23 逆ハーレム?
数秒、ぼーっとしていた。過去の記憶を見ていた気がする。
「ぐっ……!」
兄が苦しそうに身じろぎしたので我に返る。
「お兄ちゃん!」
やっぱり今は、お兄ちゃんを病院に連れて行かないと――!
突如、兄が上半身を起こした。右手で脇腹を押さえている。
「お兄ちゃん……?」
「――やれやれ。よくもまぁ、僕の身内に酷い事してくれたよね」
兄の言動に違和感を覚える。兄は自分を「僕」とは言わない。声のトーンも違う。
彼は数メートル離れた場所でタクマ君に捕まっているジン君を睨んでいる。竦んでしまいそうな程の冷たい瞳で。
「本来なら、今すぐに消してるところなんだけど」
兄は言い捨てて瞼を伏せる。そのまま立ち上がるので驚く。
「お兄ちゃん……?」
怪我は大丈夫なのだろうか。
優しい眼差しを向けられる。
「この体は預かるよ。治癒するまでに大分……時間は掛かると思うけど。いいね?」
喋り方や声の雰囲気に覚えがある。いつか、この世界の説明をしてくれた人だよね? 身内……? まさか……。
少しの笑みを残して歩き出した彼へ、手を伸ばす。
次の瞬間、相手を見失う。伸ばした手が空を切る。兄の姿が消えた。辺りを見渡すけれど……いない。血の染みさえもない。
呆然としつつ、思い至った人を呟く。
「お父さん……?」
瞼を開ける。自室にいる。何の変哲もない朝。……ただ、兄がいない。あの日、消えてしまった。
あれから……どこかでひょこっと戻って来るのではないかと、兄の行きそうな場所を捜していた。
私は、暫く学校を休んでいた。今日は久々に登校する。
中学校の側にある川を、ぼうっと眺めて歩く。
水面に陽が射す。昨日までの雨で落ちた雫たちが、キラキラと輝きながら流れて行く。
兄が……多分あの時、中身は父だったのだと思うけど……姿を消す直前に残してくれた言葉を、生きる希望にした。
休んでいる間、友達を心配させていたようだ。特に、るりちゃんに抱き付かれて胸が、じんとした。
ジン君は遠巻きに、こっちを睨んでいる。
彼に絡んでいく人物がいる。タクマ君だ。海辺で兄の姿を見失った、あの後。タクマ君にジン君の事を頼んだ。タクマ君は快諾してくれた。
タクマ君に聞いた。ジン君の抱えるものについて。家族との不和があるらしく、ジン君の内面に大きく影響しているようだった。
「お前、根は悪くねェんだから……もう少し自分を信じろよ」
タクマ君がジン君に話し掛けている。肩を組んできたタクマ君を不快感も露わな目で睨んでいるジン君の眉が、ピクリと反応する。
「悪くない?」
聞き返したジン君に、タクマ君が続ける。
「ああ。魔法を使ってる時の、お前……痛そうな顔してたぜ?」
「痛いの、嫌いだから」
「家族に何だかんだ言われてるみてーだが。他人の評価を鵜呑みにしてると、いいように自滅させられる事もあるぞ? お前の事を一番分かってんのはお前だから、簡単に自分の信念を……曲げんなよ」
「……っ!」
タクマ君の言い分が、何か響いたのかもしれない。ジン君の目に光が差したように見える。
タクマ君に、私が休んでいた間のジン君の様子を報告してもらう。休み時間に屋上で話した。
逃避行ルートの、あの日……。タクマ君がフード付きの長袖パーカーを着ていたのは、ジン君にも転生前の記憶があった場合……タクマ君がジン君を止めようとしているのがバレて失敗する可能性があると踏み、フードで目立ちやすい赤い髪を隠していたらしい。
タクマ君が私に不都合な噂を流したのは、ジン君が私に執着しているのを逸らす為だった。上手くはいかなかったけど。
ずっと疑問に思っていた事を聞く。
「何で私を助けようとしてくれたの……?」
タクマ君は真剣な雰囲気で答える。
「転生前、ある人と約束したから」
「誰と?」
尋ねると、視線を逸らされた。彼の向く先には屋上への出入口があって、ドアが閉まったところだった。直前に何かが見えた。犬の耳みたいな、あの髪は……。
「……教えねぇ」
タクマ君は言いながら「くっくっ」と、楽しそうに笑っている。
中学を卒業する日が訪れる。
あの海辺での出来事を、考え続けている。
――本当は、もう戻らないんじゃないかと失望しそうになる。
兄は私を助ける為に、願いを使ったのだと思う。私の願いは、お兄ちゃんもいないと叶わない。
……だから。
多分……今もきっと、どこかで笑ってる。どこかで私を見守ってる……。
「くしゅっ」
隣にいるタイチ君が、くしゃみをした。
兄を思い返す度に、寂しい。いつまでも癒えない感傷が疼く。だけど、傍にいてくれる人がいるから……頑張れているよ。タイチ君に恩返ししたい。
もしかしたら、兄が治癒して戻ってくるのは来世になるのかもしれない。父が、私を悲しませない為についた嘘だったのかも。そうだったとしても。私には必要な嘘だった。
閉じていた瞼を開いて微笑む。
胸の痛みは、死んだ後も共にあるだろうか。確かに、この世界に存在した。彼が私と出会った、唯一の証。
両手を胸の前で組む。もう一度、瞳を伏せる。
お兄ちゃん。私……お兄ちゃんが救ってくれた「私」を、大切に生きるからね。
「ッ……くしっ」
タイチ君がくしゃみをした後で、鼻を啜っている。ティッシュを手渡す。彼は、微かに笑って言う。
「風邪かな?」
その時。タイチ君の内部で、凄まじい変化が起こっていた事を……私は知りもしなかった。
「タイチ君」の中に「兄」の意識が入り込んでいたらしい。二人は私に気付かれぬよう誤魔化し合いながら……体の主導権を巡り、日夜せめぎ合いを繰り広げていた。
いつからか、タイチ君の口数が少ないと感じていたけど……そのような内情だったとは。
「親父め……! 『体の治癒が長く掛かりそうだから取り敢えず、ここにいて』だと?」
兄が彼を主導している際に愚痴っていた。
「しかも。望みが叶ってこうなったらしいが……これは違うんじゃないか? ずっと羨ましいとは思ってたけどさ!」
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