第20話 白塗りの馬車

 アデラによると、この像は大地を創造した母神の像であるという。母神像には特別な力が宿っており、これによって様々な奇跡を起こす事が出来るのだそうだ。


「私たち修道士は、この像に秘められた神の奇跡を具現化するために修行をしています。より善く、より清い存在となり、神様の御手御足となるために……ですね」


「なるほど。そうすると、やっぱり酒やタバコは御法度だったりするのか?」


「そうですね。お酒、タバコ……あとは魔法が禁忌となっています」


「へー、魔法もそうなんだ。……あ、もしかして」


 聞きそびれていたが、以前アデラは自分が修道女だと言って、使役盤の研究所へ入らなかった。当時は意味が分からなかったが、研究所内部で魔力云々という言葉が飛び交っていたのを大介は覚えている。ということは……


「はい。使役盤には魔法の技術が使われていますので、私たちはその製造現場にいてはいけないんです。一応完成品には、魔力の波動が外に漏れないようにコーティングされていますので、使役盤に触れること自体は問題がないのですが」


「敵の攻撃を受けて使役盤が割れた場合はどうなるんだ?」


「その状態の使役盤には触れられません」


「めんどくせーな」


 アデラと話していて、ふと気がつく。クレールがなんとも言えない顔でこちらを見ていた。


「ダイスケ、その……」


「?」


 やたら切り出しにくそうにモジモジしている。確かにあの時クレールとは目配せしたが、ハッキリ事情を説明すると確約をもらった訳ではない。


「そんな顔するな、クレール。別に緊急性のある情報じゃないんだ。俺は気にしてない」


「……すまない」


「ごめんなさい。クレール、ちょっと真面目すぎるところがあるので……」


 事情を知ってか知らずか、すかさずアデラがフォローを入れる。まあ、悪い奴じゃないんだよな。


 ちなみに、何故修道士が魔法を禁じられているのかという点だが、これは魔法が元々魔族の技であるからだという。考えてみれば、神へ仕える身の者が名前に『魔』とつく術に触れるというのは、いかにもおかしい話ではある。


 疑問がひとつ解消された。魔族の襲撃も返り討ちに出来たし、展開は上々だ。


 その時。


「ん? 何の音だ?」


 大介が振り返ると、豪勢な馬車がこちらに近づいてきていた。白塗りの車体のところどころに、繊細な金細工が施されている。護衛のためか、馬に乗った騎士らしき人物も何人かいたが、馬の毛色やら騎士の鎧の色やらと、とにかく白が目立っていた。


「枢機卿の馬車か。あの方も忙しいな」


 クレールが簡潔に言う傍らで、アデラがその場に跪く。


「……これは、俺たちもやらなくていいのか?」


「枢機卿に跪拝きはいを義務づけられているのは、アデラのような神職者だけだ。我々がする必要はない」


「あ、そ」


 大介からすれば、クレールも充分神職者に近いマインドを持っているようにも見えたが……常識や風土というものは、来訪者からすると不可解に見えるものである。 


 馬車はさしてスピードを出すでもなく、ゆっくりこちらに近づき、そして何事もなく通り過ぎていった。たっぷり時間を空けて、アデラがゆっくり立ち上がる。


「……枢機卿、今回は南へ行かれるのですね」


「今回は、て……そのスウキケイって、いつもどこかへ行ってるのか?」


「月に一度、ラテカ域外の教会や聖堂を回って、説教をしたり民の懺悔を聞いたりしているのです。本来ならそのようなことをするお立場ではないのですが、人々の悩みに寄り添う姿勢を失ってはならないからと、枢機卿になられた今も精力的に活動をしておられるのです」


「はー、ご苦労なこったね。エラくなったんだから、椅子に座ってふんぞり返ってりゃ良いのに……あ」


 どうしても、口を滑らせてからしか気づけない性分のようだ。大介が我に返ってふたりを見ると、彼女たちは揃って非難の目をこちらに向けていた。


「……マジですまん」


「お前のいた世界というのは皆、お前のような不信仰者ばかりなのか?」


「いやー……まあ似たり寄ったりではあるが、いわゆる『不敬』な発言をしちまうのは、俺が特別ダメな人間だからだと思ってくれ。申し訳ない」


「分別のつきそうな歳に見えるのにな」


「だから悪かったって。本当に今のは言い訳しないから、許してくれ」


 信仰に疎い生活を送ってきた大介にとって、ふたりの反応は正直強い。そんなに怒るなよ、とも言いたい気分であったが、この国が信仰の厚いところだと既に知っている以上、神職者を軽んじた発言は慎むべきなのだ。頭では分かっているのにポロリと言ってしまうのは、昔から変わらない災いの元だった。


(それにしても……説教やら懺悔やらって、マジでキリスト教みたいな事するんだな)


 そもそもこちらの世界が西洋に似通った文化圏なのだから、別段特殊に思うようなことではない。


 ……かもしれないのだが、聞き馴染みのある言葉が出てくると、妙なリアリティを感じてしまう。


(いや、まあ今いるこの世界がリアルじゃないって言ったら語弊あるんだがさ……でも、現実感に乏しいからこそ、好き勝手に動けてる部分だってあるからなあ)


 このまま、ちょっとフワフワしてた方が、却って神の使者として振る舞えるような気もしている。現実はいつだって、彼にとっては『枷』であった。


 と。


「……ん?」


 またもや、どこからか視線を感じた。

 やっぱり、どうも気になる。


「どうか、しましたか?」


 ただならぬ雰囲気を察したのか、アデラが真面目な顔で尋ねてくる。


「うん、いや……気のせいかもしれんが、視線をちょっと感じてな」


「なんだと?」


 クレールもこれに反応し、三人は辺りを見回す。


「……誰もいないぞ?」


「そうですね。強いて言うなら、元々のここの住民さんがこっち見てるくらいで」


「そういう話じゃないと思うが?」


「いや、今回はアデラが正しいかもしれん。ちょっとここの雰囲気に飲まれちまったのかもしれんな。なにしろ俺のいた世界って、すげえ平和だったからさ」


「……」


 クレールは納得していない様子だった。しかし、視線の主が誰か知りようがない以上、詮索は時間の無駄である。


 大介はぼんやりと、開きっ放しの南門を見た。枢機卿の馬車はすでに見えなくなっている。


「……」

「……」


「……さ、帰って寝るか! 俺、もう疲れちまったよ」

「お前、何もしてないだろ」


 いずれにせよ、しばらくはここが仕事場になる。気晴らしの方法を考えといた方がいいな、と大介は内心でこっそり思った。

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