8 誤解


 地元のホテルにある式場での、親族のみの小さな結婚式だった。白を基調とした内装で、窓から明るい光が注いでいる。


 誓いのキスをする場面に移った。ヴェールをめくる手が震える。


 真っ白なドレスを着たオレの妻は、ほんのりと頬を赤らめていて壮絶に可憐だった。


 それまで、額にキスするつもりだったのだが。

 ふと、彼女の兄の視線に気付いた。


 ……気が変わった。


 唇に口付けした。


 彼女はもうオレのものだ。絶対に渡さない。




 けれど紫織に接触できたのは、その一度切りだった。


 自分で悩むだけでは解決の糸口を見いだせないかもしれないと考え、友達に相談する事にした。


 ……拓馬には相談できない。あいつは紫織を好きだから。


 数人の友人と何度か会った。




 ある日、帰宅した直後に紫織に聞かれた。


「今日も友達と会ってたの?」


「ああ」


 靴を脱ぎながら相槌を打つ。


「るりちゃん?」


 るり?


「何で知ってるんだ?」


 そこまで詳しくは伝えてなかった気がする。


 一瞬……妻の表情が曇ったように感じた。


「元カノって……言ってたから……」


 紫織の様子が変だ。俯いて……具合でも悪いのか?


「先週はルイちゃんに会ってたんだよね? 昨日は奏ちゃん!」


 勢いよく顔を上げたと思ったら詰め寄って来る。驚いていたので、彼女の言動の意図するところに気付けなかった。分からずに聞いた。


「あ、ああ。それが、どうかした?」


 紫織の目に涙が滲んでいる。


「何で?」


 強く問われて言葉に詰まる。紫織との事を相談しているとは言えない。


 立ち竦んだ。


「――だけ――て――い」


 呟かれた言葉をよく聞き取れない。オレに背を向け、階段を上って行く。どうしたんだ?



 それから暫くして……彼女が下の階に下りて来た。言われた事がある。


「あなたは……私がほかの人と……その……そういう関係になってもいいって言うの?」


 …………知ってるよ。君が誰を想っていても、オレは愛しているから大丈夫だ。


 自分が無様で滑稽過ぎて、自虐的に笑む。


 ずっとこうして自分を抑えてきた。己をどうにか宥めて、あまり本質について考えないようにしていないと狂いそうだ。


 本来なら純愛の末に結ばれて、子や孫にも恵まれる幸せな人生を望んでいたのだ。彼女の本命が自分じゃないほかの男かもしれないと想像するだけで心が壊れてしまいそうだった。


「どうぞ? オレは別に気にしない」


 やっと、それだけを伝えられた。


 『本当は嫌なんだ』『ほかの男との関係を切ってくれ』などと言いそうな自分を必死に押し止める。


 紫織は無言で部屋を出て行った。


 え? まさかオレ……捨てられるフラグを自分で立ててたりしてないよな?


 不安になり席を立った。

 玄関ドアの開閉音が聞こえてくる。


 ……今日はクリスマス。まさか。ほかの男の元へ行ったんじゃないよな?


 血の気が引く。


「紫織っ!」


 外に出てみるが彼女の姿は見当たらなかった。焦りが増す。

 紫織の行きそうな場所は……。


 一箇所、心当たりはあった。首を横に振り、考えを打ち消す。


 とにかく捜さねーと!


 スマホで電話を掛ける。すぐに応じてくれそうな友人……オレの元カノでもある桃井野るりに。


『はあ? 奥さんがいなくなった? 知らないわよ。こちとら子育てで忙しいのよ! え? ギョーザを奢ってくれる? 仕方ないわね、今回だけよっ!』


 相変わらず声がうるさい。スマホを耳から遠ざけつつ通話した。



 るりには紫織を捜すのを手伝ってもらった。紫織の行きそうな場所を彷徨う。


 それぞれ捜していた場所に紫織の姿はなく、公園の向かいにあるコンビニで落ち合った。


 肩上までの黄みがかった茶色いストレートヘアを揺らして走ってくる。カーキ色のジャンパーとタイトなミニスカート、黒タイツにブーツという格好の女性……るりは膝に手を置いて息を整えている。


「いないわね。ほかに心当たりはないの?」


「うっ」


 るりの指摘が鋭い。思わず呻いてしまった。


「あるのね? どこ?」


「……彼女の実家」


「はぁ? まずそこを捜せよ! 何で重要な所を後回しにしてんのよ!」


「すまん。紫織のお兄さんが何か怖くて」


「私、もう帰るからね!」


「ああ。今までサンキューな」


「……紫織ちゃんも、あんたも。幸せにならないと許さないから」


 言い残して去る、るりの後ろ姿を見送った。

 オレが中途半端だったから、過去にるりを傷付けた事がある。


「分かってる」


 紫織を誰よりも幸せにしたい。



 遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。だんだんと近付いて来る。

 何かあったのか?


 少し気になった。だが、音の鳴っている方は既に捜し済みの方面だったので反対の道へと走った。


 紫織を捜しつつ、お兄さんに電話を掛ける。

 繋がらなかった。

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