骸骨島 2024 August 1st
静寂の夜。
男達はスーツケースを引きずりながら、険しい岩の上をゆっくりと歩いた。
「全く、ひでえ地形だぜ、こりゃ」
阿笠が云った。色黒で大きな体格の青年だ。
「先生も酷いモノだね、まさか島の真ん中に屋敷を作るなんて」
「まあ、良いじゃ無いですか。まさに絶海の孤島って感じで」
ひょろりとした背の高い青年である江永が白い歯をむき出しにして笑った。
「血みどろの惨劇でも始まるかな」
「兎雪さん、変なこと云わないでくださいよ」
兎雪の冗談にまりかが反応する。まりかは分厚いコートをなびかせて兎雪に近付いた。
「それにしても岩が酷い。皆さん、足下に気をつけて」
「さすがは骸骨島だな」
阿笠の言葉に、愛が反応した。
「そう、私ずっと気になっていたんですけど」
「ん?」
「なんで骸骨島なんて珍妙な名前なんですか、この島は」
「確かに、センスはありませんね」
井辻が眼鏡の奥のギロリとした目で愛の言葉に反応した。
「これをご覧ください」
井辻がこの話を待っていたかのように、何かの写真を撮りだし、愛に差し出した。
「何なの、これ」
「この島の上空写真です」
「おいおい、なんでそんな物持ってるんだよ」
阿笠が感心するような、小馬鹿にするような口調で云った。
「まるで、骸骨だな」
阿笠が首を突っ込み、写真をのぞき込んだ。
「大自然が生んだ奇跡、とでも云いましょうか。それとも人間達の勝手な憶測でしょうか。まるでこの島が頭蓋骨のような形をしているんですよ。目の穴も、鼻の形も、口や、歯まで作られたかのように精巧に出来ている。人類が作り出した史上最大のレプリカ、とも云われているらしいですよ」
「僕はそうは思いませんけどね」
シンジが口を挟む。
「どれだけ精巧に出来ていたって、それは人間が勝手にはしゃいで出来た憶測に過ぎない。どれだけ奇跡的な確率だろうと、この骸骨島は自然に作られたモノだ。僕が聞いた所の最高傑作は、この島が遥か古代に地球へ飛来した宇宙人が作ったという説ですね、莫迦莫迦しい」
「あら、私はそういうの好きだけど」
シンジは一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに笑顔に切り替わり、愛もそれに返すように笑いかけた。
「だが、その大自然の恵みとやらのせいで俺たちはいまこうして息切れしながら歩いているわけだ」
「その通り。とんだ贈り物だ」
井辻は皮肉たっぷりに吐き捨てた。
「でもほら、屋敷が見えてきましたよ。暗闇邸」
まりかが屋敷を指差して云った。
「あら、暗闇邸って云うのね。あの屋敷」
「この島で唯一、月の光が当たらないから暗闇邸というらしいですよ」
まりかが暗闇邸を見上げて呟く。
「確か、招待状にはあそこに集合するように書かれていましたよね」
歌月がわざわざポケットから招待状を取り出し、呟いた。
「ああ、確かその通りでしたね」
「行きましょう。僕はとにかく凍え死にそうだ。屋敷で珈琲でも飲みたい」
荒れ放題な岩盤を乗り越え、一行は屋敷の前に立った。
「着きましたよ」
「これが暗闇邸。この骸骨島のど真ん中のようだね」
井辻がずれてもいない眼鏡をカチッと直した。
「でも、ごくごく普通の屋敷って感じそうですね」
屋敷の大きさは大したことは無く、一般住宅街にもある程度の広さだった。
銅像は無いのに、やけに装飾された立派な門が一行の前に立ち塞がっている。
庭には松林が堂々と立っており、一行は和を感じるような扉の前に立った。
「鍵は、誰が?」
「僕が」
歌月が鍵を取り出し、扉の鍵の穴へゆっくりと差し込んだ。
阿笠が両開きの錆びた扉を開いた。
その時だった。
「お、おぉ」
歌月が情けない声を出してよろけた。
「素晴らしいねぇ、これは」
井辻が眼鏡をカチッと直し、内装を見渡す。
外観とは打って変わり、洋風な雰囲気が漂う内装だった。
まずはミケランジェロの「最後の審判」の絵画が一行を出迎える。そして、レッドカーペットのような物で敷かれた床。
そこから、一行を圧倒するような巨大な本棚が立ち塞がっていた。
そしてそのそばには円形の巨大な机と、それを囲む黒色の椅子が一行を待っていた。
「すげぇな……。マジで絵に描いたような洋館だ」
「外観からは全く想像できないですね……」
まりかが顎を触りながら巨大な本棚を眺めていた。
「想像していたより、大分良いわね」
「確かにここなら、血しぶきが飛ぶような事は起きなさそうだな」
阿笠がわざと舌なめずりする。
「さあ、それでは皆さん。椅子に腰掛けてください」
「おやおや、お前が主催者か」
阿笠がシンジを茶化す。
しかし、その時だった。
「神田先生の手紙がありました」
シンジの言葉に、全員が反応した。
「先生の?」
「どこにあったの」
愛の言葉に「まあまあ」となだめ、シンジが全員を椅子に座らせた。
神田陸。
云わずと知れた本格ミステリ作家である。
七年前、二〇一七年に「儚い夢の天使達」でデビュー。新人作家とは思えない巧みな文章技術、当時としては珍しかった本格ミステリという古き良き作風が人気を呼び、一気にベストセラー作家へとなった。直木賞、山田風太郎賞などと著名な賞を次々と受賞しつつ、百万部を超えるようなベストセラーも上梓し続け、安定して高い売上をキープし続けた。
そして、二年前に「Aの喜劇」を発表。瞬く間に百万部を突破し、現代ミステリの最高傑作とも呼ばれるほど高い評価を受けた。しかし、それ以来、どういうことか長い間、消息不明になり長い間表舞台から消えていたのだ。
そんな中、兎雪たち現代推理作家に骸骨島への招待状を差し出したと云うわけだった。
「それでは、読み上げますね」
「あらあら、まだついて行けていないんだけど」
愛が髪をいじくり回す。
シンジが咳払いをして、手紙を読み上げた。
「以下、神田先生の手紙と思われるモノです。『七人の推理作家諸君へ。この島へ集まって頂いたことに心からの感謝を申し上げる。訳あってこのような挨拶になってしまう無礼をお許し頂きたい。さて、早速本題に入ろう。今年で、私はとうとう還暦を迎えた』」
そこまでシンジは読み上げると、ニヤッと微笑んだ。
「『長いこと、この仕事を続けてきたが、やはりこの年齢にまで到達すると、執筆に必要な気力、体力が削がれてしまったように感じる。推理作家の消費期限はそこまで長くない。せいぜいベストセラーを出せるとするならば初めのうちだけだ。アイデアが底を尽きてしまえさえすれば、その作品は誰にも見られなくなる。残酷だが、これが推理作家の宿命なのだろう。そこで、私は考えた。君たち現代推理作家への新陳代謝が必要だと。今回の会は、その技量と器が君たちにあるかどうかを確かめるためのモノとなっている』」
「ほう」
井辻が自然と声を出した。
「『それでは、今回の会について具体的な説明をする。この屋敷には三十日分の食料が揃えられている。ご安心を。そして、一ヶ月後に迎えの船が到着する。それまでに、君たちには一つのミッションを課す』」
「ミッションねぇ……」
愛が再び髪をいじくる。
「『その内容は、この島をテーマにした一つの作品を完成させること』」
その瞬間に、この屋敷全体の空気が凍り付くのが、全員に分かった。
シンジも驚愕しつつ、その先の文字を口に出した。
「『短編でも、長編でも良し。締め切りは八月三十日である。骸骨島をテーマにした作品なら、たとえミステリじゃ無くても結構である。そこは、諸君の技量にお任せする。完成した原稿はこの屋敷に置いてから、本土へ帰還すること。なお、この島には君たち以外の人間はいない。万が一、何かしらの問題が発生した場合は、この島にある固定電話を使用すること。それでは、傑作の完成を祈る。武運を。―神田九郎』……とのことです」
この場にいた全員の作家が口をあんぐりと広げていた。
「まさか、島にまで来て仕事をする羽目になるとはな」
阿笠が苦笑いし、唇を歪める。
「せっかく羽を休める気分で来たのに、ね」
「でも俺は好きだぜ。何かが起きる匂いがプンプンしやがる」
「さて、どうします」
兎雪が云った。阿笠は振り返ると、すぐにこう返した。
「まずはこの屋敷の部屋の割り当てをするか。ま、中学生の修学旅行じゃ無いんだ、すぐ終わるだろう。問題は、ここからどうやって神田先生の要望にお答えするか、だな」
「どのように作品を作るか、という事ですか」
井辻が聞き返す。すかさず歌月が云った。
「とりあえず全員がそれぞれ一作品ずつ執筆すればいいんじゃないですか?最後に読み合って、一番良いと思った物を選んで全員で推敲し、完成です」
「私もそう思っていた所」
愛が歌月の意見に賛同するように手を挙げた。
「それも良いのだが……」
井辻が難色を示した。
「何か?」
「この手紙には全員で作品を完成させること、と云っている。そのやり方では今ひとつな気がする」
歌月は少し考え込んだが、やがてこう返した。
「それではこうしましょう。プロットは全員で決めて、物語の大まかな流れを決める。そしてそれを全員で一つずつ執筆して、最後に読み合う。これでいかがです?」
井辻の顔が晴れた。
「なるほど……。予め流れを決めておけば、全員で物語を完成できると」
「良いじゃないですか。僕は賛成です」
シンジが手を挙げた。
「私も異議なしです」
「僕も」
「では、決まりでよろしいですかな」
歌月が満足そうに聞き、全員が頷いたのを確認し、云った。
「じゃあ、珈琲でも用意しましょうか。僕、腹が減ったので……」
「賛成」
凍り付いていた屋敷の空気がはじめて、和やかになった。
「皆さん、夕食は済ませていますよね?」
歌月がコーヒーカップから唇を離し云った。
「ああ、後は就寝するだけだが」
「明日から本格的に仕事が始まりますから、早めに寝ておかないと」
すると、歌月が「じゃあ」と立ち上がった。
「最後に自己紹介でもしておきますか?」
「へ?」
シンジが間抜けな声を出した。
「一応、この場にいる全員が初対面なんですから、軽く自己紹介でもしましょうよ、明日からの作業もはかどりますよ」
阿笠が頭をボリボリと掻くと、立ち上がり
「そういうことなら、俺が最初に」
と云った。
「えー、皆様ごきげんよう。阿笠孝幸といいます。ヨロシク。デビュー作は『そして誰かが殺された』です。敬愛する作家は勿論、アガサ。これから何卒、お願いします」
予め原稿でも用意していたかのように流暢に喋った阿笠は、ゆっくりとお辞儀し、椅子に座り込んだ。
「こんな感じで良いのかな?」
「ええ、完璧です。長い演説とかじゃ無くて、何も生徒会役員でも決めるわけではありませんから、軽い挨拶のつもりで」
歌月がぺこりと舌を出した。
すると愛が立ち上がる。
「そういうことなら、私も出来そう」
今度は愛が前に立ち、自己紹介を始める。
「皆様はじめまして。宮原愛です。好きな作家はエラリー・クイーン。デビュー作は『夢のつづきを見せて』です。是非読んで」
不格好に礼をすると、井辻にウインクを送った。
井辻はやれやれ、と云うように立ち上がる。
「こんにちは。井辻真一です。処女作は『クロノス』。よろしく」
井辻がその場をそそくさと去ろうとしたので、阿笠がすかさず、
「おーい、もう少しないのか-」
と云った。井辻は少し顔を赤らめると、シンジに対し助けを求めるように見つめた。
すかさず、シンジも「がんばれ」と合図を送る。
井辻は、恥ずかしそうにしながら
「……学生時代にハマったゲームは『ドキドキ☆チアリーダー』です」
井辻が云い終わると同時に男性陣から歓声が上がる。
愛が片目をつぶる。まりかは井辻を睨み、井辻は一瞬、小鹿のようにブルッと震えだした。
次にまりかが立ち上がった。
「工藤まりかです。デビュー作は『深海邸殺人事件』。少しでも皆さんの力になりたいです。宜しくお願いします!」
丁寧にお辞儀するまりか。
続いてシンジが立ち上がる。
「江永シンジ。好きな作家は江戸川乱歩、横溝正史です。『Dark Royal』がデビュー作。何卒、よろしく」
次に、歌月が立ち上がった。
「歌月綾です!好きな作家は綾辻行人先生。『雪辱の弾丸』がデビュー作です。宜しくお願いします」
最後に、兎雪が立ち上がった。
「千田兎雪です。好きな作家はコナンドイル、モーリスルブラン。アニメもよく見ます。何卒お願いします」
兎雪の礼が終わると同時に、歌月が拍手する。
「みなさん、ありがとうございました!それじゃあ、珈琲を持って」
突然の指示に、皆戸惑いつつ手に持っていたコーヒーカップを天空に挙げた。
「明日からの仕事に向けて、皆様頑張って!」
歌月の合図と共に皆が手を突き出した。
「
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