《汐梨》

頭の中にぼんやりと浮かぶ一か月前のわたし。

美湖を見殺しにしたわたし。

今でも、ふと、時間が出来ると一ヶ月前の行動を考えてしまう。

悲しみの感情は少ない。この街では、たくさんの人が死んで行った。友達が死んだのは何度目だろうか。

しかし、罪悪感は何回目かの今も、薄れることは無い。わたしは、やはり自分の命がいちばん大切なのだ。命をかけてまで友達を助けられない。

わたしが悪いわけではない。そう自分に言い聞かせても、罪悪感がぬぐえない。

仕方ない、美湖を助ければ、わたしが死んでいたのだから仕方がない、そう思うも、納得がいかず、悶々とする。

ヴゥーヴー

物思いにふけっていると、スマートフォンが振動した。

バクンとその音に心臓が飛び跳ねる。

スマートフォンを拾い上げ、少しの間の後、通話ボタンを押した。

「はい。もしもし。」

美湖の事を考えていたせいだろうか。

わたしの沈んだ心が声となり、口から飛び出した。

とでも陰鬱なわたしの声が自分自身に重たくのしかかる。

「もしもし、明日ショッピング行こう?汐梨、空いてる? 」

一か月前、美湖の母から電話が来てすぐ、凛には美湖の死を知らせたからであろう。彼女は、わたしを心配し、誘ってくれたのだ。

「うん。空いてるよ。」

美湖の死のショック───いや、罪悪感から抜け出したい。わたしはそう思い、彼女の誘いを承諾した。


ショッピングはよい気晴らしになった。

しかし、罪悪感は消えず、未だわたしの心を締め付けている。

道中、わたしは道に座り込む、古めかしい服装の男性に目が止まった。

「どうされましたか?」

わたしが声をかけると、男性はぐったりとした様子でこちらを見た。立ち上がれないのだろうか。

凛が手を差し伸べると、彼は手を握る。

その刹那────彼は消えた。

そう────跡形もなく消えたのだ。

彼のいた場所に目をやると、すり変わるかのようにわたしが立っている。

わたしは目が釘付けになったかのように、もう一人のわたしに目が離せないでいた。

もう一人のわたしは唖然としている。

そして、わたしも、唖然としている。

その様子はまるで鏡で自分を見ているようで、とても恐ろしく、奇妙だ。

わたしたちは虚空を見つめ、ただただ、その場に立ち尽くしていた。

焦りと不安を感じ、凛に駆け寄る。

そして、わたしは口を開いた。

「凜、この人誰?」

わたしの問いかけに凛は答えず、わたしの見た目をした、それに話しかけるのであった。

その瞬間、わたしは確信した。

今度はわたしの番が来たみたい。

心の中で、そう呟いた。

わたしは知っている。この街の下にはたくさんの人が埋まっている。

昔、この街は墓地であった。

ここには佳代子という少女も埋まっている。

美湖の性格が変わってから少しして、美湖が、亡霊───佳代子に憑依されるシーンがわたしの記憶の中に紛れ込んだ。いつから、わたしにその記憶があるのかはもう分からない。

まるで、前からある記憶のようにそれは突然、わたしの脳に入ってきたのだ。

わたしは二年前、この街に越してきてから、度々一人の少女とすれ違っていた。

初めは、生者だと思っていたけれど、あの日を境にわたしは少女が死者だと知った。


美湖に佳代子が、憑依してからわたしは彼女とパタリと遭わなくなったのだ。

そう────その少女こそが佳代子、霧島佳代子なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る