第34話 エルフの里、本日のお天気は晴れ。ところにより雨が降る模様です
時間は少し遡る。
指示に従い、サフランが向かった先はエルフの里から離れたとある廃墟だった。
「ここだな……」
指定された場所に立っていた廃墟。
中に入ると、室内の中央に真っ黒な笛が置かれていた。
穴の開いていない尺八のような形状だ。
「これが『魔笛』か……」
魔笛とは魔物を呼び出す
品質にもよるが、最上級の魔笛にもなると四等級の魔物を数体呼び出し使役することが出来る。
四等級の魔物は、たった一体で熟練の冒険者がパーティーを組んで討伐しなければならないほどの強さを誇る。
それが数体ともなれば、数十人の大規模な討伐部隊を組まねばならない。
それを使役できるとなれば、正しく破格の性能といえるだろう。
――これを使い、エルフの里を混乱させる。
その混乱に乗じて、
それがサフランが水晶の人物から受けた指示だった。
同胞を相手にここまでする必要があるのかと思わなくもない。
「……どの道、事実が明るみになれば私は終わりだ。こんなところで終わってたまるものか! 私はエルフの王になるのだ!」
サフランには野望があった。それはエルフの王になることだ。
エルフの王となり、里を改革し、この旧態依然とした状況を変える。
それがサフランの目的だ。
種族主義の気が強いエルフだが、サフランはその中でも群を抜いていた。
見目麗しい外見に、優れた魔力、長い寿命。
これ程に優れた種族が、森の奥に引き籠り、ただ漫然と過ごしている現状が我慢ならなかった。
エルフこそ、この大陸を統べる支配者だというのに!
その為に、世界樹を病に罹らせ、その責を理由にクレマを退位させ、世界樹復活の功績を自分の物にするはずだった。
しかしガネットがあっさりと稀人を見つけたことで全ての計画が狂ってしまった。
「さあ、出てこい魔物ども! 私に従え!」
サフランは息を吸うと、思いっきり魔笛を鳴らした。
鳴り響く音色は、魔力の奔流となって周囲に溢れ出す。
無数の魔法陣が展開し、そこから這い出るように巨大な魔物が出現した。
全長五メートルにもなろう巨大な赤鬼だ。
「ゴァァァ……!」
「ふ、ふふ……
更に邪毒蛇、大牙魔象も現れる。どちらも四等級の中でも有名な魔物だ。
その異様、迫力に思わず嘆息する。
四等級の中でも上位に位置する魔物が三体。
町一つ軽く滅ぼせるほどの戦力だ。
「す、素晴らしい。これだけいれば……ん?」
そこでサフランは違和感を覚える。
召喚の魔法陣が、消える気配がないのだ。
牙狼や
「ハァ……ハァ……ど、どういうことだ? 召喚が止まらん……」
召喚は終わらない。
血染大鬼、蛇毒蛇、大牙魔象も新たな個体が何体も召喚される。
更に明らかにそれらの魔物よりも格上と思われる魔物も召喚されたではないか。
「お、おい……もういい。もう十分だ! と、止まれ! 何故だ? 笛から手が離れない……!? ぐっ、魔力が……吸い取られて……ぐああああああああああ!?」
サフランは魔笛から手を離そうとするが、自らの意に反するかのように、己の手はぎゅっと魔笛を握りしめている。
サフランは気付いていなかった。
これはただの魔笛ではない。
召喚者の魔力、更には命を代償に無数の魔物を召喚する呪われた魔道具だったのだ。そして召喚された魔物は誰の指示も受け付けず、ただひたすらに破壊を繰り返すのみ。
サフランの命、そして事前に込められていた大量の魔力によっておびただしい程の魔物が召喚される。
ここにきてようやくサフランは自分がはめられたことに気付いた。
「わ゛……わ゛だじはぁ……おぅにぃぃ……」
それがサフランの最後の言葉だった。
同時に魔笛の音色が止まり、召喚が終わる。
最初に召喚された血染大鬼がサフランだったものを踏みつける。
「ゴァ……ゴァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
その叫びを号令とし、魔物の軍勢は一斉に行動を開始した。
血染大鬼は何故、自分がここに居るのか分からなかった。
ただこの場所へ呼ばれた瞬間、内側から猛烈なまでの衝動が湧きあがった。
全てを破壊したい。
生きとし生けるもの全てを蹂躙したい。
自分と共に召喚された他の魔物も同じであった。
不思議なことに全てを壊したいと思いながらも、周囲に居る魔物にはその衝動が起こらない。
「グォォ……」
血染大鬼は周囲の気配を探り、笑みを浮かべた。
――居る。自分達のこの破壊衝動をぶつけられる獲物が近くに居る。
巨大な樹の周囲に感じられる無数の命の気配。
アレだ。まずはアレを全て蹂躙する。
「ゴァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
血染大鬼の叫び声を号令として、魔物たちはエルフの里へと進軍を開始した。
木々を薙ぎ払い、ただひたすらに真っ直ぐに進む。
しばらく進むと、巨大な『壁』が見えてきた。
分厚い木の板で作られた壁だ。その上には、先程感じた生き物たちの気配がある。
「来たぞぉ!」
「慌てるな! もっと引きつけろ! もっとだ……もっと……今だ! 撃てええええええええええ!」
生き物たちが何かを構えている。
次の瞬間、無数の矢の雨が血染大鬼たちへと降り注いだ。
魔物たちには分からなかっただろう。
それはエルフに伝わる『雨の矢』と呼ばれる魔法で、一本の矢が百に分かれ、広範囲へと降り注ぐのだ。
「ギギャアアアアアアアア!?」「ゴオオオオオオオオオ!?」
「グアアアアアアアア!」「イギョォアアアアアアアアアアア……」
先頭に居た五等級の魔物たちが断末魔の悲鳴を上げる。
「ゴァァ……」
それを見て、血染大鬼は苛立たしげに声を上げる。
どうやらあの生き物たちは、生意気にも自分達に抵抗するつもりらしい。
なんと愚かだろうか。彼我の戦力差をまるで理解していないようだ。
ならば見せてやろう。圧倒的な力の差というものを。
「……ゴォオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
血染大鬼は叫び声と共に、手に持った金棒を横薙ぎに振り抜いた。
それによって発生するのは魔力を帯びた巨大な衝撃波だ。
「なっ……ば、馬鹿な! 全員、退避いいいいいいい!」
いち早く気付いた雌のエルフが仲間を逃がそうとするが、もう遅い。
血染大鬼の放った衝撃波は、防壁を易々と破壊し、そこに居たエルフたちもろともに吹き飛ばした。
「ゴァ……ゴァッハッハッハ!」
その光景に、血染大鬼は笑みを浮かべる。
ああ、なんという愉悦。
この内側から沸き起こる衝動が満たされていく感覚。
これだ。自分はこれを求めて、この地に呼ばれたのだ。
だが足りない。
これではまだまだ足りないのだ。
防壁は破壊された。
次は更なる蹂躙を始めるのだ。
多少は数を減らされたが問題ない。
血染大鬼たちは再び進軍を開始しようとして――。
「ゴァ……?」
目の前に、何者かが立ちはだかっていることに気付いた。
それは自分達よりも遥かに小さい、だが妙に筋肉質な肉体を持つ魔物だった。
おそらくは自分と同じ鬼の魔物なのだろう。
だが血染大鬼に比べれば、その大きさは小鬼もいいところだ。
それが二体。その隣には狼のような魔物も居る。
『――ずいぶんと派手に暴れているな。だが悪いがこれ以上、お前たちを暴れさせるわけにはいかん』
「……ゴァ?」
一体の小鬼が自分達の方へと歩いてくる。
まるで隙だらけなのに、血染大鬼は体を動かせなかった。
両隣の邪毒蛇、大牙魔象も呆然としたまま動こうとしない。
『これ以上、被害を拡大する前に降伏するならば、まだ許そう。我とて同じ鬼に属する魔物を手にかけるのは忍びない』
「ッ……!」
血染大鬼は激昂した。
それは明らかな慈悲の言葉。
自分達に最もかけられるべき言葉からは離れたもの。
「ゴァァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
お前たちが発するべき言葉は悲鳴と恐怖だけだ。
憐れみなど、最も自分達の神経を逆なでするものだ。
両隣の両隣の邪毒蛇、大牙魔象も小鬼の言葉は分からずとも、理解したのだろう。
――自分達は舐められていると。
血染大鬼が金棒を振りかざし、邪毒蛇が大口を開け、大牙魔象が突撃の構えを取る。
それを見た瞬間、その小鬼――ホオズキはただ悲しげに目を細めた。
「そうか。話は通じんか……。ならば致し方あるまい」
小鬼が指を弾くような動作をした。
パンッ! と、何かが弾ける音がした。
「ゴァ……?」
一瞬、血染大鬼はその音が何か分からなかった。
どさりと何かが倒れる音がした。
横を見れば、邪毒蛇が倒れていた。
その体には、頭部が無かった。
「……」
先程の音が、蛇毒蛇の頭が弾けた音だと気付くのに更に数秒かかった。
小鬼が更に指を弾く。
パンッ! パンッ! パンッ!
その動作に合わせるように、周囲に居る魔物たちの頭が弾けて倒れてゆく。
頭部のない体から溢れた血は勢いよく吹きだし、まるで雨のように血染大鬼の体に降り注ぐ。
「ゴァ……? オァ?」
なんだこれは?
いったい何が起きているというのか?
分からない。血染大鬼にはまるで意味が分からなかった。
「脆いな。もっと筋肉を付けろ。肉を食え」
「…………」
血染大鬼は混乱した。
混乱して、混乱して、混乱して。
そしてようやく――――自覚した。
「……ヒッ」
身の毛がよだつような圧倒的な――――恐怖を。
気付けなかったのだ。
その小鬼の纏う圧倒的な魔力に。
余りにも大きすぎるが故に、気付けなかった。
「さらばだ」
ゆっくりと、目の前の小鬼が再び指を弾く。
その瞬間、弾かれた空気がまるで弾丸のように発射される。
凄まじい
その光景が、血染大鬼にはやけにゆっくりに感じられた。
今わの際に感覚が圧縮されるかのように。
――パンッ。
血染大鬼の意識はそこで途切れた。
己もまた降り注ぐ雨の一部になったのだと最後まで気付かなないままに。
あとがき
大牙魔象は主人公が4話の朝食で食べてたアレです。
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