第16話 こうして抱き合えると、何も怖くない気がするんです

 その日の夜。俺はアメリアが用意してくれた夕飯を平らげ、宿の部屋でくつろいでいた。メインディッシュは鶏肉の香草焼き、付け合わせには新鮮な野菜のサラダ。デザートに小さな焼きリンゴも添えてあり、まるでレストランのようなクオリティだった。


 食後にはお茶を淹れてくれ、テーブル越しに会話を楽しむ。アメリアのメイド服姿はもちろん清楚だが、エプロンをつけて料理をしている時の姿もまた可愛らしい。


「本当にうまかった……アメリア、ありがとう。料理までこんなに完璧で、なんか申し訳ないくらいだよ」


「とんでもない。ご主人様が美味しそうに召し上がってくださるのが、私にとって何よりの喜びです。もっともっと腕を磨かなければ……と思っておりますわ」


「いや、すでに充分すぎるくらいだけど……。でも、アメリアが楽しんでやってるなら、俺も嬉しい」


 アメリアは照れた様子で「うふふ」と笑う。ふと見ると、彼女の頰も少し赤い。温かい室内で、俺たちの距離が近いせいだろうか。


「そうだ、食器を洗うのは俺がやるよ。さすがに何から何まで任せるわけにはいかないし、ちょっとくらいは手伝わせて」


「まぁ……でも私、メイドですし……」


「いいの。たまにはやらせてくれ。俺もやると決めたから」


 アメリアは一瞬「でも……」と迷ったようだが、結局は「では、ぜひお願いいたします」と微笑んだ。二人でキッチンへ行き、洗い物を分担する。アメリアが隣で布巾で拭いてくれて、俺は洗いながら雑談する。


「その……昨日の夜のことだけど、アメリアは痛みとかなかった? 俺、無理させちゃったかもと思って」


「いえ、大丈夫ですよ。……私も、その……嬉しかったですし、ご主人様に触れられて、とても幸せでした」


 アメリアは微かに視線を下に落としながら、そう返事する。彼女の頰がほんのり紅く染まっているのを見ていると、こっちまでドキドキしてきた。


 まさか食器を洗いながらこんな会話をする日が来るとは……前世の自分からすれば夢のようだ。俺は泡立てたスポンジを握りしめつつ、複雑な感慨を抱く。


(なんていうか、本当に幸せだよな……こんな平穏な時間が永遠に続けばいいのに)


 洗い物がひと段落すると、アメリアが少しだけタオルを置いて、俺の手を取る。


「ご主人様……もう一度、しっかりと抱きしめていただけませんか?」


「え……?」


「さきほどから、ずっとそうしたくて……。いえ、私の我儘かもしれませんが……」


 その瞳は潤んでいて、まるで少女のような純粋さを帯びている。俺は何も言わずにタオルで手をざっと拭き、アメリアを引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。


「……アメリア。俺も、こうして触れ合えるのが大好きだよ」


「ご主人様……ふふ、ありがとうございます。こうして抱き合えると、何も怖くない気がするんです」


 耳元にアメリアの甘い息がかかり、体がくすぐったいような、でも安心できるような不思議な感覚に包まれる。俺はもう一度腕に力を込め、彼女を守りたい衝動に駆られる。


 しばらくしてベッドのほうへ移動し、並んで腰掛ける。手を繋ぎ合い、静かに呼吸を感じ合う時間――特別な言葉なんてなくても、それだけで胸がいっぱいになる。


 やがてアメリアがつぶやくように言った。


「ご主人様……私、あなたにお仕えできることが嬉しくて、毎日がとても幸せです。……でも、もしご主人様が私以外の誰かを望むようになったら、どうなるのかなと、少し考えてしまうんです」


「え……」


 正直、そんなことを考えたことがなかった。アメリアの存在があまりにも大きくて、他の誰かを求めるなんて想像できない。


 彼女は自嘲するような微笑みを浮かべて続ける。


「もちろん、メイドはご主人様に仕える立場ですから、もし他の従者や仲間を欲すると言われたら、私は反対しません。でも、少しだけ、胸が締めつけられるような気がして……」


「アメリア……」


「ごめんなさい、変なことを言いましたね。全肯定メイドなのに、自分の想いを優先するなんて……」


 その言葉を遮るように、俺はアメリアの頰に触れ、そっと向き合わせる。瞳を覗けば、不安げな光が揺れているのがわかる。


「バカだな……俺が、アメリア以外の誰かを求めるわけないだろ。だって俺は、アメリアがいてくれるだけで満たされてる。……今さら他の人に興味なんてわかないよ」


「ご主人様……本当、ですか……?」


「本当だよ。……だからそんな顔しないで。俺にとって、アメリアがすべてだ。大げさじゃなく、アメリアのおかげで生きる喜びを感じてるんだ」


 アメリアの瞳がわずかに潤み、次の瞬間、彼女は俺の胸に顔をうずめるように抱きついた。


「ありがとうございます……ご主人様、私……とても嬉しいです。こんなに満たされた気持ちは初めてかもしれません」


「俺だって同じだよ。……いつまでも二人でいよう。絶対に、離れたりしないから」


 言葉に詰まるほどの感情が込み上げる。俺はアメリアをそっとベッドに倒すように押しつけ、彼女もそれを受け入れる。体を重ねてキスを交わし、さらに深い愛情を確かめ合う。


 俺たちはお互いに求め合う気持ちが抑えられず、一線を越えて熱を分かち合っていく。まるで何度でも確かめたいように、長く、甘い時間を過ごす


「……好きだよ、アメリア」


「私も……大好きです、ご主人様。何度言っても足りないくらい……」


 お互いの想いを伝え合い、やがて静かな安堵の海に沈んでいく。いつしか二人の呼吸は落ち着き、俺はアメリアを腕に抱えたまま微睡んでいた。


 夜が更け、ベッドのシーツに二人の体温が溶け込む。これ以上ないほどの安心感が胸を満たし、俺はアメリアの髪を優しく撫でながら思う。


(前世の俺に教えてやりたいな……こんな幸せがあるんだって。全肯定メイド・アメリアは、俺が転生時に願った最高の特典だよ)


 そして、すべての不安や疲れが吹き飛ぶような静寂の中、俺たちは抱き合いながら眠りにつくのだった。

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