5 主役


 その日の放課後。タイチ君と一緒に帰ろうとしていた。下駄箱から靴を取って履いている最中、横から声を掛けられた。


「二人って仲いいね」


 タイチ君の声じゃない。明るく弾んだ調子で、やや甘い……可愛らしくて元気なこの声は……っ!


 顔を上げて彼女を見た。私と同じ紺と白を基調とした制服姿で揺れるツインテールが凄く似合っている。


 私も髪の束を二つに分けて左右の肩の上で結んでいるけど彼女のツインテールは耳の少し上辺りで結ばれてあるので、いかにも「ツインテール!」といった印象を受ける。


 因みに私の髪は胸の上程までの長さ。もしかすると。彼女が髪を結ばず垂らしたなら私と同じくらいの長さなのかもしれない。


 建物内へ差し込む午後の陽光に、彼女の髪色が変化したように見える。暖かみのある明るめの色味に。ピンク寄りの……。目を擦った。


 あれっ? 何か既視感があった。


 少しの間、無言で彼女を見つめていた。相手も私を見ている。


 唐突に。思い出した。


「あっ……あっ、あっ……!」


 驚き過ぎて声が漏れてしまう。口に手を当て狼狽している心を必死に抑えた。


 彼女の事は知っていた。同じクラスの中でも一番と言っていい程の可愛い女子で……未来ではタイチ君の愛人の一人。


 つまりタイチ君のハーレムメンバーだった人。


 いつからの関係なのかは知らない。……もしかしたら高校生の時、タイチ君が言っていた「好きな人」とは彼女の事だったのかも。


 改めて想像し僅かにもやっとした心境になった。


 ――そんなのは承知している。


 今、私が驚いているのは別件で……彼女を目にして感じたデジャヴの正体に思い当たった為だ。


 私の好きだったゲームのスチルに凄く似ていた。まさか……?


 記憶の中にある彼女の名前は一つしか浮かばない。何でだろう。その名前が例のゲームの主人公の名前と一致しているんだけど……?


「えっと。桃井野……るりちゃん?」


 確認したくて呼んでみる。


 前の人生では中学時代……卒業する前、私たちは仲がよかった。その後、進学先が違って疎遠になったけど。


 それから……それから……。


 あの瞬間を思い出して、胸がもやもやする。認めたくなかった。だけど、どうしてもそんな気がして仕方なかった。前時間軸で私が死んだ日。あのクリスマスの日に夫と一緒にいた女性は……。


 どう処理すればいいのか分からない、ともすれば暴発してしまいそうな気持ちを静めたくて下唇を噛んだ。


 彼女はクスッと笑って目を細めた。


「何でフルネームで呼んだの?」


 悪意など微塵も感じられない表情で言われた。


「るりちゃんでいいよ? 私も玻璃ちゃんって呼ぶね!」


 こちらまで明るい心持ちになる微笑みを向けられ、眩しくて己の胸を押さえた。異性じゃなくても好きになってしまいそうだよ。


 自己の現状と比べて暗い思考を抱いた。


「こんなの……やっぱり敵う筈ないよ」


 自分にしか聞こえない程の小さな声で呟いた。


 るりちゃんは、社交的でクラスの人気者で優しくて可愛い。喪女で引っ込み思案でうじうじしがちで内向的な私とは真逆なんじゃないかと後ろ向きな考えが過る。


 未来でタイチ君が彼女を好きなのも納得する。クリスマスに私じゃなくて彼女と過ごしたいと思ったとしても不思議じゃない。


 るりちゃんが首を傾げた。日向に花々が咲き綻ぶ様子にも似た温かな雰囲気の笑顔で聞いてくる。


「あっ! ねぇねぇっ! お邪魔じゃなかったら、私も一緒に帰っていいかなっ?」


 僅かに。体が強張るのを自覚した。けれどすぐに返答した。


「うん。もちろん」


 心の内で純愛を夢見ていた頃の私がもがいている。侵食する不安を無視して前を向いた。


 私はタイチ君を邪魔しない。失敗を繰り返したくない。


「邪魔なんだけど」


 タイチ君の声が聞こえた。強めの冷たい響きにドキッとした。

 『私、二人の邪魔になってる?』と慌てそうになった。


 タイチ君がるりちゃんを睨んでいる。

 彼は私じゃなくてるりちゃんに言ったんだと理解するまでに数秒かかった。


「えっ……?」


 予想外の状況に驚きで声が出た。




 その後――……まさかタイチ君とイチャイチャする未来が訪れるなんて。喪女な私が予測できる筈もなかった。

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