3 思惑


 玻璃の微笑む気配がして顔を上げた。オレと桃井野を追い越して先へと歩む背を見つめる。


 差した陽で一瞬……彼女が霞んで見えた。

 光に溶けて消え入りそうな儚い幻が脳裏に過る。


 目を逸らせば、いなくなってしまうような絶望に似た予感がした。



「ねぇ、玻璃ちゃんっ!」


 さっきからオレの腕にまとわりついていた桃井野が玻璃を呼んだ。

 そして、またしてもとんでもねー事を言い出す。


「タイチ君って、格好いいよねぇ?」


 なっ……? おまっ……! 何て事を聞いてるんだよ!

 …………いや、むしろグッジョブと言った方がいいのか?


 玻璃は何と答えるんだ……?


 オレの好きな人は女神の如く微笑んで言った。


「うん。とても格好いいと思う」


 ……っ!


 感嘆しそうになって自分の口を押さえた。

 彼女の話は続く。


「とても素敵で優しくて可愛くてちょっとおっちょこちょいで私には計り知れないつらい過去を抱えていて、それなのに私とも向き合ってくれて」


 えっ……と。それって本当にオレの事なのか? ほとんど自覚がないんだが。特に「つらい過去を抱えていて」の部分が引っ掛かる。本気でオレの話じゃない気がしてくる。


「だからタイチ君がつらい時に傍にいて支えてくれた人に凄く感謝しているの。私には勇気がなくて何もできなかった。手を伸ばす事もできなかった……から。今度こそ変わりたい。胸を張って好きって言えるように。るりちゃんみたいに可愛くて優しくて明るくて性格もいい素敵な女性になって、ハーレムの一員としての役割をしっかりと担えるようになりたい」


 玻璃の桃井野への評価がおかしいのは脇へ置いておこう。今はそれどころじゃない。


 玻璃の声は小鳥の囀りのように可愛らしい。だが、どこか年上めいた落ち着きがある。

 彼女は明るく微笑んでいるのに、何故か泣いているイメージが重なる。


 この時……オレは気付き始めていたんだと思う。


 多分、玻璃の言う「タイチ君がつらい時」というのは……未来のオレが経験した事なのだろう。今までのオレは、これといって「つらい時」らしき経験をしていない気がする。


 未来の「つらい時」のオレは玻璃と少し距離があって、玻璃じゃない人物が傍で支えていたのか……? 何があったんだ?


 考えている最中に腕を引っ張られた。桃井野が耳打ちの体で言ってくる。


「何この子。ツッコミたいところは色々あるけど。ちょーいい子じゃん」


 桃井野はニヤつく顔を隠しもせず肘でオレの腕をつついてきた。


「何か狙いがあって好きなフリしてるのかと思ったけど、タイチ君にベタ惚れじゃん?」


 桃井野の言動を真に受けそうになった。しかし直後、浮ついた気持ちに冷水を浴びせられたような事態へと発展する。


「えっ? 狙い……?」


 玻璃の肩が不自然に揺れるのを見た。視線を彷徨わせ言い淀んだ様子がどこか後ろめたそうにも見える。


 愚かにも舞い上がり掛けていた心が寸前で静まる。


 玻璃のこの反応……。やっぱり何か狙いがあるのか?


 ――だからオレの事が好きなフリをしてる?


「ごめんごめん。玻璃ちゃんが純粋にタイチ君を好きなのは十分に分かったよ。二人……末永くお幸せにねっ!」


 能天気なのか、オレと玻璃の関係を掻き乱したかったのか。

 桃井野は上機嫌で先に帰った。




 その後、玻璃と二人で帰った。

 民家の並ぶ通りから更に細い道へ入る。坂の途中で聞いた。


「なぁ。本当にほかに何も狙いないの?」


 玻璃が立ち止まった。確認する。


「あるんだな?」


 押し黙った相手の様子を目にして焦った。要求してしまう。


「言って」


「……言いたくない」


 拒まれて焦りが増す。ダメだと自制しようとする考えも非力だ。頭より心が口を出す。


「何で?」


 彼女は言葉を呑むような間の後、双眸を曇らせ俯いた。


 責めたくないのに。オレは一体何をやっているんだ……?

 このままでは玻璃に嫌われる。そう危惧しているのに口走ってしまう。


「……やっぱり。オレに好意があるって言うのも、その狙いの為?」


「そうだよ」


 玻璃の返答に目を見開いた。衝撃が胸の拍動を強める。


「は……はっ、やっぱり、そうだよな」


 強がって笑うのが精一杯だった。この場を誤魔化すぐらいしかできねぇ。


 最初からおかしいと思ってたんだよ。こんなに性格よくて可愛い子がオレの事を好きだなんて虫がよすぎる。


「私は……自分の欲望を叶える為に動いている。タイチ君の事なんて一ミリも考えていない」


 追い討ちを掛ける如く言われた。睨み返す。


 グサッとくるなぁ。でもこれが現実だ。ちゃんと直視しろ、オレ。

 今は一ミリも好かれていなくても、これから死に物狂いで頑張れば……未来では少しくらい好感を持ってもらえるかもしれない。


 少し前まで「やっと両想いになれた」と思っていた。凄く嬉しかった。


 だからもう……彼女抜きの人生なんて考えられない。


 眼差しを返された。


 普段の弱気で可愛い彼女も、時々見せる凛とした意志の強そうな彼女も。玻璃の全てがオレのものだったらいいのにと願いたくなる。


 視線を定めた。

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