第78話 先輩


 このエッセイは、事実をもとにしたフィクションです。

 関係者には問い合わせしないでください。




 どうしても、京都アニメーションとは腐れ縁があるようだ。

 その理由は今まで言ったと思うけれど、いちばんのポイントは「松竹」だろう。


 十数年前の京アニのアニメ作品で、なぜかTBSが私に「お金を全部返してもいい」という発言のようなことがあって、それをずっと不思議に思っていた。

 松竹が「水戸黄門」を作っていたかどうかはあまり調べていないが、その番組の「音響」の人は、私の親戚の男性である。


 それに関連して、アニメ作品の音楽関係のエンディングのクレジットには「田中」がよく掲載されていたのだろう。

 それらのキーワードがすべて合わさったのが、その十数年前のアニメ作品だった。


 とある先生に、私は京アニのことを少し話したけれど、私に悪意は全く無くて、私にとっては事実そのものを話しただけだった。

 そもそも、京アニには「響け」シリーズのときに、私はかわいがられたと思っている。

 あの時のアニメ会社からの気持ちというか、恩というか、申し訳なさを合わせて、今でもアニメ作品の演出などで気に入っていない部分はあるけれど、自分なりには「近い関係」だと思う。


 あの事件から、京都アニメーションとは縁が切れなくなったと思う。

 自分の人生で最大の汚点だった。


 裁判とは無関係に、事件の数日前に画面に「パクりやがって」と書いたことがあった。

 あれは、ボンズの「コンクリート」のストーリーに、私の専門学校のアニメ作品の企画内容が使用されていたから言ったのだった。


 私のその言葉を、警察か検察が利用したのかもしれないし、実行犯が本当に書いていたのかについては知らない。

 京アニの社長が実行犯について語らない気持ちは、私にもわかる気がする。


 松竹のことで、佐藤監督の「たまゆら」があったと思う。

 私のアニメ会社との最初の接点の人物だった。

 そういう意味で、松竹は私にとって「ちょっと近い関係」なのかもしれないのだろう。


 いちばん最初に「先輩」と呼んでくれたのは、京アニの響けだった。


 エンディングのクレジットの文芸だったか、そこに名前があったはず。

 そういうことをやってくれて、自分なりに感謝していた。




       *




 シャフトの私への配慮のような演出は、シャフトらしいベテランのそれである。

 ジェーシースタッフのそれは、作品の方向性に合わせた合理的なものだった。


 サンライズのそれも少し見たが、サンライズらしい優しさが見えた。

 動画工房も、それなりの演出があったようだ。


 京都アニメーションの響けの告知は、それらしいマイペースであった。

 ボンズのアニメ作品の「ヒロアカ」が動画サイトで公開されているが、あれは集英社がやっていることだろう。


 かつて、シャフトのアニメ作品で、私が言ったりしたら死ななければならなくなるという演出とセリフがあった。

 それをずっと守ってきたけれど、今ではそうなってもいいと思っている。

 それくらい、この世界には未練は無い。


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