5-3:言えないことば

「女の子がすきなことを公言する子には気をつけなさい」

 菜乃なのさんにそう言われたのは、小学五年生の頃のことだった。

 菜乃さんは歳の離れた従姉で、女性が恋愛対象の女性だった。わたしが物心ついたころには、菜乃さんには既に彼女がいて、いまもその彼女と一緒に暮らしているらしい。

 わたしが小学生のとき、菜乃さんを相談相手に選んだのは、菜乃さんが女性がすきな女性だったからだ。菜乃さんに話すしかないと思った。ほかのひとには、わかってもらえないと思ったからだ。


 わたしは久しぶりに、菜乃さんに電話をかけた。忙しいひとだから、どうかなと思ったけれど、予想に反して電話はすぐに取られた。

「優里亜ちゃん、どうしたの? 久しぶりね」

「菜乃さん、忙しいのにごめんなさい。ちょっと相談があって」

 わたしは菜乃さんに、由芽ちゃんのことを話した。百合がだいすきだということ。女の子は可愛い存在で、とてもすきだと公言していること。すぐにくっついてくること。

 菜乃さんは「うーん」と唸ってから「なんともいえないわね」と言った。

「わたしが学生の頃にも、そういう子いたの。でもね、わたしの知る限りでは、そういう子ってみんな卒業後に彼氏を作っていたわ。もちろん、優里亜ちゃんの友達もそうだというつもりはないけれど。ただね、女の子が気軽に言う『女の子だいすき』の言葉を鵜呑みにするのは危険よ。それって、必ずしも恋愛に結び付いているとは限らないから。わたしはそれで学生時代、痛い目を見たわ」

 わたしは「そうですよね……」と言いながら、部屋の壁にもたれかかった。

「女の子が恋愛対象の女の子はね、気軽に『女の子だいすき』とは言わないことが多いわ。特に学校みたいな、不特定多数の人間がいる場所ではね。わたしもそうだったし、優里亜ちゃんもそうでしょう?」

 そうだ。

 わたしは一度も学校で「女の子がすき」と言ったことがない。

 きっと、言ったとしても周囲は別に何とも思わないだろう。「女の子可愛い」「女の子だいすき」と良く言っている由芽ちゃんだって、周囲から特別変に思われているわけではない。

 けれど、とても言えない。その言葉は、わたしにとって、とても重い。

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