第2話 祥子
翌日の朝、教経が登校のために家を出るとすぐに祥子に出くわした。
「待っていたのよ」と祥子。「昨日の夕方に胸騒ぎがしたけど、引っ越しで家を出られなかったの。すぐ行ってあげられなくてごめんね。」
祥子は体が大きくておっとりした性格だが人並外れて勘がするどい。範経は何も言わず、祥子の大きな胸に飛び込んだ。
「範経、何があったの?目を見せて」と言い、範経の頭を両手で押さえた。互いの額がぶつかるほど顔を近づけて範経の目の中を覗き込んだ。
「おめでとうって言いたいけど、このまま学校に行かせるわけにはいかないわ。家に来てちょうだい」と言い、範経の腕をつかんで祥子は自分の家に引き返した。
「引っ越したばかりで散らかってるけど、入って」と祥子。
母親の真理子が「どうしたの?」と奥から出てきた。段ボール箱がまだ積んである玄関で祥子と範経は靴を脱いで上がった。
「範経と大事な話があるの」と祥子。「しばらく入ってこないで。それとお母さんの避妊薬を後でちょうだい」と言って範経の手を引いて二階へ上がった。
「だめよ、範経。逃げないで。あたしだってずっと待ってたんだから、ちゃんと彼女として扱ってもらうわ」と言いながら、さっさと自分の制服を脱いだ。
祥子は範経の制服を手慣れた様子で脱がした。痩せた範経の体を両手で抱きかかえた。「何も怖がらなくていいのよ。何もやましいことはないわ。何があってもあたしが範経を守るから。」
祥子は範経を抱えたままベットで横になった。「だからあたしを範経のものにして」祥子は範経と向かい合わせになり、目を見つめた。瞳の中を覗き込んだまま、仰向けになり範経を体の上に載せた。「いいのよ。」
昼前になって、下着姿の祥子と範経が一階のリビングに降りてきた。祥子は、困った顔をしている真理子に「お薬ちょうだい」と言った。祥子は受け取った錠剤をコップの水とともに飲みこんだ。「新しいシーツが欲しい」と祥子。
「後で出しておくわ」と真理子。
「シャワーを浴びるてくる」と祥子。
「学校はどうするの」と真理子。
「シャワーを浴びたら行くわ」と祥子。
「じゃあ昼ご飯を食べていきなさい。今、用意するから」と真理子。
真理子は簡単な食事を用意した。ダイニングにさっぱりした顔をした祥子が範経を連れて入ってた。
「座りなさい」と真理子。
「お腹がすいたわ」と祥子が上機嫌に言いながら座った。
範経は気の毒なほど居心地が悪そうだった。
「学校に連絡しなくていいの?」と真理子。
「登校中に気分が悪くなったから範経に付き添ってもらって帰宅したって先生に伝えて。それから午後から登校するって」と祥子。
真理子は、祥子が範経のことを好きなことをよく知っていた。今回の引っ越しでは、祥子の希望でわざわざ範経の家の近所の土地を選んだくらいである。だが今回のことはどのようなに対処していいのか分からなかった。
小学生の頃、不登校だった祥子を立ち直らせたのは範経だった。その後は学年でトップ争いをするほどの成績をあげ、さらに体格のよさを生かしたスポーツに打ち込むように仕向けたのも範経だった。母親から見て文句のつけようのない娘のボーイフレンドだが、祥子があまりにものめりこみすぎているように思えた。
祥子は頼りなさげな範経の世話をうれしそうに焼いている。範経はおとなしいが、若者離れした聡さを持っている。そして真理子の母親としての気持ちをはっきりと察している。真理子はどうしたものかと途方に暮れた。
「範経君を独り占めしたら、由紀ちゃんがかわいそうじゃない?」と真理子はかろうじて関連した質問をした。
「由紀は昨日、範経の童貞を奪ったのよ」と祥子。
真理子はぎょっとして範経を見た。
「範経の左頬がはれてるでしょ。由紀が張ったの。そして力づくで押し倒したのよ。学校に行ってすぐに由紀と話すわ」と祥子。
範経は俯いたままだった。
「ケンカはだめよ」と真理子。
「それは分からないわ」と祥子。
「ごちそうさま」と祥子が立ち上がり、範経の腕を引っ張った。
範経は「ごちそうさまでした」と消え入りそうな声でささやくと、頭を下げて祥子とダイニングルームを出て行った。
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