第43房 ハッピーバレンタイン🍌
――20分後
時刻【10時35分】
ゴリラは順番を抜かすことなどはせず、最後尾に並んでいた。
少し出遅れた分、列は長くなってしまっていたが、人の流れは止まることなく進んでいく。
「ウホゥ⋯⋯」
彼はその光景に胸を撫で下ろす。
大人、いや大ゴリラとして、社会ゴリラとして、順番を守るのは当たり前。
しかし、ここに滞在できる時間は限られている。
なので、ほんの少しだが。
不安に感じていたのである。
「次の人ー! どうぞー!」
「ウホー!」
ゴリラは案内係の指示に手を挙げ応じ、ルンルン気分で店内へと入っていった。
☆☆☆
――10分後
時刻【10時45分】
ゴリラは電子版ガイドブック片手にお目当てのチョコレートがある3階へと来ていた。
「ウホウホ」
キョロキョロと周囲を見渡す。
ここは、ファッション雑貨店がある階。
ここで買おうと思っていたのは、バナナのアクセサリーとバナナチョコだ。
バナナチョコは、バナ友への贈り物。
そのバナナチョコだが、パッケージにもバナナとカカオが描かれている、中身だけでなく外観にもこだわりとバナナ愛を感じられるチョコだ。
言うまでもなく、その味も申し分ない。
チューイングのような食感の中にしっかりとしたバナナとカカオの豊かな香りが漂うバナナ好きにはたまらない物となっている。
これは通勤中にリサーチした、ゴリラの“今期バナチョコNo.1”。
バナ友たちの驚く顔を思い浮かべながら、ニマニマが止まらなかったやつだ。
そしてバナナのアクセサリーというと、亀浦マリンへ贈る物である。
これを贈ろうと考えたのには訳があった。
あれは、ほんの少し前。
なんでもない朝の合同トレーニングでの会話。
マリンがベンチプレスのインターバル中にふと本音を漏らしたのである。
『職務中にも、少しおしゃれができたらな⋯⋯』と。
本人からすると、何気なく出た言葉。
想いゴリラと一緒にいる時は、少しでもおしゃれしたい。
恋する乙女としては当然の考えである。
ゴリラはそれが気になり尋ねた。
『ウホ?』
職場でもおしゃれをしたいのかと。
だが、想いゴリラ相手に素直になれるわけもなくマリンは『だ、大丈夫です。独り言ですので!』と顔を赤く染め誤魔化して終わった。
その日から、ゴリラの頭の中にはマリンがおしゃれを我慢している姿が度々浮かび、何かいいものがないか調べている内に、タイミング良くバレンタインの日が訪れたのである。
ちなみにそのアクセサリーは、原材料に本物のバナナとカカオを使用してる商品で。
全てが、手作業でさまざまな色に塗られている素敵な逸品だ。
ゴリラはその中でも、色違いのバナナが組み合わせられた小ぶりの3連ブローチに目をつけていた。
評価は星4以上であり、口コミには「人間の親指サイズで、留め金の作りがしっかりしているので、体を動かす人にもおすすめ」と書かれていたからである。
「ウホウホ!」
ゴリラは、そのお目当ての物に期待を抱きながら歩みを進めた。
☆☆☆
――5分後。
時刻【10時50分】
バナナ型のライトに照らされたバナナとカカオの匂いが漂うブース。
そこには、ブレスレットやピアス、ネックレスに指輪などのアクセサリーに。
ゴリラのお目当てであった3蓮ブローチとバナナチョコがズラリと並んでいる。
その売場に着いたゴリラは、目にも留まらぬ速さで3蓮ブローチとバナ友に配るバナナチョコをめいっぱい抱え、ブースの奥にあるレジへと向かう。
いくら時間に余裕があれど、早く済ませることができるのであれば済ませる。
これが、都会を生き抜いてきたゴリラのスタンス。
「ウホ」
お目当ての品を抱えたことで、思わず笑みがこぼれる。
彼の頭には、手渡した時に喜ぶバナ友たちの顔が浮かんでいたのである。
まだ、購入してもいないのに。
そんな幸せゴリラはレジ前に着くとバナナ色のユニホームを着た女性店員に声を掛けた。
「ウホウホ?」
「こんにちは〜! ご購入ですね!」
「ウホウホ!」
「あ、本当にですか! 気に入って頂けて嬉しいですぅ〜!」
ゴリラの褒め言葉により、女性店員は笑顔を咲かせる。
彼はそんな女性店員の笑顏を目にしたことで嬉しくなり微笑み返す。
「ウホ!」
そして持っていた商品を手渡した。
「はい、頂戴致しますね!」
「ウホ」
「あ、そうでした! お支払いは? 現金でも電子決済でも対応しておりますよ」
「ウホウホ?」
「はい、カードも大丈夫です!」
「ウホウホ」
内ポットとから、バナナ色の財布を取り出すとクレジットカードを手渡す。
「承知しました。ではご一括で宜しいでしょうか?」
「ウホ!」
「では、ご一括で頂戴致します」
「ウホ」
「こちらが商品です!」
「ウホウホ」
ゴリラは女性店員から商品を受け取る。
そして気付いた。包装紙にもバナナが描かれていることを。
「ウホウホ?」
「そうなんです! 袋にも拘っていまして……まさか、そこにも気付いて頂けるとは――」
「ウホウホ!」
「こんなに可愛いのに気付かない訳がないですか! 作家冥利に尽きます〜!」
「ウホウホ!」
「あ、はい! では、お気をつけて!」
ゴリラは笑顔を咲かせる女性店員の視線を浴びながら、お目当ての3蓮ブローチとバナナチョコを手に百貨店をあとにした。
☆☆☆
――この後。
無事、就業時間に間に合ったゴリラは、お世話になった職場のバナ友たちにバナナチョコを。
仕事を終えてからジムで汗を流すマリンへとイチオシのアクセサリーを。
手渡すことできた。
人間であれば、ここで満足するところだが。
彼は誰かの喜ぶ姿を見るのが大好きな心優しきゴリラ。
その足でスーパーへと向かい、小さきバナ友、さんたろう用の高級バナナを購入し。
地元のバナ友、町内会のメンバーにも配り歩いたのであった。
☆☆☆
その夜。
社宅から機嫌の良さそうなゴリラの口笛が微かに聞こえましたとさ。
ウホウホ
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