてみる。


『うつろい〜〜。』


使えない。

 次は声に出してみる。


「ユニークスキル、諸行無常!!」


使えない。


 「魔法とかスキルはイメージだからな。

自分がスキルを使っている様子、それか、スキルを使った時の効果をイメージしてみろ。」


分かった。イメージだな。

 と言っても、スキルの効果がわからないので、使っている様子を想像してみる。

自分の姿…スキルを使う…

 すると突然目の前が真っ暗になった。

否、うっすらと鉱石の光は見えるので、おそらくこれが洞窟内の本来の暗さなのだろう。

なんかのスキルで暗視効果がついていたのか。

しかし、何も見えない。


「おい精霊!どういうことだ!何も見えないぞ!」

「――――貴様、他にスキル持ってたか?」


 他に他に…

あっ、【千里眼】とか言うやつか。


「千里眼か?」

「多分それだな。

そのスキルには暗視効果がある。

ユニークスキルで千里眼そのスキルが切れたんだろう。

となると、ユニークスキル【諸行無常】はスキルを無効化するものか。」


なんだそのスキル。

お約束のチート能力。

と言っても、初期装備は戦闘手段がないということ。

万が一洞窟から出ても、この弱肉強食の異世界では生きていけないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る