第36話 結局、来たし
ゴーチェが望んでいるのは大幻獣の覚醒、のみだ。そのために、ハナから見捨てるつもりで副島に接触したと考えると、広美の境遇に気を使う可能性は限りなくゼロに近かった。
「じゃあ……どうすればいい? どうすれば、ゴリ美を解放できるんだ?」
大介が問いかけると、広美は少し考えて答えた。
「この大幻獣、今眠ってるんだけど……いわゆるレム睡眠みたいな状態なのかな? ちょっと脳が活発になってるというか、その……うまく言えないんだけど」
「俺たちは『活性化している』っていう表現をしてるな」
「ああ、その言葉便利だね。で、その活性化状態が収まると、幻獣の霊を引き留める力っていうのが弱まるはずだから、そうしたら、私も多分ここから解放される。あくまで多分だけどね」
「つまり、もっと大幻獣にぐっすり眠ってくれと」
「そ。でも、本来もっとぐっすり寝ててもいいはずの幻獣が妙な活性化状態に入ったのって、たぶんあの人がそう仕向けたからだと思うの。特殊な道具を使っているのか、魔法でそういう悪さをしているのかは分からないけど……」
「じゃあ……つまりはあの人を倒さないといけない、と……」
大介も広美も、副島を『あの人』と呼ぶ。そうさせる何かがあるのだろうか。
「それなら、悪いけどあの人ぶっ飛ばしてくるぜ。気分悪いかもしれないが、俺はハッキリ言ってあんたの方が大事だ。分かってくれな」
「大丈夫。ありがとね」
必要な話は、一通り聞けた気がした。大介がそう思った刹那、彼は目を開けた。
*
「お、起きたな」
わりと近くから副島の声がした。立ち上がってそちらを向くと、心配そうな顔をした彼がいた。
「少し休むか? サラモンドで再戦するのなら今すぐにでも戦えるが、肝心のお前の状態が悪ければそれも出来ん。どうだ?」
傍らでは、イフリットが再び何もせずに立っている。この中にゴリ美はいたのか? だとしたら、今この瞬間も、自分たちの会話を聞いているかもしれない。大介は思った。
「副島さん……戦うよりも、ひとついいですか?」
「? 何だ?」
「今、気絶してる間に……広美さんの魂と接触出来たんですけど……」
大介の言葉に、副島が渋い顔をする。あからさまに、こちらの言うことを信じていない雰囲気だ。
が、それで話を中断するわけにもいかない。大介は次の言葉を絞り出す。
「彼女は言っていました。私は両親からしっかり弔ってもらっているので大丈夫だった、と」
「……」
「でも……大幻獣の中は少し居心地が悪いそうです。なので……その……」
「話にならんな」
「え?」
副島は、こちらの言葉を遮った。
「お前が見たのが、ただの夢ではないという保証は、ないだろう? 悪いが俺は、直接広美と会話をしないうちは納得せんよ」
「あ……そうですか」
突っぱねられた時の取り付く島もない感じは、かつての付き合いで何度も経験した。こちらが何を言っても一切信用しないのであれば、言葉を重ねても無駄というものだ。
「それなら、もう一度戦います。大幻獣の影響下なら、何度でも幻獣戦を仕掛けられる……ですよね」
「炎属性の幻獣を使う限りな。それなら、悪いがもう一度頼む」
大介は頷き、改めて通常サイズのイフリットに向き直る。
と、
「……?」
イフリットの仕草に、大介の動作が止まる。彼女は大介に真っ直ぐ正対すると、右手の平をこちらに向けた。
何かを制止するようなポーズ。大介が首を捻ると、イフリットはそのまま副島の方へ歩み寄る。
「……何だ?」
やはり訝しげに首を捻る副島を、幻獣は思い切り平手でぶった。
「え?」
唖然とする大介だったが、すぐに理解した。
この幻獣は、ゴリ美だ。イフリットは今、彼女によって行動を支配されているのだ。
かつての恋人、広美として副島を叩いたイフリット。しかし、鈍い大介でも分かったこの現象に、副島は盲目だった。
「ふざけるなよ、幻獣ごときが……俺がやれるなら、直接お前をぶっ殺してやるというのに……」
相当、ご立腹の様子である。
「秦名! 何をしている! さっさとこの不愉快な幻獣を叩きのめせ! さもないと、お前も……」
「待ちなさい!」
副島の命令は、何者かの声によって遮られた。ふたりは驚き、そちらへ向き直る。
いつの間にかユーグが剣を置き、両手を挙げている。そしてその後ろにいるのは、マリーと……
「あれ? お前ら……」
「引っかかる事があって、来てみれば案の定だ……ソエジマ枢機卿! 悪いがこれ以上、あなたの好きにはさせない!」
「ハタナ様、お怪我はありませんか?」
「いや、大丈夫だけど……アデラもクレールも、南門に残ったはずだろ? 何でここにいるんだよ」
「ユーグが直接お前を迎えに来たのが、どうしても納得出来なくてな。こいつは近衛官のなかでも特に位が上の男だ。大幻獣活性化の異常事態に、のこのこ王城を離れられるはずないんだよ」
なるほど、覚えた違和感は同じのようだ。
「ユーグ殿も、こちらで掌握しております。さすがに3人掛かりでは、彼も抵抗は出来ないでしょう」
マリーが、ゆっくりと副島に語りかける。
「枢機卿……もはや勝敗は決しました。大人しく両手を挙げて、こちらへお越しください……」
降伏を勧告するマリー。その表情は複雑だった。
副島はしばらくの間、無表情で立っていた。マリーたちを眺め、イフリットに視線を移し、さらに大介を見た、その刹那。
「フフ……フフフフ……」
顔色をほとんど変えないまま、不気味に笑い出した。
「勝敗は決した、だと? ……見通しが甘いんじゃないか?」
挑発とも取れる言葉と共に、副島はどこからか何かを手に取り、一同の前に掲げた。
砂時計だ。
いまいち訳が分からない大介だったが、マリーの反応を見てそれがどれほど深刻な事態なのかを理解した。
「な……バカな! それでは、そもそも大幻獣の活性化自体、あなたが仕掛けたものなのですか!」
「そういう事だ。あああ、あとちょっとだったんだがなあ……あとちょっとで、覚醒まで持っていけたのだろうに、しょうがないなあ……」
「……」
全員が真意を計り兼ね、副島をただ見つめる。
「ざまあみろだ、お前ら……かくなる上は、こうだ!」
いささか理性を失ったような叫び声と共に、副島は持っていた砂時計を地面に叩きつけた。
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