1-2:わたしのアルカパドル

 昔から、宇宙や星がすきだった。

 広い宇宙には、どんな秘密が隠されているんだろう。どんな生物がいて、どんな暮らしをしているんだろう。どんなおもしろいことがあるんだろう。わたしの知らない世界がきっと広がっていて、そこには、わたしが想像することもできないような現実が存在しているのだろう。そう考えると、わくわくした。

 毎日似たような授業ばかりの学校なんてつまらないし、塾もピアノのレッスンも単調で楽しくないけれど、星を眺めているときは楽しかった。いつか宇宙に行ってみたいと思った。そこには、わたしが求めている「わくわく」があるのではないかと、そう思えた。

 だから、かもしれない。

 わたしは「わくわく」を求めすぎていて、この毎日があまりにつまらなくて、だから自分でもバカみたいだと思う決断をしてしまったのかもしれない。


「こんにちは。遅かったね、赤坂あかさかさん」

「……ぅあ」

「高宮星羅ね、わたしの名前。それから、ひとに会ったときは『おつかれさま』とか『こんにちは』とか言いなよ」

「……ピルルパラリレ」

「なにそれ?」

「アルカパドルの挨拶」

 その少女――赤坂琉宇あかさかるうは、端的に言って、やばい子だった。



 はじめて屋上で会った日、赤坂琉宇はわたしに向かって「あなたも、宇宙人なの?」と言った。

「あなたも」ということは、彼女は自分を宇宙人だと思っているということだろう。中学生にもなって。これが、いわゆる中二病というやつなのだろうか。

「えっと、わたしは宇宙人ではないよ」

「パスピーシィが反応……宇宙人……決定……確定」

「ねえ、あなた、どこかの部活のひとじゃないよね? どうやって屋上に入ったの? 鍵かかってたはずだけど」

「そんなの」

 赤坂琉宇は、ふは、と鼻で笑った。

「ピッキーサーがあれば簡単」

 言っていることは意味不明だったけれど、彼女の手振りから、どうやらピッキングをしたらしいとわかった。確かに屋上のドアは古くて、鍵も簡単な作りだから、やろうと思えば不可能ではなさそうだった。とはいえ、学校の鍵だからギリギリ許されるかもしれないけれど、ほかでやったら普通に犯罪だよなあ……と思っていると、彼女は金属の塊をわたしに差し出しながら、言った。

「アルカパドルに、帰りたい」

「それ、なに?」

「パスピーシィ」

 金属の塊は、パスピーシィという名前らしかった。

 そして彼女のたどたどしい話をまとめると、ようするに次のような話だった。彼女はアルカパドルという星の出身で、そこに帰りたいと思っている。けれど帰り方がわからないから、パスピーシィという通信機を使って、アルカパドルの仲間と連絡をとろうとしている。けれど未だ連絡がとれない。


 ――これは、なかなかな電波ちゃんだ。


 わたしは正直、楽しくなってしまった。

 こんな電波少女、アニメや漫画の世界にしか、いないと思っていた。それがまさか、こんなに身近にいたなんて。久しぶりに、わくわくした。

 だから、言ってしまった。

「手伝おうか? あなたがアルカパドルに帰れるように」



「ねえ、アルカパドルってどんなところなの?」

「……水晶が、星を覆ってる。科学はなくて、魔法がある。アルカパドル星人、みんな、オーロラの服を着てる。星も、街も、服も、きらきらで、だから、すごくきれいな星」

 わたしはフェンスにもたれかかって、赤坂琉宇が金属の塊をがちゃがちゃといじっているのを眺めていた。

 彼女とは、わたしの部活前に屋上で会うようになっていた。夏休み中だから、習い事や友達との予定がない日は、お昼くらいから屋上に足を運んだ。わたしが屋上に来ると、いつも鍵が開いていた。彼女はいつも、そこにいた。そこにいて、金属の塊――パスピーシィ――を、がちゃがちゃしていた。

「アルカパドルの空、いつも、オーロラがかかってる。太陽みたいなものはなくて、だから、いつもすこし暗い。でも、水晶が星を覆ってるから、きらきらしてて、真っ暗じゃない。アルカパドルは、すごく平和で、アルカパドル星人、みんな、歌がすき。みんな鈴の音みたいなきれいな声で、歌で会話する。だから、みんな、自然にわかり合ってる」

 赤坂琉宇の中では、それなりにアルカパドルという星についての「設定」が出来上がっているようだった。水晶が星を覆っているのにオーロラが見えるとはどういう状況なのか、とか、突っ込みどころは色々あったけれど、科学が存在しない星らしいから、まあ、指摘するのは野暮だろう。

 わたしは「やばい子だなあ」と思いながら、彼女の話を、楽しく聞いていた。SF小説やファンタジー小説を、読み聞かせてもらっているような感覚だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る