九州:福岡編

第31話 半分の罠

 由布院駅、博多駅間で運行される吸血鬼御用達の秘密特急、エーヴェルトが言っていた福岡へ行く手段が目の前にあった。

 あまりにも堂々としている上に、名指しの切手まで用意してあった。人間の駅の一画に幻の異能をかぶせて見えないようにして占有しているというのがヤバイ。

 そこの運営をしているのは、どうやら魅了された人間たちであり、にこにことした笑顔でセラフィーナらを迎えてくれている。


「うわぁ、気持ち悪い。行きたくない……」

「今更何を言っているんですか。確実に行く手段があるんですから、躊躇してどうするんですか」

「絶対罠だよ」

「内側から喰い破れば良いんですよ。この前もそうしたでしょうに」

「そうだぜ、お嬢ちゃん。自称最強の吸血鬼ハンターの木佐木様もいるんだ。安心していいぜ」

「むしろ、キミたち二人がいることが安心できない要素なんだよ!」


 吸血鬼御用達の列車に人間二人を伴って乗っていくとか、鯛をまな板の上に持って行っているようなものなのだ。

 特に木佐木はまだ全裸だ。


「というか、キサキはハルカがスルーしたのになんでついてきてるかな……」

「吸血鬼の巣窟に行くんだろ? ならオレだって行かねえとなァ。だってオレ、凄腕最強カッコイイハンター様だからな!」

「余計な冠が付きすぎでしょ……服買ってやったのになんできてない――あれ、着てる?」

「――おいおい、オレがいつも全裸なわけないだろ?」

「さっきまで着てなかったじゃないか!」

「はぁ、オイオイ、お嬢ちゃん。マジで言ってんのか? 敵の本拠地に行くんだぞ、武装するのは当たり前だろうが、頭大丈夫か?」

「ああああああ! ハルカぁぁぁ」


 こいつぶん殴りたい! セラフィーナがぷるぷるしている。


「あなたの盾が増えるので、わたしは構いませんよ。これを盾にすればわたしも一撃、生き残れますし。残機が増えたようなものです」

「あれー? オレの扱い肉盾? こんなカッコイイのに?」

「は?」


 わちゃわちゃしている間に特急がホームに入ってきて乗車口を開いた。

 黒々とした車内は、まるで怪物の口のようである。


「はぁ……本当に二人もついてくるわけ? 招かれてるからボク一人でも問題ないよ」

「当然です、わたしはついて行きますよ。こいつは別についてこなくていいです」

「ははは! ハンターが吸血鬼を一人にするわけないだろ? 何言ってんだ、頭大丈夫か?」

「ああああ! ハルカはわかるけど、キミは言ってることが前と違うんだよ!」

「安心しろって損はさせねえよ。それに福岡を解放した英雄って肩書、女にモテそうじゃねえか。それにオマエらについていくのは個人的な理由があるんだよ、義姉さんとの約束とかな」


 そんな心持で本当に福岡という吸血鬼が支配する王国に突撃するのかと愕然とする。ただ頼もしいのは本当だ。

 エーヴェルトが待つ福岡にはどれだけの吸血鬼がいるのかわかったものではなく、兄の相手をしながら悠花を守るのはセラフィーナでも難しい可能性がある。

 戦えるハンターが一人いるのは心強いことなのだ。彼の強さはセラフィーナは身をもって体験しているのだし。


「誰だよ、ねえさん……」

「超絶美人さ、オレじゃもったいなさ過ぎて手が届かないな……。その人に顔向けできるようにオレはアンタらについていくんだよ」

「……はぁ。じゃあ良いけど、邪魔だけはしないでよね」

「オマエさんもな」

「それじゃあ、行きますか。ハルカ、良い?」

「もちろんです。誰に言ってるんですか」

「だよね」


 セラフィーナは苦笑して、車内へと足を踏み入れた。

 背後でゆっくりとドアが閉まり、特急は福岡に向けて走り始めた。


「ゆっくりできない奴だね、これ」


 乗車したのは最後尾。

 客車の前の方から吸血鬼の気配がする。それも臨戦態勢だ。

 このまま最後尾から動かなければ向こうから襲ってきそうな感じがする。


「しかし、臭いな。なにこれ」


 車内に満ちた臭気に、セラフィーナは鼻が曲がりそうだった。ただでさえ鋭敏な嗅覚を持っているからこの臭気は彼女にはきついものがある。


「これは……柊鰯だな」

「においによる魔除けかぁ」


 魔除けであるが、すぐにどうこうなるというものでもなく単純に臭くて不快なだけである。

 呻くようにセラフィーナは鼻をつまんで結界で遮断する。


「これで鼻が利かなくなった、ちょっと困るかも」

「安心しろよ、オレがいる」

「盾が二枚あるので、初見殺しは回避できますよ」

「嫌な回避だなぁ」


 ともあれまずは前の方まで行ってみるかと次の客車へと移れば。


「ヒャゥ!!!」


 吸血鬼が天井から奇襲を仕掛けて来た。

 セラフィーナは冷静にその一撃を受け止める。床に靴がめり込んだが、その程度だ。

 そのまま顔面を殴りつけて吹き飛ばし、それに追従して背後に回り首を噛む。


「うげぇ、まっずい……弱すぎるなのかまっずい。えっぐい。お兄様は何を考えてこんなの配置してるんだよぉ……」


 しかもご丁寧に洗脳でもしているのか記憶がまっさらで異能がどんなものかすらもわかりやしない。

 あったのはエーヴェルトのにやにやとした顔だけ。見るだけで正気が削られそうになる。


「列車にはあと何匹いるんですか?」

「んー、最初に感じた気配は六だけど、どうだろ」

「行けます?」

「簡単だよ。だって弱いし、こいつ」

「強いの混じってたらどうするんですか」

「それでも、勝つのはボクだよ」


 セラフィーナの宣言の通り、彼女は六体の吸血鬼を一人で倒してすべての血を吸った。

 駅弁とかその類だと思っていたわけであるが、どいつもこいつも不味すぎて飲めば飲むほど胃がむかむかしてきたような感じがした。

 その間に特急は博多駅に到着する。


「大丈夫ですか? 具合が悪そうですけど」

「ああうん。なんだろうね……とりあえず、さっさと降りてお兄様にっ……あ、っ――かぅ」

「な!?」

「おいおい、どうしたってんだよ!」


 セラフィーナは、倒れた。

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