3 ふわふわ
電車もまだ混んでいない時間、『剣と鞘』を聞きながら登校する。使ってるのは、最近買ったイヤホン。安物だけど、まあ、それでいい。
耳元で鳴る歌を聴きながら誠一郎にメッセージを送る。
――おはよ
――おはよう
――もう着いてる?
そう訊いてみると、うん、と返事が来る。相変わらず早いなあ。
誠一郎はいつも誰よりも早く登校している。なんだかそれがもう当たり前みたいになってるけど、主将だからって別にそんなのは義務でもないし、そうする理由も本当はない。だけどあいつがそうしていることでみんながちゃんとあいつを信頼している。
――今日大丈夫そう?
そう訊かれて、唇を浅く噛む。
――大丈夫だよ
今日、俺は誠一郎の家に行くことになっている。初めてだ。
ぽん、と嬉しそうな顔をした犬のキャラのイラストが送られてきて、俺も似た感じのを送る。電車の窓からは夜明けの空、耳元では疾走感のある曲。
今日、俺は誠一郎の家に行く。恋人の家に行く。
恋人の家に行くのだから、それはきっと、何か特別なことだ。
だから俺は結構どきどきしていて、だけどそのどきどきが何なのかあんまりわかってない。どうして俺はどきどきしてるのか。不安なのか期待なのか。
そんなことを考えて学校に向かって歩いていると、後ろからどしっと追突された。イヤホンを外して振り返ると宗田だった。
さみぃなぁ、なんて言いながら手を擦る宗田とだらだら喋って部室へ向かう。
「おはよう」と言って誠一郎が俺たちを出迎える。
「おはよー」と俺たちは返事して、ロッカーへ。
宗田と話しながら、誠一郎の気配にアンテナを伸ばす。誠一郎は来る部員たちに挨拶をしながら、いろんな雑務をこなしている。別に、普段と変わった様子はない。誠一郎は、どきどきしてないんだろうか。普通にしている。
付き合い始めてから、部活中に誠一郎を目で追うようになった。
誠一郎は俺の百倍くらいしっかりしていて、まとめ役で、周りに気を配っていて、俺はやっぱり改めてこいつってかっこいいんだなと思った。
でも、それは『好き』なのか、わからない。
その原因は他にもあるかもしれなくて、それは部活中の誠一郎と、俺といるときの誠一郎があまり結びつかないということだ。別人みたい――ってほどではないけど、なんだか、少し違う。
部活中はほとんど話さないし、なんだか話しかけづらいんだ。
「それでさ、マリちゃんがさ」
宗田が着替えながら嬉しそうに話している。こいつは結局文化祭で知り合った女の子とお付き合いを始めて、最近人生バラ色って感じだ。
「わりぃなあ先に彼女できちゃってさ」
宗田は俺に彼女ができた報告をするときに呑気にそう言った。俺はなんだか曖昧に笑っていた。
「おはようございます」
大きい声で入ってきたのは、一年生の鹿島田航基だった。
「先輩、今日の練習なんですけど」
そう言いながらすぐに誠一郎に話しかける。
鹿島田はリトルリーグでも活躍してた選手で、体格にも恵まれてて俺より全然でかい。何よりセンスがいいから、一年だけどちょいちょい先発にも選ばれててる。練習も真面目にやってて、誠一郎もよく鹿島田の話をする。
誠一郎と鹿島田はもともと同じリトルリーグに所属していて、ピッチャーの鹿島田とキャッチャーの誠一郎はバッテリーを組んでたこともあるらしい。
鹿島田と誠一郎が話すのをこっそり見ている。
二人とも身長が高くて、見ていて絵になる二人組だ。あの二人が付き合ってるなら、きっとかっこがつくだろう。
あ、なんか嫌な想像したな。
胃の中がもやっとした感じになって、変な考えを打ち消した。
朝練が近づいて、部室の中は騒がしい。
うちの野球部は大所帯だし実力主義だから、上級生でもベンチにすら入れないとかが普通にあって、俺もそんな感じだった。部内もなんとなくもやっと雰囲気が分かれていて、ガチガチにやる気のある方と、あんまりない方と。
ぞろぞろとグラウンドに移動して、柔軟運動して、そのまま練習。
それで俺は、腐ってたってほどじゃないけどレギュラーとの間に間違いない壁を感じていて、どうせ頑張ってもなって気持ちはやっぱりあった。
素振りをしながら俺はちらりと視線だけ誠一郎に向ける。下級生にフォームの指導をしているところだった。
でも、最近は俺もちょっと頑張っている。それでレギュラーになれるとかは多分無理だろうけど、それでも頑張ることにした。
誠一郎。
俺の彼氏。
やっぱり、あんまり結びつかない。
そんなことを考えていると、次はキャッチボール。
「一緒にやりましょ」
鹿島田が言ってくる。
「いやだよお前とは」
俺がそう言っても、
「なんでですか、いいでしょ、ほら、やりましょ」
そう言って強引にペアにさせられて、俺たちは球を投げ合った。ただのキャッチボールでも、こいつはセンスあるなってやっぱりわかる。
俺はこういう風にできない。こういう風に投げられない。
そこには歴然とした差がある。
「先輩、最近真面目ですよね」
朝練終わり、大量の白いボールの入ったカゴを一緒に押していると鹿島田が言う。俺は意外に鋭い指摘に驚きつつ、
「そうかな」
しれっとそう言って、カゴをぐいと倉庫に押し込んだ。
「なんか、そんな感じします」
鹿島田は手の埃を払いながら言う。そんななんでもない動作なのに、こいつはなんだかちゃんとしている、堂々としている。こいつは自分に才能があって、それをちゃんと自覚していて、そしてそれを周囲に認めさせる努力をすることのできる人間なんだと思う。俺はこいつをすごいと思っている。けど。
「前はもっと惰性でやってる感じだったのに。なんかあったんすか」
部室に戻りながらずいずい聞いてくる。
そう、こういうところだ。
悪く言えば調子に乗っている、ってことになるんだろう。だから宗田なんかは結構露骨にこいつを避けていて、「お前よくあいつと普通に喋れるよな」なんて言ってくる。
「絶対なんかあったでしょ。球からやる気を感じましたもん。今まで微塵もなかったやる気が」
やっぱりちょっと舐められてるな。
「うるさい、なんもねーよ」
そう答えても、「ふーん」と鹿島田は明らかに納得してない顔だった。
いつも通り学校、授業と休み時間と授業と昼ご飯。そして授業、そして部活。気持ちの落ち着かない原因を無理やり遠くに押しやって見ないふりをして日常をやり過ごして、そして部活が終わってしまった。しまったってなんだ。
とにかく、もう夜だ。
俺は用事があるからと言ってだらだら部室でしゃべる他の部員たちを置いてさっさと外へ出た。外はもう真っ暗で、月がまんまるく光っていた。
――先に駅行ってるね
そう送って、一人で歩き出す。
――ごめん、ちょっと遅れるっぽい……
校門あたりで誠一郎からメッセージが来た。何か仕事ができてしまったらしい。うかうかしてると他の部員が追いついてくるかもしれない。
俺は、
――先に電車乗ってる
そう送って、小走りで駅に向かった。
一人で普段乗らない方向の電車に乗って、音楽も聞かずに動画も見ずに、馴染みのない駅名がアナウンスされるのを待った。その駅名が告げられて、椅子から立ち上がって電車を降りた。
ホームに出たけれど、よく知らない駅なのでどこに行けば良いかもわからない。誠一郎はもう少しかかりそうだ。改札を出てカフェに行こうかとも思ったけど、バイトとかもしてないから金もないのでそれももったいない。
結局俺は、ホームのベンチで一人座って時間を潰した。
季節は冬で、ホームは屋外だったから当然に寒い。ネックウォーマーに顎を埋めて誠一郎を待つ。
俺は椅子に座って足元にエナメルバッグを置いて、そしてスマホを取り出した。
スマホは便利だ。いくらでも時間が潰せる。短い動画を流し見していたけど、イヤホンもつけず音も流さなかった。画面の中では、アイドルが新曲を踊っている。音がないと、キビキビしたダンスもなんだか間抜けだ。ぼんやりそれを見つめている。指がスマホの側面をとんとん叩いている。
今日は金曜日で。明日は土曜日で。明日はオフで。今日から誠一郎の両親は旅行に行っていて、日曜日の夜まで帰ってこない。俺は親に友達の家に泊まるからって言ってある。とん、とん、と指がスマホを叩いて、それでスマホがゆらゆら揺れている。ここは誠一郎の地元。これから俺は誠一郎の家に行く。呼ばれているから。だから行く。
気がついたら動画が終わっていて画面が真っ暗になって俺の顔が反射した。その顔が結構すごい顔でびっくりした。これじゃまるで怒ってるみたいだ。全然楽しくなさそうだ。やばいやばい。慌てて顔をリセットする。ぎゅっと強く目をつむって、顔の中心にパーツを寄せる感じ。それでばっと開く。それを三回くらいしていると、
「智志」
そう呼ばれた。顔を上げると誠一郎が立っていた。
「お待たせ」
誠一郎が笑う。
あぶない、セェーフ。
ファミレスで適当に飯を食った。誠一郎が色々話していて、俺はそれに相槌を打っていたけれど、あんまりちゃんと聞けていたか自信がない。俺の頭の中はこれから行く誠一郎の部屋にもう行っちゃってて、心ここにあらず、ってこういうことを言うんだろう。
そして、誠一郎の家に向かった。
きれいなマンション。オートロックのドアを開けて、エレベーターで七階へ。そういえば、人の家に来るのって久しぶりだ。小学校の頃はよく行った気がするけど、中学になってからぱったりなくなった。俺も人を呼ばなくなった。多分、そこが『自分の場所』にちゃんとなっていくからだ。そしてそれを守っている。そこに人を呼ぶってことは――。
なんて考えていたら、いつのまにか家の中に案内されていた。
――今度、うち来ない?
誠一郎からメッセージが来たのは一週間前。
――親がさ、旅行行くんだ。ちょうど部活オフで、用事もないから……どうかな
そう言われては、断る理由が特になかった。自然と、泊まることになった。
俺はそのとき考えなかった。
誠一郎は、どうして俺を家に呼んだんだろう。
多分、わざと考えないようにしていたんだ。
「ここが、俺の部屋」
そう言って誠一郎がドアを開ける。
部屋はきれいに片付いていた。俺が来るから慌てて片付けましたって感じじゃなくてちゃんとここで生活してるんだろうなって想像できる感じだった。机、本棚、クローゼット。
「とりあえずさ、ここ座って」
そう言って、学習机の前の椅子に案内される。俺はそこに収まって、横目で机の上を見る。参考書、辞書、ノートが並んでいて、赤シートとか単語帳が置かれている。勉強、してるな。
「お茶、汲んでくるな」
そう言って誠一郎は部屋を出て行った。俺は一人で、なんとなくそこから動けなくて座ったまま体と首を回して部屋を見る。俺の部屋と比べると、さっぱりしてる、って感じだ。とはいえ、過剰にものが少ないわけでもない。
お待たせ、と誠一郎がコップにお茶を注いで戻ってくる。俺はそれを受け取って聞いた。
「そういえば、誠一郎って兄弟いないんだっけ」
俺は当然弟か妹がいるんだろうと思っていた。
「いないよ」
一人っ子か。意外だ。誠一郎はしっかりしてるから、一人っ子って感じじゃないよ。弟って感じでもないし。うん、意外。俺はさ、弟いるんだ。意外だって言われる。一人っ子っぽいって言われるんだけど、そんなに俺って一人っ子っぽいかな? ていうか、それって悪口かな?
――ずいぶんぺらぺら喋ってるな、俺。
そんなことを不意に自覚して、急に自分が変なテンションだって気づく。
あ、やばい。そう思ったら急になんか緊張してきた。やばいやばい、さっきみたいな顔になってるかも。
俺は慌てて表情をリセットしようとぎゅうって顔のパーツを中央に寄せる。
「はは、その顔。面白い」
誠一郎が吹き出した。緊張してるからだよって言いたくなくて、でもこいつが笑ってくれたからそれでいいかなって思う。
「それ、さっきもしてたよな」
――わ! 見られてた!
はずかし!
「いやそのさ、」
俺はごまかしたくて立ち上がる。
「きれいだな、部屋。うん、ちゃんときれい。すごい」
ごまかしを続行して部屋の色々を見て回る。視界に本棚が入って、そこでは漫画がきれいに1巻から、出版社別で並んでいる。
「ちゃんと並んでる、本屋みたい、はは」
そう言って見ていると、読みたかった漫画があった。
「あ、これ、これ読みたかったやつ。見てもい――」
ふわっと黒い影が俺に近づいて、影なんて誠一郎に決まってる、って思う頃に、後ろから抱きしめられていた。
「あ、あ」
誠一郎の腕が俺の体をぐるりと囲って、俺がそこにいることを確認しているみたいに、誠一郎の手のひらがもぞりと動いた。
俺の頭の中で誰かが言う。
――いいか智志、今この家には俺たちしかいないんだぜ?
そうだ。
動揺。
俺は思わず体を起こした。
すると誠一郎はゆっくりと俺の体を回転させて、俺たちが向き合うようにする。誠一郎は俯いていて、顔がよくわからない。
そしてもう一度、正面からしっかりと抱きしめてくる。
俺はだらっと垂れている手を、ねばねばの水をかきわけて持ち上げて、誠一郎の背中に持っていく。
「せ、ちろ」
舌がもつれて変な言葉になった。それを聞いた誠一郎は抱きしめる力を少し強める。強めているのになぜだか優しくて、不思議だと俺は思う。
誠一郎はそのまま俺の背中を優しく撫でて、その手つきに普段と違う何かを感じてしまう。
ああ、くる、くる。
これはくるぞ。
キス。キス、するのかな。
だって俺たちはまだ一回もキスしてない。てかそもそも俺は人生で一回もキスしたことない。だから、もしするならこれがファーストキスってやつだ。だから俺はもう緊張しちゃって頭が働かなくて何もできない。
俺の初めては、誠一郎と……。
そう思っている俺を誠一郎はぎゅっと抱きしめて、そのまま動かなくて、俺は心臓がぶっ壊れそうで、どうしようって思っていた。
誠一郎が言った。
「さとしぃ……」
耳元のその声は、囁いたんじゃなくて思わずこぼれちゃった感じで。それから誠一郎は同じように我慢できない感じで言った。
「好きだ、好きだよ……」
俺は誠一郎の肩越しに誠一郎の部屋を見ながら、膨れ上がるように――胸がいっぱいになった。
だから誠一郎を抱きしめる力を少し強めようとしたけど、なんだかうまくできない。
俺は「俺もだよ」「俺も好きだ」って言いたかった。
だけど言いそびれてしまった。
だって恥ずかしかった。好きだなんて、恥ずかしくて言えない。いや、それだけじゃなくて、だって俺はまだ自分が誠一郎のことが好きなのかわかってない。告白されて、付き合って、ちゃんと楽しいけど――それだけじゃ好きだって言えない。それに適当にそんなことを言うのはよくない。だってそれは、きっと誠一郎に失礼だ。でも、俺は今それをすぐに言うべきだったのかもしれなかった。俺は、今、その言葉を誠一郎にあげるべきだったんだろう。けどもうタイミングを逃してしまっていて、俺はただなんとなく誠一郎を抱きしめ返しているみたいな感じになってしまった。
だから、やばい返事なくて誠一郎はがっかりするかもって不安になった。誠一郎は俺を抱きしめたまま静かに呼吸している。俺はどうしようもなくて、誠一郎の部屋の壁、今日初めて来た恋人の部屋の見慣れない色の壁紙をただじっと、じっと、見つめている。誠一郎はこの壁紙を毎日見てるんだと思う。誠一郎の体温をしっかり感じている。俺は今、人を抱きしめている。抱きしめられている。この人は、俺のことを好きだって言ってくれる人だ。
でも俺は好きだって言ってやれなかった。
急に、途方に暮れる。
――俺はどうすればいいんだろう?
――俺に何ができるんだろう?
でも、でも。
訳がわからなくなってしまって、いろんなことが急に頭の中でいっぱいになる。嬉しいとか焦りとか、困った感じとか幸せとか。処理しきれない感情の渦に飲まれてどうしようもなくなっていると、誠一郎は不意にパッと離れた。何となく顔を拭うようなそぶりをして、顔を逸らして、
「そろそろお風呂沸いたかな」
と言う。誠一郎の体を俺はぼんやり見ている。あの体とさっきまで抱きしめ合っていたんだ。くっつきあっていたんだ。
誠一郎が言った。
「智志から入ってきて」
一緒に入らないの、と思って、あ、なんか恥ずかしいこと考えた、と打ち消した。だから俺は、うん、そうする、としか言えなくて、そのまま部屋を出て風呂場へ向かった。一人で風呂場に向かって歩いて、せっかくだし一緒に入りたかったと思って、戻って呼ぼうかと思ったけど、やっぱりそれができない。
脱衣場で服を脱ごうとしていると、扉がノックされる。誠一郎の顔が覗いた。
「やっぱり、……一緒に入っても、いい?」
誠一郎の顔が見れなかった。俺は俯いたまま無言で頷いた。
服を脱ぎ始める。誠一郎も隣で脱いでいる。直視できない。
どうしようすごいどきどきする。
パンツだけになったけど俺はそれをなんだか脱げない。これから二人で一緒に入るのにこんなんで大丈夫なんだろうか。どきどきしすぎて爆発しちゃうんじゃないかな。って爆発はしないだろ。
自分でアホなことを考えたらちょっと気が紛れて、その隙に今だ! と思ってパンツを下ろした。
「先、入ってる!」
それだけ言って風呂場の扉を開ける。蓋の閉まった浴槽を見て、見て、俺は何をすればいいのかわかんなくなる。風呂入る時ってどうするんだっけ。何すればいいんだっけ。とりあえず、体洗えばいいのか。とりあえず俺はシャワーを出した。冷たい。まだ水だ。ああそうだボディータオルも持ってない。
そんなことをしていると扉が開いて、誠一郎が入ってくる。
当然だけど誠一郎も裸で、部活の合宿とかで何度も見たことがあるはずなのに、なんだか違って感じる。なんだかそれは特別な感じがする。体はきれいに筋肉がついている。胸筋が膨らんでて、腹筋も割れてて、それで、それで、俺の視線は引っ張られるように、下に下に向かっていって、そこにはちんこがある。
そりゃそうだ。そりゃそうなのに、当たり前の事実に俺はなんだか動揺する。誠一郎にちんこがあることに動揺する。当たり前なのに、なんでだろう? だって人のちんこなんてちゃんと見ない。他人にちんこがついてるなんて意識しない。便所で隣に立って小便してふざけて覗いたりするのはもう卒業しちゃったし、合宿とかだって隠すやつも多いから、もうそういうのあんまり慣れてないんだ。
でも、誠一郎にはちんこがついてて、ってことは当たり前に誠一郎は男で、俺の恋人は男なんだって今更思う。
じろじろ見るのも悪いから俺は視線をそこから無理やり引き剥がして前を向いた。誠一郎は俺の顔の少し下を見ていて、誠一郎も顔をあげた。
すぅっと誠一郎の顔がゆっくり近づいてきて、あ、って思う頃には誠一郎の唇が俺の唇に重なっていた。あ、キスしてる。とひとごとみたいにぼんやり思った。浴室は湯気でもわもわしていて、シャワーが足にかかっていて、そのシャワーはいつの間にかちゃんとお湯になっていて、温かいその感覚が気になって、でも誠一郎の唇は俺の唇に重なっていた。俺は口をきゅっと結んで、誠一郎は何度か唇を重ねて離して傾けてくっつけて、俺はどこで息すればいいのかよくわかんなくて「ぷふっ」って声が漏れた。
それで誠一郎は笑った。
太ももに何かがあたって見下ろすと誠一郎のちんこがめっちゃ硬くなっていた。隣で俺のちんこも硬くなってた。風呂だからお互いに隠しようもなくて、俺は誠一郎のちんこをまじまじ見つめてしまった。他人の固くなったちんこなんて見たことない。
「見る、なよ」
誠一郎は言う。言いながら、誠一郎もちゃんと俺のちんこを見ているのがわかる。そのまま誠一郎が俺のちんこを触ってくれるかなって思ったけど、触ってこなそうで、あ、だったら俺から触ってみようかなって考えて、でも結局できなかった。
「座って」
そう言って風呂場の椅子に俺を座らせると、誠一郎はシャワーを手に取って背中を流した。誠一郎の鏡越しの嬉しそうな表情。それを見て、なんだろう、今日俺何もできてないなって思った。誠一郎は俺にいろいろしてくれてるのに、俺は誠一郎に何もできてない。任せきりだ。
「二人で入るにはちょっと狭いかな」
誠一郎は浴槽を見下ろして言った。
「全部お湯流れちゃうんじゃない?」
「そうかも。本当にそうなるか試してみよ」
そう言って誠一郎は浴槽に入って、俺の腕を引っ張った。俺も中に入る。
お湯が滝みたいに溢れて、ごぼごぼ排水口から流れていく。あまりの勢いにプラスチックの椅子も少し流れた。
「ほとんどお湯残ってないかもな」
誠一郎が言う。浴槽はうちのほど狭くないけど、広くもないから、体がかなり密着していて恥ずかしい。ぱしゃぱしゃと誠一郎がお湯を掬って俺の肩にかけた。
「智志」
そう言って、俺の頬に手を添える。俺は何をすればいいのか、どうすればいいのか、わからなくて目を伏せてしまう。でもそれじゃダメだって思って、誠一郎を見つめ返す。それくらいなら、今の俺にもできたから。
それで誠一郎が微笑む。
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