第24話 ふたりはやさしい

 南門に帰る頃には、大介の精神状態はだいぶ落ち着きを取り戻していた。


 出迎えたクレールに歩きながら事情を話すアデラ。その間大介は二人の後ろについて行きながら、不自然なほどに黙りこくっていた。


 詰所の休憩スペースに着いた三人。アデラとクレールは気の向くまま椅子へ座る。大介は立ったまま、アデラへ言った。


「すまん、迷惑をかけ……た」


「もう、良いんですよ」


 先の戦いの時といい、大介の中でアデラは頼れる存在になりつつあった。


 説明を受けたクレールは、腕を組んで椅子に座り、考えをまとめているようだったが、ふと立ちっぱなしの大介に気がついて言った。


「……どうした? お前も座ったらどうだ」


「あ……ハイ。失礼します」


「え? あ、お、おう……」


 戸惑うクレール。当たり前だ。ぎこちない態度に大介の自己嫌悪が加速する。


「ごめんなさい、ハタナ様。まさかこんな事になるなんて……」


「いや、アデラが謝る必要はないだろう。まずはこいつから事情を聞かなければ、話は始まらない」


「でも……」


「もちろん、今すぐにと無理を言うつもりはないが、これだけいつもと様子が違うのだ。多少時間をかけてでも、事実を聞く必要はあると思うぞ」


 クレールの言葉にアデラは不安を拭いきれない様子だったが、大介は首を縦に振って同意を示した。彼の視線は依然、泳ぎ気味だ。


「……お前のタイミングでいい。お前のペースでいい。話してみろ。私たちはいくらでも待つ。日を改めたいなら、それでもいい」


「いや……いや、いい。あまり時間を空けてしまうと、かえって喋れなくなりそうだ……話すよ、今」


「大丈夫なんだな。では、聞こう」


 二人の視線が集中する。大介は居心地の悪さを感じながらも、どうにか心を持ち直そうと努力する。


 口の中が、パサパサと乾いた。


「……」


「……」


 幸い、女性陣の目つきにトゲトゲしいものはなかった。アデラは心配げに、クレールは真摯に、大介を見つめている。


「……もう、20年以上前になる」


 漬物石のように重たい声帯が、やっとのことで動き出した。


「俺は、企業用パソコンソフトの会社に入って、営業として働いていた。……ちょっとピンと来ないかもしれんが、要は色んな店に出向いて行って、『金の計算や在庫の状況なんかを一瞬で管理できる魔法の箱』で商売させてもらってたんだ。……分かるか?」


「分かるような分からんような、て感じだな。だが、大事なところはそこじゃないのだろう?」


「まあな……で、手っ取り早く言ってしまえば、俺はそこでは落ちこぼれだったんだ。同期や先輩が手際よくやっている作業が、俺にはどうしてもうまく出来なくてさ……果ては、後輩にも舐めた目で見られたもんだよ。無理もない話なんだがな」


「今のハタナ様からは、想像も出来ませんが……」


「そう言ってくれるのは嬉しいが、本当に当時はダメな奴だったんだ。……で、その時俺の上司だった男が、副島って男でさ」


「ソエジマ……か」


「そ。何故かは知らんが、こっちの世界の枢機卿やってるあのおっさんが、よりにもよってそいつだったんだ。俺はあいつに散々怒られたし、時には引っ叩かれもした。……ダメな俺に対して真剣に向き合ってくれてたから、嫌いだったとかそういうんじゃなかったが、とにかく怖い奴でさ……結局、耐えきれずにその会社は辞めちまったよ」


「……」


「俺は何ていうか……解放感と罪悪感でグチャグチャになってさ。今でも顔向けできない気持ちでいっぱいなんだよ、あいつに対して。……でもまあ、もう一生会うこともないだろうし、気持ちを出来るだけ切り替えていこうって決めて、今まで生きてきたんだ。でもさっき、あいつを見て……当時のグループリーダー副島主任を、あんな形でまた見ることになるなんて、思いもしなかったから、取り乱しちまって……すまなかった、アデラ」


「とんでもない。謝る必要なんて、どこにもございませんよ?」


「そうとも。それにお前は、そこから心を入れ替えて生きてきたんだろう?」


、な。……悪い、少しカッコつけて言っちまったな。実際はそんなに俺は変われてない。自分が出来る範囲だけでチョロチョロやってただけなんだよ」


「……お前、自分のことになると言い草が変わるな」


「心のどこかで許せねえんだろうな。こんなおっさんの過去話なんか、お前たちも聞いてて気分悪いだろ?」


「気分良く交わすだけが会話ではありませんよ」


 アデラの真剣な言葉に、クレールが頷く。それを見た大介は少し歪んだ笑みを見せた。


「……優しいな、お前ら」


 そういう相手だからこそ、こんなにペラペラと話が出来たのだろう。なにしろ退職の理由については、両親にさえちゃんと言ってはいないのだから。


「しかし……そうすると少し困ったな」


 クレールが腕を組み、唸るように言った。


「お前は仮にも『神の使者』という立場だ。今はまだ機会がないかもしれないが、そのうち正式に枢機卿と謁見しなければならない事態だって起こり得るだろう。もしそうなったら、お前は……どうするつもりだ?」


 言葉とは裏腹に、あまり確認したくなさそうな雰囲気を大介は感じ取っていた。つくづくこいつらは人が良い。


(あまり甘えてばかりもいられん……か)


「確かに、あんまり歓迎できない話だが、実際そうなったら拒否はできんだろう。あいつが枢機卿だっていうのは今日知れたんだ。今からでも覚悟を固めていくしかないさ」


「それで、大丈夫なんですか?」


 せっかく張った去勢を、アデラが柔らかい言葉で崩しに来る。しかし、それに応えてしまってはさすがにこちらとしても示しがつかない。


「こっちの世界にはこっちの秩序がある。枢機卿の権威ってのは、もうお前たちから教わってるからな。……やるしかないだろ」


 果たして自分は、この言葉をどんな表情で言ったのだろう? 口に出すことに必死で、大介はそこまで気が回らなかった。


 ふたりは、しばしの間顔を見合わせていたが、やがて薄く顔をほころばせた。

 アデラが言う。


「やっと、いつものハタナ様らしくなってきましたね」


「ん、そうか?」


 だとしたら、あんたたちのおかげだよ。


 出かかったその一言を大介はうっかり飲み込んだ。そして、勢いで言いきれなかった己を少しだけ責めた。

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