第14話 ふふ、私こそ、ありがとうございました

 翌朝、俺は安らかな目覚めを迎える。アメリアの腕に包まれ、同じベッドで体温を分かち合いながら眠るのは、もう毎日の恒例になりつつあるけれど、昨夜はまた一段と特別だった。


 瞼を開けると、アメリアが穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。黒髪がさらりと流れて、顔まわりをやわらかく縁取っている。


「おはようございます、ご主人様。今朝も、とてもいい寝顔でしたわ」


「そっか……おはよう、アメリア。昨日は……その……ありがとう」


「ふふ、私こそ、ありがとうございました。今もこうして、ご主人様の隣にいられて幸せです」


 その言葉に胸がじんわり熱くなる。思わずお互いの手を取り合い、再び抱き合いたい衝動に駆られるが、今日はやるべきことがある。


 俺たちは朝食を取り、ギルドへ正式な戦果報告をしたあと、森の被害が解決したことをあらためて確認される。ドリーム・ウルフ・ロードの危険性は非常に高かったため、ギルドの職員も驚いていたが、無事にクエスト達成扱いとなった。


「ありがとうございます。これで、“微睡む森”で行き倒れになる被害も激減するはずです」


 職員が頭を下げると、アメリアは深々と礼を返す。そんな彼女の姿を横目で見つめながら、俺は誇らしさと共に、ほんの少しの照れを感じる。まだ昨夜の余韻が抜けていないのか、アメリアを直視すると胸がドキドキしてしまう。


「ご主人様……どうなさったのです? 顔が少し赤いようですが……」


「い、いや、なんでもない……」


「まあ、もし体調が悪いなら、すぐに宿へ戻りましょうか?」


「だ、大丈夫、大丈夫だって」


 アメリアは首をかしげつつも微笑んで、俺の頰にそっと手を当ててくれる。周囲に人がいるのに、こんなに堂々と甘やかされると、さすがに恥ずかしい。


 結局、ギルドからの報酬を受け取り、俺たちは街へ戻って装備の修理やポーションの補充などを行う。スラッジラット討伐やドリーム・ウルフ討伐で、だいぶ消耗した物資を補っておかねばならない。


「ご主人様、弾丸は余裕を持って買っておきましょう。昨日みたいな強敵が出ると、あっという間に弾切れになりかねませんから」


「そうだな。アメリアのレイピアは大丈夫か? 刃こぼれしてない?」


「少しキズが入りましたが、鍛冶屋さんに研いでもらえば直りますわ。私のほうは心配いりません」


 こうして、二人で協力して買い物をこなし、荷物が増えればアメリアがバランスよく持ってくれる。正直、俺だけなら面倒で放置しかねないが、彼女がいてくれるおかげで抜けがない。


 買い物を終えた頃には日も傾きかけていた。ふと見上げると、今日のリスタウンの空は雲一つなく、オレンジ色に染まっている。忙しい日々の合間に、こんな美しい夕焼けを見ると、なんだか心が洗われる気がする。


「ご主人様、少し休憩をとりませんか? 街角のカフェで、お茶をしていきましょう。お疲れでしょうし、甘いものでも召し上がれば元気が出ますわ」


「あ、いいね。実はちょっと甘いもの欲しかったんだ」


 アメリアはすぐに俺の意を汲んで、近くのカフェへ案内してくれる。小さな店先には植物が飾られ、いい雰囲気だ。


 中へ入り、静かなテーブル席に腰を下ろすと、アメリアが「どんなお菓子がよろしいでしょう?」と控えめに尋ねてくる。


「ケーキとか、パフェとか……でも、甘すぎるのもどうかな。アメリアは何が食べたい?」


「私は……そうですね。フルーツタルトなんていかがでしょう? 甘さと酸味のバランスがちょうどいいかと」


「いいね。じゃあ、俺もそれにしよう」


 こうしてフルーツタルトと紅茶をオーダーし、しばし待つ。俺たちが談笑していると、隣のテーブルにいた女性客がアメリアに気づいたのか、ささやかな感嘆の声を上げる。


「まぁ……素敵なメイドさんね」


 本人には聞こえないつもりのようだったが、俺の耳にはしっかり届いた。確かにアメリアは街中でも目立つ。清楚なメイド服、穏やかな笑顔、スラリとした立ち姿。思わず胸を張りたくなるほど自慢したい相手だ。


(俺はすごい人と一緒にいるんだな……)


 ちょっと誇らしくなって視線を戻すと、アメリアが首をかしげて「どうかしましたか、ご主人様?」と笑う。


「いや、なんでも。……あ、来たよ、タルト」


 サーブされたフルーツタルトは、鮮やかな彩りで見た目にも美味しそうだ。紅茶の香りも芳醇で、つい顔がほころぶ。アメリアも嬉しそうに微笑み、一口食べてから言った。


「ふふ、とても甘くて幸せですわ。ご主人様は、いかがでしょう?」


「うん、美味い。こういうとこでのんびりするのも悪くないな……」


 森での激戦を思い返すと、こういう平和な時間がいっそう尊く感じられる。隣にアメリアがいて、美味しいものを食べ、好きなだけ語り合える――それだけで何もかも報われる気がする。


 スプーンでタルトをすくいながら、アメリアが穏やかに話し始める。


「ご主人様、これからの冒険について、ご予定はありますか? もっと大きなダンジョンにも挑戦なさるのでしょうか」


「そうだな……正直、レベルアップはしたいし、稼ぎも欲しい。でも、あまり無理するつもりはないよ。アメリアとのんびりクエストをこなしていければ、それでいい気もする」


「まぁ……嬉しいですわ。確かに急ぎすぎると、今回のように危険な相手と遭遇することもありますものね」


「うん。だからしばらくは、中級クラスのダンジョンを中心に回ろうかなって思う。もちろん、アメリアの体調や気持ちも優先したいし」


 そう言うと、アメリアは頰を染めて目を伏せた。


「……ありがとうございます。私も、ご主人様のもとで穏やかにお仕えしたいという想いは強いです。それでも、もしご主人様がより大きな力を望まれるなら、私は止めません。それこそ“全肯定メイド”として、どこまでもついていきますわ」


「アメリア……」


 彼女の覚悟が、いつもながら眩しい。俺自身、転生特典として「全肯定してくれるメイド」を望んだわけだけど、ここまで完璧に支えてもらうと、感謝とか愛情とか……いろんな気持ちが溢れてくる。


 会話を続けながら、タルトと紅茶を平らげる。ちょうどいい甘みが身体に染みて、疲れが取れていくようだ。アメリアは最後の一口を味わいながら、まるで子供のように楽しそうにしている。


「ふふ、おいしかった……ご主人様と一緒に甘いものを食べられるなんて、幸せです。これもメイド冥利に尽きますわ」


「いや……別にメイドじゃなくても、こういう幸せはあるだろ。でも、こうしてアメリアと過ごすのが一番落ち着くよ」


「まぁ……嬉しい限りです。私もご主人様のそばでくつろげる瞬間が、一番幸せですもの」


 二人で目を合わせ、柔らかい笑みを交わす。たとえ冒険の先にどんな困難が待ち受けていようと、いまはこうして肩の力を抜いていい時間だ。


 アメリアと一緒に過ごす小さな日常。夜になれば、また同じベッドで抱き合って眠る。その繰り返しを、俺はずっと大切にしたいと思う。


 こうして、森の災厄から戻ってきた俺たちは、新たな一歩を踏み出す準備をしていた。強敵との戦いは恐ろしかったが、そのぶん二人の絆は深まり、確固たるものになった気がする。


 俺は笑顔でカフェを後にし、アメリアと手をつないだまま、沈みゆく夕日を背に宿へと帰る。次のクエストはゆったりしたものを選び、しばらくは甘い休息を満喫しよう。

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