四話「鴉の警告」

 私がこの出版社に入社した時「もし担当する作家が”鴉の警告”と言う話を書いたらボツにしろ」と聞かされた。意味が分からずその時は生返事をして終わり、そのまま記憶の片隅に追いやっていたその言葉が、突然息を吹き返したのは鬼村が”鴉の警告”を書き上げたせいだった。

「先生、これ、鴉の警告」と私が言うと鬼村は小さな目を丸くして原稿を見下ろした。

「あれ、とうとうアタシも書いちゃったか」

「書いちゃったかって、自分で書いたんでしょ?」

「ん。あんた編集長から聞いてないの?」

 鬼村は私の手からひょいと原稿を取り上げると、それを机にトントンと叩きつけて綺麗にひとまとめにしながら話して聞かせてくれた。

「これは昔書かれた短編なんだけど、覚えてる人が少なくなってくると誰かが同じ話を書くように仕向けて来るんだよ。自分の話を世間に広めて欲しいんだろうね。でも、我々商業の作家が同じ話書いて出版したら盗作だから、会社は気を付けてンの」

 彼女は原稿をA4の茶封筒にしまうと、綺麗とは言えない字で「鴉の警告」と書きなぐり、机の端に寄せた。

「後で燃やしとくわ」

 ゴミとして捨てれば良いだけなのではと思ったが、燃やすという手間が必要と言う事は、何かしら普通ではない存在なのだろう。私は机の上の封筒をじっと見つめた。

「……それ」

「うん」

「どんな話なんですか?」

 鬼村は小さな口をにんまりと吊り上げ、普通の人のそれより二倍はあろうかと言う大きな前歯を覗かせた。

「読んだらアタシみたいに、そこにあるのに気づけなくなるから駄目」

「あらすじだけでも?」

「実はあんまり覚えてないんだ」

 鬼村はちらりと封筒を見やり、腕を組んで独り言のように呟いた。

「多分、純粋に、そんなに面白くない話なんだろうね」

 はあ、と曖昧な相槌を打ちつつ、その小説を書き上げたいつかのどこかの誰かにふと思いを馳せた。

 まったく、小説家とは因果な職業だ。

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