第16話

 朝、茶の間から聞こえる話し声で瑞紀は目覚めた。

 いつもより遅く起きたらしい。隣を見ると、颯真はまだ眠っている。


「兄ちゃんたち、まだ寝てんの?」


瞬が襖を開けて部屋を覗いた。瑞紀は人差し指を立てて唇に当てる。


「シッ、もう少し寝かしとこう」


起き上がって部屋を出る。静かに襖を閉めた。

 茶の間では照と真紀子が食卓に皿や漬物などを並べ始めている。


「おはよう瑞紀」

「おはよう」

「今日はみんな寝坊やね」

「昨日と今日はラジオ体操行かへんかったね」

「仕方ないわ瞬。いろいろ大変やったもん。さあ、ごはんにしましょう」

「瑞紀は顔洗っておいで」


外へ出て古井戸の方へ行くと、タキが野菜の入った籠を抱えて歩いてきた。


「おはよう。今朝はたくさん採れたんやね」

「昨日は畑行ってへんかったからな。トマト切ったげるな。神戸に帰る前にようけ食べていき」


そう行ってタキは微笑み、家に入っていった。


 瑞紀は洗顔を済ませて仏前へ行き、手を合わせた。

 目を閉じて祈っていると、颯真が来て隣に座った。祈りを終えて立ち上がるが、颯真はまだ目が開ききっていない。


「もっと寝てたら良かったのに」

「ええかげんに起きろって母ちゃんにどやされた」


 食卓にはもう皆が揃っていた。瑞紀にとっては、この夏最後の生沢家での食事だ。


「何時に出るの、真紀子」

「十時頃。峰子姉さんが車で駅まで送ってくれるって。駅に行く前に奈苗ちゃんの病院に寄っていくわ」

「瑞紀兄ちゃんは冬休みにまた来るんやろ」

「うん」

「冬休みまであと何日?」

「何日って……何日やろ……百三十……もっとかな……」

「ひゃく?そんなにあんの?」


瞬の口がへの字になる。隆哉が笑う。


「冬休みなんかすぐや。瑞紀、俺また大阪から迎えに行ったるさかい、心配いらんで」

「隆にいばっか、ずるい。あたしが行くって」

「千春は補習があるやんか」

「年末年始ぐらい休むがな」


颯真は瑞紀の皿の上を見ている。


「今日はようけ食うとるな」

「しばらくここのごはん食えんようなるしな」

「神戸に帰ってからも、ちゃんと食えよ」

「うん……颯真、時々オヤジみたいなこと言うなあ」

「ほっとけ」

「瑞紀、あんた髪の毛伸びすぎてるね。神戸に戻ったら床屋さん行こうな」


真紀子が言うのに千春が口を出す。


「何で?似合うてるやん。その髪型」

「だめよ。前髪が目にかかってる。切らなあかんよ」

「えー、可愛いのに」


 くらくらしそうな程の騒がしさの中で、瑞紀は神戸の家にいるときよりずっと生き生きしている真紀子の顔を見、ここに来た日より少し大人びた様子の颯真を見た。



 食事を終え、荷物をまとめ終えた頃、峰子がやってきた。


「おはよう。そろそろ行こか」

「お願いします。病院に行く前に花屋さんに寄ってくれる?」


奈苗を慰めるための花を買うのだろう。瑞紀はまた気持ちが沈んでいくのを感じた。奈苗にかける言葉が思い浮かばない。

 荷物を車のトランクに入れると、颯真がすぐ傍に来て言った。


「冬休み、待ってるで。それより前でもええけど」


「うん」


 千春と隆哉、瞬が庭に出てきた。その後ろからタキがゆっくりと歩いてくるのが見える。ずいぶん腰が曲がって、瑞紀より小さくなった。タキは瑞紀を見上げて声をかけた。


「瑞紀、次に会う時はもう少し太って、顔色良うして来なさいね。しんどい時は我慢したらあかんよ」


「うん、ありがとう。おばあちゃんも元気でな」


タキは頷くと、照や泰司と挨拶を交わしている真紀子のところへ行き、袖を引いて納屋の近くへ連れて行った。小声で何か話している。母から娘へ伝えておきたい言葉があるのだろう。


 皆に礼を言って、車に乗り込んだ。ゆっくりと走り出す。

 瞬が大きな声をあげながら手を振っている。

 隆哉の後ろに、颯真の姿がちらりと見えた。

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