第11話 ご主人様の判断にお任せいたします

 さらに森の奥を進んでいくと、一帯は霧が濃くなり、樹々がやけに巨大化しているように感じられた。木の幹に苔がびっしり生え、奇妙なツタやキノコの類が生息している。


「ご主人様、あの辺りのキノコからも眠り成分が放出されているように思えます。なるべく近づかないよう気をつけて」


「わかった。……うわ、あれが噂の“スリープマッシュルーム”か。下手に踏むと胞子が舞いそうだな」


 小声で話し合いながら通路を探す。右も左も似たような風景が続いており、方向感覚が狂いそうだ。アメリアはコンパスのような魔道具を取り出して、方角を確認している。


「どうやら北東へ進めば、森の中心部に出られるようです。そこに今回の原因となるモンスターが潜んでいるかもしれませんわ」


「了解。じゃあ慎重に行こう。最悪、眠気で動きが鈍ったら撤退も視野に入れて」


「ええ、ご主人様のおっしゃる通りです。無理をしては元も子もありませんから」


 二人が意志を固め、進み始める。途中で小型のモンスターに遭遇することもあったが、薬草をかじりながら迅速に対処していった。スライム状の生物が襲ってくることもあったが、アメリアのレイピア捌きで一瞬にして粉砕される。


 そんなこんなで約一時間ほどかけ、森の中心へたどり着く。そこには大きな古木が聳え立ち、幹の根元に洞窟のような空洞が口を開いていた。


「ここが……怪しい。中にモンスターが巣食ってるかもしれないな」


「ご主人様、お気をつけてください。もし眠りや毒を操るような強敵なら、奥で待ち構えている可能性があります」


「そうだね。行こう、アメリア」


 洞窟の中へ足を踏み入れると、空気が急に冷たくなる。しかも微かに甘い香りのようなものが漂っていて、また眠気が誘われる気配がする。


(くっ、ここで眠らされたら終わりだ)


 覚悟を決め、再び眠気対策の薬草を口に含もうとした瞬間、不意に洞窟の奥から獣のような叫び声が響き渡った。


「ご主人様、来ます……!」


 アメリアが警戒姿勢をとったのと同時に、緑色の体毛を持った狼のようなモンスターが四つん這いで飛び出してくる。目は爛々と輝き、口から青白い霧が漏れていた。


「“ドリーム・ウルフ”か……!」


 俺もハンドガンを構え、アメリアの背中をカバーするように立ち位置を決める。相手の動きは俊敏そうだし、眠りのブレスを吐くことで知られている危険な獣だ。


 ウルフは勢いよく飛びかかろうとした……が、俺が先手を打って発砲。だが、弾丸は紙一重で外れてしまい、空の岩肌に衝突する。


「速い……!」


「ご主人様、もう一体……!」


 アメリアが叫ぶと同時に、真横の壁からもう一匹のウルフが姿を現し、こちらに襲いかかってくる。二匹が同時に包囲する形だ。俺は咄嗟にバックステップで距離を取り、アメリアは正面を担当してくれている。


 正面からのウルフをアメリアがレイピアで翻弄し、俺は横のウルフを狙ってナイフを構える。狭い洞窟だが、油断すれば一瞬でやられかねない。


(冷静になれ……相手の動きを読んで……)


 肩越しにアメリアの動きをチラリと見やると、彼女は狼の首元を狙って鋭い突きを放った。しかしウルフも負けじと跳び退き、口から白い霧を吹き出す。


 案の定、眠りブレスが一瞬漂った。アメリアがわずかに足を止め、ふらつく。まずい、援護しなくては――と考えた瞬間、横合いからもう一匹のウルフが突進してくる。


「アメリアっ……!」


 俺は声を張り上げながら、咄嗟にハンドガンを振り向きざま撃ち込む。弾丸はウルフの肩をかすめる程度だったが、動きを鈍らせるには十分。アメリアもその隙にブレス圏から退避し、薬草をかじって意識を保つ。


「ありがとうございます、ご主人様……何とか大丈夫です」


「よかった。……油断ならないな、こいつら」


 二匹のウルフは再び距離を取り、こちらを警戒するように唸り声を上げる。洞窟の奥にはまだ何かいそうな気配があるが、まずはこの二匹を倒さないと先に進めない。


 アメリアと視線を交わし、同時にうなずく。今度は俺が囮を引き受け、アメリアが決定打を狙う作戦に切り替えた。


「――おい、こっちだ!」


 わざと声を張り上げ、ウルフの注意を引く。すると二匹とも一瞬俺に目を向ける。その瞬間にアメリアが素早いフットワークで背後へ回り、狙いを定めたレイピアで一気に突き込む。


「はあっ……!」


 見事な一撃がウルフの後ろ足を貫く。悲鳴を上げたウルフが態勢を崩したところへ、俺がすかさずハンドガンで追撃し、トドメを刺す。


 残る一匹も仲間が倒れたことで焦ったのか、無秩序に飛び掛かってくる。俺は身を低くしてかろうじて回避したが、髪の毛がかすかに裂けたような感触があった。


「くっ……アメリア、任せていいか?」


「はい、もちろんです」


 アメリアは一瞬で懐に入り込み、ウルフの胸元を突き上げる。鋭い刃が深々と刺さり、衝撃でウルフの体が弾かれた。そこへ俺がとどめの一撃をナイフで斬りつけ、首筋を切り裂いて息の根を止める。


「ふう……倒した。大丈夫か、アメリア?」


「ええ、眠気は少し残っていますが薬で何とか……ご主人様こそ、お怪我はありませんか?」


「ちょっと髪が裂かれたくらいかな。けど、傷はないよ」


 安堵したように胸を撫で下ろすアメリア。俺もホッとしたが、洞窟の奥がまだ気になる。ドリーム・ウルフが二匹もいたということは、さらに強い個体が潜んでいるかもしれない。


「先に進む……? それとも、一度引き返す?」


「ご主人様の判断にお任せいたします。ですが、まだ原因を突き止められていない以上、ここで帰るのは惜しい気がします」


「そうだな……眠りの被害が続くなら、結局また来ないといけないし、体力があるうちに進むか」


「はい、私もご一緒いたします。危険でしたら、いつでも帰還しましょう」


 そう決めて、再びアメリアと手をつないだ。彼女の手からは少し震えが伝わるが、俺の目を見て微笑んでくれる。その笑顔に俺も勇気をもらい、奥へと足を踏み出す。


 そして、さらに進むと、想像を上回る強大なモンスター――ドリーム・ウルフの“リーダー格”が待ち受けていた……。


 ――激闘の果て、俺たちはリーダー格のウルフをどう迎え撃つのか。その答えは、アメリアと共に作り上げる連携にこそある。


 長く危険な戦いを終えた夜、俺たちはまた、深く熱い抱擁を交わすことになる――そう予感しながら、心を奮い立たせる。今夜もきっと、彼女の温もりに包まれて眠りたい。

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