11 手紙

 そうして、完全にタイミングを逃してしまった。

 いや、そんなのは言い訳で、俺はやっぱり勇気がなかったんだと思う。

 それからずっと手紙を開けられなかった。

 石鹸が文鎮みたいに封筒の上に置かれて、机の上にずっとあった。目立つところに置いたのはわざとだった。開けなきゃいけないとは思っていた。だけど、決心が着かなかった。

 この石鹸の優しい匂いだって、いつかなくなってしまうんだろう。

 そうしたら、すべてが終わってしまう気がした。

 だから、開けないと。

 でも、開けられない。


 俺たちの野球部はその間に全国に勝ち進んで、学校には横断幕が垂れ下がって、それを見て通学して練習して、校長の前で代表で誠一郎が挨拶をして、あっという間に大会の日はもうすぐだった。

 明日はもう出発だった。

 着替え、寝巻きはホテルにあるから必要なし、ユニフォーム、応援道具、など。

 持ち物の準備を終えてさあ寝るか、そう思ったとき、視界にあの石鹸が目に入った。

 思った。

 開けるなら今だ。今しかない。

 今ならきっと、開けられる。

 どうしてそう思ったのか、どうしてそれが今だったのかは、自分でもよくわからなかった。けれど、とにかく、もう、きっと今を逃したらない気がした。

 俺は石鹸を手に取って鼻に寄せる。そこからは、まだ優しい香りが、ちゃんと漂っていた。

 それに背を押されて、俺は犬のシールをそっと剥がす。


          *


     智志へ


久しぶり。誕生日、おめでとう。

元気ですか――って部活で顔は見てるから、多分元気だろうなとは思う。

ほとんど毎日会ってるのに、わざわざ手紙を書くなんて変だと自分でも思うけど、でも、書きます。

こんなにちゃんとした手紙を書くなんて初めてだから、わかりにくいかもしれないけど。

それに、もしかすると、この手紙を読んでくれないかもしれない。

でも俺は、智志ならちゃんと読んでくれるって信じてる。

そう思って、書いています。

返事はくれなくていいです。

読んでくれれば、それだけで。


まず謝らないといけない。

俺は、智志がずっと悩んでるのに気づいてた。

でも、俺からは何もできなかった。

たぶん、何に悩んでるのか知るのが怖かったんだと思う。

それを聞くことで、智志が余計離れてしまいそうな気がしたんだ。

智志はたぶん本当のことに気づき始めていて、俺が何か聞いたらそれを確信させてしまいそうだと思った。だから、そのままにしてしまった。

俺は、離したくなかったから。

でも、俺はちゃんと話を聞くべきだったんだ。

だって、あんなに辛そうだったんだから。

俺がするべきことなんて他になかったのに。

本当にごめん。


智志が俺と一緒にいてどういう気持ちだったのか、俺は正直わからない。

俺は智志を幸せにできていたか自信がない。

でも、智志は俺の告白をちゃんと受け止めてくれて、俺は、それだけで幸せだった。

智志は俺のことを少しも笑わなかった。

それだけで、俺は智志を好きになってよかったと思ったよ。


ここまで読んでくれて本当にありがとう。

大好きだよ

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