第34話 スパイ

 洋子はバッチリと再生された消失していた記憶が戻ってきたことで、なぜ彼らがここでこんな秘密めいたやり方で会っているのかを、ちゃんと知っていた。


『連絡をもらった時は驚いたよ。まさか俺が王都に戻っていることが漏れているなんて』

『あれはわらわの成果ではない。人工女神アミュエラがやったことだ』

『人工女神、か。辺境に住んでいても、その話はよく耳にするよ。ここ20年ほどの間、俺が離れてから世界は変わってしまった。まるで自分だけ取り残されてしまった気分だ』



 ライアンは大げさに肩をすくめると自分の右手薬指に輝く見覚えのある指輪を示してみせた。



『それがあなたの……』

『ああ、俺が彼女のためにペアで作った婚約指環だよ。まさかこの中で十年を過ごすなんて思ってもみなかった』

『ずいぶん時間がかかってしまったのね。 あなたの用意したはずの封印でしょ?』



 シャナイアの言葉には鋭い棘がいくつもあった。

 それぞれに毒をもっていて、チクチクと相手の心を刺し貫いては、ゆっくりと後から効いてくる遅効性の毒のように、その刃を放つ。



 この時点での彼女は、またライアンの無実を信じてはいなかった。

 犯罪者がたまたま、過去の犯罪現場に戻ってきた、そう思っていたからだ。



「ちょっと待って! 彼いま、何て言った?」

「封じ込められていた、そんなように聞こえましたけど」



 リンシャウッドが視界の真上で問いかけ、シルクが返事をする。



「10年間、ライアンが製造した婚約指輪の中に、彼自身が封じ込められていたっていう話をしていたのじゃよ。もう少し静かにしてはくれまいか?」

「あ、ごめん……つい。知っていたの?」

「いまは記憶が完全に戻っているからな。しかし、端末を無くしたのは翌週じゃ。まだ時間がある」

「記憶はあと、何回、消去したの?」

「……四回」



 ここで見るべき光景はもう少しあるのだ。

 それから、別の時間。未来の記憶へとすこしずつ進まなくては。



 ライアンは悔しそうに顔を俯かせると、大きく左右にそれを振った。自分が犯した犯罪を否定するような、そんな仕草だ。



『話して貰えるなら、特例措置を講じる用意がある。しかし、見たところ自首を希望する気も無さそうじゃな』



 シャナイアはジェイルに積んでいたときは、助手席に乗せていた聖槌オリビオルにゆっくりと右手を伸ばした。

 右肩に持ち手があるからだ。抵抗してきた場合、撃鎚なんて呼ばれる凄まじい一撃が、ライアンを仕留める事だろう。



 洋子たち一同は緊張の瞬間を見届ける、貴重な観客となっていた。

 ライアンは片手を顔に当てると、『俺も被害者なんだ』と言いだした。



『ホテルリットフェルのバーの災害で、無事だった生存者はいない。当時、バーテンダーと飲み客が何人かいたが、全員、死んでいる。残されたのはライアン。お主ともう一つの指輪に封印されたカレンだけ。さて、どう身の潔白を証明する?』



 シャナイアは聖槌の柄頭から繋がる銀鎖を手に絡めた。どうやらこれで殴りつけて、気絶させる気だったらしい。

 聖盾のレプリカも、自分から攻撃を受けにいったのでは、そりゃひとたまりもないでしょ。洋子はそう冷ややかに分析する。



『ここに証拠がある。分析してみてくれ。俺はまだ逃げない……どうせ、居所はバレているんだろう?』



 一つの大きな封筒を、ライアンは上衣の裾に隠していたらしい。

 それをさっと引き抜くと、シャナイアは胡乱な顔で受け取り、聖盾を解除することなく、中見を確認する。



『……これは、何かの?』

『記録だ』

『何の記録か、と訊いておる。売買記録、いや違うな』



 その正体を知っている洋子は、みんなに聞こえるように補足した。



「臓器密売記録よ」



 、と。



「臓器密売? あいつ、組織の一員だったってこと?」



 んーそうね。解説するのがメンドクサイ。

 洋子はシルクに、記憶の再生している速度を速めるように命じた。



 砂漠での密会はさっさと終わり、シャナイアは渡された書類を解析しようと職場に向かう。

 途中、ファーストフード店で食べきれないくらいのハンバーガーと揚げ鳥を大量に注文していた。



「太りますね、健康に悪い食事です」



 めっ、とシルクに怒られる。

 いや、あれは過去のシャナイアなのだけど。



「今度からシルクが管理してね」



 そうお願いすると、快く引き受けてくれた。

 本当に、愛いやつだ。



 倍速再生、二倍、三倍、四倍……と、二日ほど過ぎたところでストップ。

 今度は犯罪捜査局のオフィスに、シャナイアはいた。



 洋子がそうしたように、青い半透明な半球形結界を展開して、外部との接触を断っている。

 バクバクと派手に喰い散らかしながらハンバーガーを食するその姿を見て、「あああああ……見ないで、シルク!」。



 洋子は、魔導妖精の冷たい視線を受け止めきれないでいた。



「健康」

「はい!」



 注意されて、背筋を伸ばす。シルクはどこまでも厳しい子に育ちそうだった。

 そこで、上の黒狼が面白い質問をした。


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