第24話 レプリカの限界

 事件の流れを脳裏で再生する。

 事件当夜から現場を逃れ、どこかに姿をくらましてしまって、もう20年近く。

 ライアンそのものが生きているという証はどこにもなく、すでに死んでしまったのではないかと考えられていた、そんな頃。


「王都の一角で使われた紙幣から、彼の指紋が検出された」

「指紋?」


 ああ、違う。正確には波紋と言うのだった。この世界では誰にでも魔力があり、それには特有の波がある。

 個人個人によって、すべて個別の魔力波紋を持っている。人工女神は国民すべてのそれを把握し、常に検知しているのだ。


「波紋。魔力波紋を、人工女神が検知した……だから、じゃ」

「そのじゃっ、ての取ってつけた感が凄いからやめた方がいいかもね?」

「だから、私のアイデンティティじゃないんだってば! シャナイアのなの!」

「はいはい。分かった。分かりました。それで凍結事象(コールドケース)入りしていた事件が、解凍されてシャナイアに担当が回った、と。そういうこと?」

「そういうことになる」


 その紙幣が人工女神の検知網に引っ掛かったのが、二週間前。

 6月1日のこと。


 事件が起きたのはかなり昔の、王国歴430年6月13日。

 20年以上も前で、事件現場はホテルリットフェルのバーラウンジ。


 四十六階に位置する夜景の素晴らしい場所だったらしい。

 だったというのは、このホテルは経営難ですでに廃業し、解体されてしまったからだ。


 その広大な敷地にはいまや産廃処理場ができていて、魔法を使って当時の痕跡を調べようにも、取るべき手段が見当たらない。 


『どうしろと言うのか! これではもはや再捜査をする以前の問題ではないか! わらわに対する嫌味としか思えんわ!』


 と、叫ぶ生前のシャナイアが頭を抱える記憶がいきなり再生されてきて、洋子はびっくりした。

 シャナイアの怒り様があまりにも面白かったので、一人で何度も脳内再生をしてくすくすと笑っていると、黒狼に可哀想な人を見る目で見られたので、さっさとやめて次に移る。


「恋人だったカレン・オドネルに結婚を申し込むも、拒絶されたライアンは本来なら魔物を封印する魔法を使って、プレゼントするはずだった指輪の魔石のなかに閉じ込めてしまったってところかな?」

「それ以外の証拠品や、事件のあらましを詳細に記した書類は?」

「あるわよ。ここに」


 ぐいっとそれらの証拠品が入っていた棚を引き出すと、そこには何百という同様のファイルが押し込まれていた。


「……まさかそれ全部、この事件の?」


 ぎょっとした顔で黒狼が驚いて見せる。尾が少し後ろに垂れていた。



 引いたかな、と不敵に微笑みつつ、まさか。と否定してやったら、明らかに機嫌が悪くなった。



「この中にあるファイルの数冊がそうだ。それ以外は他の事件の被害者たち。この事件とは全く関係ない、残念ながら期待には沿えなかったようじゃな」

「最初から期待してないから、無意味ですね。で、どこまで解決してるの?」

 どこまで解決しているか、と来たかー。「だとすると、逃げた足取りをどうやってシャナイアは追いかけたの?」  


 返事をする前に指輪を光源に透かして見た。

 目を凝らしてみれば、指輪に埋め込まれた透明な青い魔石のなかに、女性が閉じ込められているのが見える。


 両膝を抱きかかえ時間の止まった世界で眠り続ける、黒髪の女性がそこにはいた。

 写真のカレンとよく似ている。


「特に進展なし。カレンは封印され、ライアンは逃亡し、バーはその時の揉め事でフロアごと吹き飛んで、証拠品ごと燃え尽きた。四十二階から八階まで、全部、魔法の業火に燃やし尽くされたらしいわ。生存者はゼロ」

「ゼロなのに、どうしてその被害者のことが分かるの?」

「それはたまたま、この指輪だけが無事だったから。炎が避けたかのように、煤一つついていなかったらしいわ」


 リンシャウッドは立ち上がると、証拠品として保管されているカレンの持ち物の一つ彼女の身分証を持ち上げて、そっと鼻を近づけた。

 続いてクンクンと鼻を鳴らし、洋子の持つ指輪の匂いを嗅ぐ。


「分かることがあるの?」

「魔力の匂いというものがあるの。よく似ている。けど、同じ女性のものかどうかは分からないかな」


 時間が経ちすぎている、とリンシャウッドは言ってそれをデスクに置いた。まるで警察犬みたいだ。

 あまり役に立たない警察犬だけど。


「なるほどね。魔力の匂いがあるのか」


 事件の書類には、同じような手法で、魔法使いがこの指輪や現場に残された魔力の波動を過去に遡って探査して、ここまで詳細な情報を得た、とある。


「しかし、ちょっと待て」


 何かがおかしいぞ、と洋子は眉根を寄せた。

 今ここで、リンシャウッドがしてみせたようなことが当時可能だったとしたら、より繊細で詳細な事件報告が上がっているはずでは? と思ってしまったのだ。


「昔は捜査手法が遅れていたと?」

「どういうこと?」

「だから、貴方のやった魔力の香りを感知したり、魔力波紋を検知したり……できたはずじゃ?」

「人工女神ができて正式に普及したのは、ここ十数年のことらしいから。王国の情報伝達や文明レベルも随分と上がったって聞きますよ。時代が違うのです」

「時代……」

 

 その言葉はずん、と重く洋子の心にのしかかった。 

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